<ジャズ雑感 第24回>初期のアーマド・ジャマル
<マイルスがジャマルを聴きまくった・・・という話しは本当だった!>
アーマド・ジャマルを猛烈に好きだという人は・・・あまりいないような気がする(笑)そういう僕も彼のピアノを聴き始めたのは・・・せいぜいこの10年くらいのことである。その頃から「ジャズのオリジナル盤」に惹かれ始めたのだが、廃盤店を見回すようになってみると・・・prestigeやbluenoteなどの名盤のオリジナル盤は、どれもこれも「うんと高い」ということも判ってきた。「高い」のには、それなりの理由があるのだろうが、とりあえず国内盤やOJCで聴けるものを、その何十倍も出してまでは買う気持ちにはなれなかった。
1枚の名盤に2万出すのなら、4000円の地味盤を5枚聴きたいのだ。ただ最近は、本当にいいレコードだけ(もちろん自分が大好きなレコード)を、コンディションのいいオリジナル盤で集めていく~というスタンスもまた魅力的なのでは・・・という気分も現れてきた。あと10年もすれば、そんな集め方になるかもしれないが・・・今はまだ無理なようだ(笑)
そんなわけで、10年ほど前から、ちょっと安めのオリジナル盤で、まだ聴いたことのない(持ってない)ものを中心に狙い始めたのだ。そんな目線で廃盤店のタナを探ってみると・・・自ずとArgoやcadetのこの辺りのレコードが目に付くようになる。ラムゼイ・ルイスやアーマド・ジャマルというピアニストには、当時、相当な人気があったらしく、ArgoやCadetからはかなりの数のタイトルが発売されている。もちろんそれら全部を持っているわけではないが、ひとつ聴いてみると「案外、いいぞ~」と思うので、知らぬ間に、けっこう集まってしまうのである(笑)
今回は、ジャマルに絞って、ちょっと気になる初期のもの中心にをいくつか紹介してみたい。
ジャマルと言えば、真っ先に思い付くのは、やはり「But Not For Me」ということになるのだろう(笑)僕も含めてジャマルというとこのLPしか聴いてこなかった方も多いと思う。
ジャマルのピアノは、かなり独特なスタイルである。どんな曲でも、たいてい高音域をコロコロと弾く。この「コロコロ」は、軽いタッチだが、スナップを効かせたようなタッチであって、力任せに押し込んだような感じではないので、決してやかましくはない。私見では、この「コロコロ」は、アート・テイタム風、ジョージ・シアリング風でもあり、もう少し言えば・・・後年のガーランドが時に見せる「コロコロ」にも近いものがあるように思う。
そんな「コロコロ・フレーズ」は、アドリブを弾きこむ~というより、その曲の構造上の美点みたいなもの感じを、力まずに軽々と表出している・・・という感じでもある。ベースとドラムス(あるいはギター)に、その曲の「骨格」を造ってもらっておいて、その上に「乗っかる」ように、遊び心溢れる高音域フレーズを繰り出してくる~という感じかな。
そうして流れ出るサウンドは・・・あくまで軽い(笑)しかし、この「軽さ」は・・・クセになる(笑)ジャマルの演奏にはいつも「洒落た工夫」があり、それが音楽の自然な流れにもなっているようで、聴いていてとにかく気持ちがいいのだ。だからジャマルにはライブ盤が多いし、あのリーダー作の多さは、やはりジャマルには相当な人気があったということだと思う。もちろん・・・ジャマル自身が、そういう「音楽の快楽」を表現することに徹していたのだろう。素晴らしい才人だと思う。
Argoが先でCadetが後のはずだが、Argoにもいろんなラベルがあるようだ。モノラル~黒・灰色、ステレオ~青というのが基本のようだ。ただ「青」にも、「普通の青」(662:Happy Moods)、「群青色っぽい青」(667:At The Pershing vol.2)、「紫っぽい明るい青」(691:All Of You)という具合に微妙な違いがあるようだ。音質については・・・どうもArgoにはそれほどいい印象がないのだが、同じ場所での1958年の録音音源であるBut Not For Me(黒・モノラル盤)とJamal At The Pershing vol.2(群青・ステレオ盤)を比べてみると、どうも「ステレオ録音」の方がいい音のように感じる(僕には)ピアノの音全体に厚みがあるし、艶がある。蛇足だが、今回、ジャマルのLPをいろいろ聴いてみて、「音質」が一番よかったのは、1962年のAt The Blackhawk~実は国内盤(テイチク)しか持ってない~だった。やっぱりライブ録音でも、「西海岸もの」は一味違うようだ。ひょっとして、この1962年の西海岸録音Argo盤にも、ワリー・ハイダー氏が関わっていたかもしれないぞ(笑)
Argo時代のジャマルでちょっと珍しい2枚組~Portfolio Of Ahamad Jamal(argo 2638)については、そういえば、この<夢レコ>でも、だいぶ以前に取り上げている。こちらの<珍しレコ:Portfolio Of Ahamad Jamal(argo 2638)>もご覧ください。
ジャマルというと・・・「あのマイルスが、ジャマルに影響された」という話しがよくジャズ本に出てくるし、ジャマルはひょっとしたら「そのこと」だけで有名になっているような気もするが(笑)実際のところ「音楽の具体的な様子」として、マイルスがジャマルのどこにどんな風に影響されたか・・・については、あまり書かれていなかったように思う。それ以前に・・・なによりもジャマルのレコード自体が(日本では)あまり聴かれていなかったのだろう。それはもちろん僕自身も同じ状況で、その辺りのことが、ハッキリとは把握できていなかった。そんな状況だったことを推測しながら、このレコードを聴くと・・・ちょっとした誤解が生じてしまうような気もする。
というのは・・・
このBut Not For Meには、
but not for me
surrey with the fringe on top
no greater love
woody'n you
という「マイルス取り上げ曲」が入ってはいる。しかし・・・このジャマル盤は、1958年録音なのである。つまり・・・この4曲については、どれもマイルスの録音の方が先なのある。(but not for me~1954年、no greater love~1955年、surreyとwoody'n you は1956年)ということは・・・ジャマルという人を初めてこのLPから聴いた場合~
「マイルスが影響された云々(うんぬん)」という観点からは、まるで逆の「音」を耳にしていたことになる。もちろん僕もそうだったし、だから「マイルスにはジャマルからの影響が・・・」と言われても、どうもよく判らないのも無理からぬことだったのかもしれない。
さてそろそろ「マイルスがジャマルに影響された」証拠のLPを出さねばなるまい(笑)ジャマルのLPは、ほとんどがargoに在ると思われがちだが、実はそのちょっと前の時期の音源として、2枚のEpic盤があるのだ。
The Ahamad Jamal Trio(LN3212)~Goldmineによると1956年発売
と
The Piano Scene of Ahamad Jamal(LN3631)~Goldmineによると1959年発売
このEpic盤・・・2枚とも、どうやらOkehレーベル音源からの再発らしい。(推定)1951年録音のようだが・・・私見ではそこまでは古くなく、もう少し後の例えば1953年くらいの録音に聞こえる。いずれにしても、録音の音質は・・・よろしくない(笑) Epic盤の高音質というイメージとは程遠い。
このEpic盤2枚に収録してある曲から「後年にマイルスが取り上げた曲」を探ってみると・・・なんと、8曲もあるじゃないか!
love for sale
autumun leaves
squeeze me (以上3曲~The Ahmad Jamal Trio)
ahmad's blues
billy boy
will you still be mine
the surrey with the fringe on top
a gal in Calico(以上5曲~The Piano Scene Of~)
~Trio(3212)の方に「枯葉」が入っている。そのイントロのフレーズが、あのマイルス/キャノンボールの「サムシング・エルス」の枯葉と、ほぼ同じなのだ。ジャマルの方は、マイルス・ヴァージョンよりもやや速いテンポのラテン風で、あのフレーズをギターに弾かせている。「ほぼ」と書いたのは・・ジャマル版ではあのフレーズのアタマを半拍だけ休符にしているからだ。そのためかジャマル版の方が、よりラテン風に聞こえる(裏を返せば、マイルスの方がジャズっぽい・・・とも言える)
ジャマルという人は・・・ある意味「アレンジャー的ピアニスト」でもあると思う。ほとんどの場合、スタンダード曲を素材にしているのだが、どの曲にも凝った工夫が施してあるのだ。1951年当時では、他のバンドではあまり考えられないような「合わせ」が~ベースやギターにメロディの一部を取らせたりしている~多いのだ。パッと聞いて「洒落た」サウンドをしているのだ。グループとしての「サウンド」を意識している点では、ジョージ・シアリングとも似ているかもしれない。この当時のジャマルのリズムセクションは、べースはイスラエル・クロスビー、ギターはレイ・クロフォードらしい。
Piano Scene(3631)の方には、Ahmad's blues, the surrey with the fringe on top, will you still be mine, a gal in Calicoなど、後にマイルスが吹き込んだ曲が入っている。
そしてこのPiano Sceneからも、ちょっとした驚きの曲がひとつ見つかった。
A面ラストのPavanneという曲~これ途中、ギターソロの部分があるのだが、そこがマイナー調のコードになっていて、途中で4小節だけ「半音、上がるのだ!そしてそのサウンド(の様相)は・・・もう明らかに「モード」なのだ。つまり・・・ドリアンというモードを使った「ソー・ファット」(あるいは「インプレッションズ」)と同じなのである。その時のギターのフレーズも、何やら「インプレッションズ」風なのだ(笑)推定~1951年録音のレコードである。時代性を考えれば・・・驚くほど「モダンなサウンド」だと思う。
そしてこれは僕の妄想だが、マイルスから「ジャマルを聴け!」と言われたコルトレーンは、このPavanneを聴き込んでいたので、あのimpressionsを造ることができた(笑)
*以下参考~「ドリアン」という旋法に興味のある方は、何かのキーボードで試してみてください~(Dドリアンの場合)「D=レ」から始めて「レ」で終わる音階を「白鍵のみ」で弾く~つまり<レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ>という弾くだけです。どうですか?これだけで何となく・・・So What? の感じになるでしょ(笑)
《追記:2010年1月5日》このPiano Scene(3631)収録曲の録音年データを(スコット・ヤーロウ氏による)付けておきます。1951年の2曲はOkay音源のようです。これによれば、僕がドリアンモード的と感じたPavanneは、1951年より4年後の1955年ということになる。
Will You Still Be Mine (Oct. 51)
The Surrey With The Fringe On Top (Oct. 51)
Billy Boy (May 52)
A Gal In Calico (May 52)
Aki And Ukthay (May 52)
Ahmad’s Blues (May 52)
Old Devil Moon (Oct. 55)
Poinciana (Oct. 55)
Pavanne (Oct. 55)
Crazy He Calls Me (Oct. 55)
Slaughter On 10th Avenue (Oct. 55)
It’s Easy To Remember (Oct. 55)
マイルスとの繋がりについては・・・2枚のEpic盤の裏解説が興味深い。つまり、発売年度が早かった1956年の3212(Trio)には「マイルス」という言葉は全く登場してこないが、1959年の3631(Scene)のナット・ヘントフ氏による裏解説では、冒頭から「マイルス絡み」の話しばかりなのである。ジャマルのことを「基本的にはカクテル・ピアニスト」と評したことへ、マイルスが憤然と反論してきた~というような件が書いてあるようだ。マイルスが「ジャマルの造り出すスペースの生む効果」についても書いてあるが、どうやら「音楽の具体的な様子」については、ここでも触れられていないようだ。ひょっとしたら、「マイルスがジャマルに影響された云々」は、このヘントフ氏の裏解説から、広まった話しかもしれない。
では、Argo盤からもう1枚。実は「マイルス関わり」の音として僕が最も驚いたのが、これである。
Ahmad Jamal/Chamber Music Of The New Jazz(argo 602) 1955年
これはargo/cadetに20枚近くもリーダーアルバムのあるジャマルのargo第1作である。このLPを、なぜだかこれまで全く聴いたことがなかった。ジャマルの国内盤発売は、いつもBut Not For MeやPenthouse だけだったし・・・オリジナル盤を探す際にも、この602盤は年代が古い分だけ、他のargo盤に比べるとやや見つかりにくいかもしれない。ちなみに、このレコード・・・creativeというレーベルから出たものが真のオリジナルらしい。
《2009 1/2追記~creativeではないが、このArgo602番のオリジナル1stと思しきジャケットをネットで見かけた。それは・・・石畳の広場を上空から撮ったショット。左下隅に高そうなクルマ(ロールスロイスか?)がちょっとだけ写っている。画面は薄い緑一色。ちょっとベツレヘム・レーベルのバート・ゴールドブラットのデザインとよく似た雰囲気だ》
A面1曲目のnew rumbaのイントロ部分から、いきなり驚いてしまった。なんだ、これはっ!
そう・・・マイルスのLP~Miles Ahead のnew rumba、あれのそのままじゃないか!録音は当然・・・ジャマルの方が先(推定1955年)である。
いろんなジャズ本から「マイルスが、ジャマルからはヒントを得た」という話しは知っていた。知ってはいたが・・・それはあくまで「ヒント」くらいだと思っていた。しかしこのnew rumba・・・これはもう完全に「パクリ」である(笑)
new rumbaイントロでの、あのちょっとモードっぽい、かっこいいフレーズ~あれはギル・エヴァンスのアレンジかなと思っていたのだが・・・あのかっこいいリズムパターンとフレーズが、そっくりそのまま、このジャマルのLPに入ってるじゃないか!
このジャマルのLP収録曲で、マイルス取り上げ曲は~
new rumba
all of you
it ain't neccessarily so
の3曲である。しかし、もうひとつ・・・A面5曲目のMedleyというタイトル。これが曲者で、曲が始まると・・・「ああ・・・これも知ってる」
というメロディが軽やかに流れてくる。これも確かに「マイルス・アヘッド」に入ってる曲だぞ・・・と調べてみると「アヘッド」の
B面ラスト~I don't wanna be kissedじゃあないか(笑)この曲・・・メロディの出だしから3連符のフレーズで始まり、その後も2拍続けて3連符を使ったりするところが、ちょっとユーモラスな感じもして、強く印象に残っている曲だった。その「マイルス・アヘッド」のI don't wanna be kissed のアイディアそのままが、このジャマルの1955年のLPに入ってるじゃないか!ジャマルのピアノが、軽く小粋に弾く3連符は、マイルスが現そうとしたニュアンスそのままなのである。う~ん・・・これは・・・マイルスもギル・エヴァンスも、ジャマルにアレンジ料を払わなくては、まずいだろうな(笑)
蛇足をひとつ~ジャマルは1958年のBut Not For Me(前述)で「マイルス曲」を4つも取り上げた・・・あれは「ジャマルのお返し」だと、僕は踏んでいる(笑)
僕はうんと前から「マイルス・アヘッド」が大好きだった。あのLP、特にどの曲が・・・という訳ではないのだが、A面1曲目のspringsvilleが流れ始めると、継ぎ目なしに次の曲に移っていき・・・それはまるで川の流れのように全く自然な感じで・・・途中で針を上げることができなくなる。そうしていつも両面を聴き通してしまうのだ。あのLPの「サウンドのイメージ」がいつもアタマの中に渦巻いてしまって困るくらいの時期もあった。だから今回、ジャマルの1955年作品を聴いてみて、マイルスのあのLPの中で印象に残っている「部分」が、そっくりジャマルのアイデアだった・・・と判ってしまったわけで、その事実にちょっと軽いショック(がっかりしたような気持ち)を受けた僕である(笑)
しかし・・・だからと言って、マイルスへの(あのLPへの)見方が変わるわけではない。確かに、細部のアイディアを借用しているが、それらを巧く使い切った上で、あのLP全体を「あるムード」で包み込み、「ひとつの組曲」にまで造り上げてしまったのは・・・やはりギル・エヴァンスであり、何よりも「マイルスのあの音色」なのだから。
ちくしょう・・・オレはやっぱりマイルスが好きらしい。
その証拠に、今また僕は「マイルス・アヘッド」を聴いてみて・・・すっかり感動している(笑)
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