UK columbia

2007年9月16日 (日)

<ジャズ雑感 第20回>フリップ・フィリップスのこと(その1)

この男がテナーを吹くと・・・さわやかな風が吹き抜ける。

このところジャズのお仲間に会うたびに、僕はフリップ・フィリップスの素晴らしさを吹聴してきた。だけどもフィリップスのテナーは、相当に地味なこともあってか・・・特にフィリップス好きが増えてきたということもないようだ。

僕が最初にフリップ・フィリップスに興味を持ったのは・・・実は音の方からではなく、ジャケット写真からだった。
Clef盤のモノクロジャケットの写真になんともいえない「いい雰囲気」を感じ取ったのだ。Dscn1743_4

夏の暑い午後・・・それでもビルの屋上の日陰に入ると風がなんとも心地よい・・・そんなリラックスした雰囲気である。ネットでこのジャケットを見た瞬間・・・この写真をもの凄く好きになった。そうし て「その写真の付いたレコード」が欲しくなった。しかしClefのオリジナルLP盤は・・・やはり高い(笑)だから・・・同じ写真のEP盤を入手した。それがこれだ。
《上の写真はClefのEP盤EP-210~singing in the rain, someone to watch over meなど4曲収録》

もちろんこれだけでなく、norgran,clef,verveのジャケットのモノクロ写真は、どれも素晴らしい。フォトグラファーはAlex de Paola という方らしいのだが、これらのレーベルはジャケ裏にクレジットが載ってないことが多いので、詳しいことはよく判らない。
なぜそんなに「素晴らしい」と感じるのか・・・自分でも判らない。ただひとつだけ言えるのは・・・もし、この写真がカラーだったとしたら、ここまで惹かれることはなかった、ということだ。じゃあ、モノクロならなんでもいいのか?というとそんなこともないだろう。だから・・・このPaola氏の写真には「何か」があるのだろう。(このAlex氏のこと、どなたかご存知の方、教えてください)

さて「音」の方で、フィリップスに参ってしまったのは・・・彼の吹くバラード曲からである。
I'll never be the same と I've got the world on a string
この2曲とall of me の3曲を収録したEP盤を、たまたま入手した。この時点では、フリップ・フィリップスという人を、よくJATPに出てくるブロウ派かな・・・くらいにしか認識していなかったので、さほどの期待もせずに、このEP盤をかけてみた。
Dscn1739《そのEP盤は左の写真、右下の水色のやつ~EP-262》

I'll never be the same~僕はこの曲をジミーロウルズの唄(ちょっとひしゃげたような声で歌うのだ)とピアノで聴いていて、いい曲だなあ・・・と感じていた。(The Peacocksというレコード) この曲のタイトルは、たぶん・・・昔の恋人と出合った男が「昔と一緒というわけにはいかないんだよ」というようなニュアンスかと思う。
そしてこの曲の出足は、タイトルそのままにI'll never be the same という歌詞なのだが、僕はフィリップスが最初の6音~I'll/ne/ver/be/the/same~をゆったりと吹き始めた場面で・・・もう痺れてしまった(笑)
フィリップスの「唄い」には・・・実に独特な味わいがある。全く力まない感じの自然な息の吹き込み、ストレスのない自然な音の出方、そして柔らかなフレージング。フィリップスが吹くと・・・まるで、さわやかな風がすう~っと吹いてきたような・・・そんな感じなのだ。この感じは・・・そうだ、あの「屋上写真の心地よさ」と、同じような雰囲気じゃないか(笑)
ロウルズの唄からも感じていた、この曲の持つ「ちょっと寂しげで、儚(はかな)いような・・・そして、ふっと自分を嘲笑するような」感じ・・・そんな情感みたいなものが、フィリップスのテナーから、ぼろぼろとこぼれ落ちてくるようだった。

I've got the world on a string も同じように素晴らしかった。ゆったりとしたこの曲のメロディを、フィリップスはやはりゆったりと吹く。そうして彼が吹くバラードには、なぜかしら優しげな感じがあって、僕はそんな独特な風情にどうにも惹かれてしまったようだ。

こんな風にフリップ・フィリップスにはまり込んでしまった僕は、彼のLPをいくつか入手した。
まずはこのEP盤の元ネタLPを紹介したい。

Flip Phillips Quintet(clef MGC637)米Clef盤
Flip Phillips Quintet(33cx 10074)UKcolumbia盤Dscn1740_3

Flip Phillips(ts)
Oscar Peterson(p)
Herb Ellis(g)
Ray Brown(b)
Buddy Rich(ds)
1954年秋

このレコード・・・実は2枚持っている。全くの同内容なのだが、先に入手したのはUK盤の方からだ。UK盤でもいいから聴いてみたかったのだ。一部の欧州盤には
異常とも思える高値が付いているが、一般に古いUKcolumbia盤にはそれほどの人気はないようで、米Clef,Norgranに比べれば、うんと割安で入手できるようだ。
最初、このUK盤の「白・トランペッター」ラベルを見たときは、かなりの違和感を覚えた。トランペッターのイラストはオリジナルデザインのようだが、ラベルの中央に大きな赤い字でCOLUMBIAとある。Clefなのにcolumbiaとは・・・なんか変な感じだ(笑)いろいろ調べてみると、どうやらイギリスでは、かなり早い時期から、Norgran,ClefなどをUKcolumbiaとして発売したようだ。Dscn1755イギリス人もこのトランペッターのデザインを気に入ったようで、同じ頃のEP盤にも共通デザインとして使っている。それにしても・・・このトランペッターの足元はどうなっているんだろう?(笑)

EP盤'(EP-262)での音質からも感じていたが、この1954年のセッションは、Clef,Norgranの中でもかなりの好録音だと思っている。もともと僕は、Clef、Norgranの音を大好きで、それは、たいていの盤で管楽器の生々しい音色を味わえるからだ。ただベースの音については、いまひとつ量感・音圧に欠けるかな・・・という場合が多い。これはどのレーベルにも共通していることかもしれないが、1955年くらいまでの古い録音の場合、たいていドラムスが歪みっぽくて、ベースは逆に遠い小さい音の場合が多いように思う。しかしこの盤では、レイ・ブラウンのベースは、張りのある充分に音圧感のある音色で、うれしくなってしまう。birth of the bluesでのフィリップスとのソロ交換は素晴らしい!

Dscn1757_2このUK盤、レコード番号は10074だが、ランオフ部分を見ると・・・MGC637の刻印がある。つまり・・・米Clefのスタンパーを使っているのだ。これは、ちょっとうれしかった(笑)

《左写真~UKcolumbia盤のセンター・ラベルとラン・オフ部分。MGC-637という数字が見えるだろうか》

8月におじゃましたYoさん宅では、この2枚の聴き比べをやってみた。5月の白馬「杜の会」で、僕はこのUK盤~Flip Phillips QuintetからI'll never be the same をかけてもらった。その時、Yoさんはフィリップスを気に入ったらしいのだが、同時にこの盤の音の良さにも注目したとのことで、その後、さっそく米Clef盤~Flip Phillips Quintetを入手していたのだ。そしてそのUS盤と白馬で聴いたUK盤とでは、音の感じがと違う・・・との感触を持ったらしい。そんなことをメールでやりとりするうちに、せっかくだから、ClefのUS盤とUK盤もぜひ聴き比べてみようじゃないか・・・ということになったのだ。実は同じ頃、僕の方も運良くこの米Clef盤を入手していたので、自分の装置でこの2枚を聴いてみると・・・たしかにちょっと音の感じが違うようだ。ただその辺りの違いを、微妙な音の違いがくっきりと現れるYoさんの装置でたしかめてみたかった。

まずUK盤~I'll never be the sameを聴いてみる。フィリップスのテナーが「ふわぁ~」と拡がった瞬間・・・「ハッ」とするような鮮度感があった。その鮮度感の秘密は・・・どうやらUK盤は、中高音をちょっとだけ強めにしてあるようで、その分、メリハリの効いた音になっているようだ。ただ全体にちょっと堅めの音になっているかもしれない。
US盤~UK盤に比べると鮮度感は落ちるが、もう少し湿り気のある丸みのある音のように感じる。僕の好みだと・・・やはり米Clef盤のやや丸みのある骨太の感じの音の方が好きかもしれない。
いずれにしても、US:Clef盤とUK:Clef盤では、たとえスタンパーが同じであっても、その音の質感にはかなり違うがあるようだ。
そんな違いも楽しめるこの2枚・・・それぞれに愛着があるので、両方とも手離せそうにない。
そういえば・・・Yoさんがこの米Clef盤をかける時、「この盤、やけに重いんだよ。どうも普通のClef盤より厚いぞ」とうれしそうに言った。手に持ってみると・・・たしかに重い。黒のセンターラベルにも艶がある。僕は、若干動揺した(笑)自分の同じ米Clef盤、こんなに重たかったかな・・・? だから、この日の深夜、自宅に戻った僕は、まっさきに自分の米Clef盤~Flip Phillips Quintetを手に取ってみた。ああ、同じ重さだ。センター・ラベルの艶もある・・・よかったあ(笑)

さて、このレコード・・・前述のバラード2曲が素晴らしいのはもちろんだが、もうひとつ気に入っていることがある。管の奏者がフィリップス独りだけであることだ。僕は特に「ワン・ホーン信者」ではないつもりだが、特に好きになったミュージシャンについては・・・やはりワン・ホーンで聴きたい。というのは・・・その奏者が独りで吹くとなった時・・・どんなスタンダード曲を選ぶのか? テンポは? リズムは? 僕はそんなことにすごく興味があるからなのだ。
さらに言えば・・・やはりバラードをひとつかふたつは入れてほしい。そしてそのバラードをどんな風に吹くのか?
そんな興味を持って、その人なりの「唄い口」みたいなものをじっくり味わうためには、やはりワン・ホーンがいいように思う。ちょっと前にチャーリー・ラウズという人を見直したのは、YEAH!(epic)というワン・ホーンのLPからだった。ミュージシャンのタイプによっては、独りでじっくり吹く方が、味わい深い個性を発揮できる場合も多いように思う。

それではフリップ・フィリップスの個性とはなんだろう・・・「優しげな風情」も大きな個性だが、いろいろと彼のレコードを聴いていると、やはり奏法にも独自の特徴があるようだ。フィリップスという人は、あまりフレーズを細かく刻まない。特にスロウなテンポの曲では、基本は「ロング・トーン」が多い。伸ばす音と伸ばす音の間に、短いフレーズをすっと差し込という感じだ。その短いフレーズと長い音のバランスや、ちょっとづつ変化させる組み合わせ方の具合が絶妙なのだ。そうして時に、その「ふぅ~ぅ」と長く伸ばした音の最後のところを「くぅっ」と音程をちょっとだけ下げながらその音を切るような・・・そんな結び方をする。これが効くのだ(笑) こういうベンド(音程を滑らかに上下させること)は、たぶんマウスピースを咥(くわ)えた唇の締め方を微妙に操作しているかと思うが、フィリップスのあっさりと切るくどくないベンドには「粋」を感じる。
そういえば、マイルス・デイビスもよく「ふわぁ~っ」と吹いている音程を下げるような音を吹くが、あれも唇を緩めてベンドさせているのだろう。ギターのジム・ホールも、チョーキング気味に上げた音程から(同じフレットの)正しい音程へ下げるベンドをよく使う。名人たちの決め技と言ってもいいかもしれない。

余談だが「flip」という単語の意味はいくつかあって・・・「(擬音語として)指先でピンと弾く」や「ひょいと(素早く)投げる」という意味らしいが、4番目か5番目に、「米俗として)人々を熱狂させる」という説明もある。JATPのライブ盤でのフリップに対する拍手の大きさを聞くと・・・やはり「熱狂させるフィリップス」という意味合いが本線だとは思うが、僕などフィリップスのあの「軽やかな音色と風のようなフレーズ」に参ってしまっているので・・・ひょいっと投げる(テナーの音色を吹きかける)というニュアンスも捨てがたいぞ・・・と思ったりもする(笑)
冒頭でフィリップス好きが増えてこない・・・などと書いたが、そういえば、2年ほど前だったか・・・「こだわりの杜」の僕の「フリップ・フィリップス書き込み」にすぐさま反応してくれたBOSEさん・・・BOSEさんは、たしかJumping Moodsの10インチ盤を持っていたはずだ。すでにFlip Phillips Quintetを入手したYoさん。それからフレッドアステアのThe Astaire Story(mercury)をいくつか入手したkonkenさん。それに、拙ブログの前回記事~Tenor Saxesのコメント欄に「印象に残ったのはフリップ・フィリップスの2曲」と書いてくれたNOTさん。ああ、やっぱりフリップ好き・・・けっこういるじゃないか。実際・・・フィリップスがひょいっと投げかけてくる、あの優しげなテナーの音色を、何度か耳にすれば・・・誰でも知らぬ間に「フリップ病」になるに違いない(笑)

| | | コメント (27)

その他のカテゴリー

A&M ABC paramount Alex de Paola Argo Bel Canto Bethlehem Brew Moore Candid Chuck Wayne Clef Columbia Concert Jazz Band Contemporary Coral Decca Dee Gee Discovery division of Liberty Dootone Dragon Emarcy Epic ESP Fantasy Hal Valentine Hi-Fi I'll never be the same Impulse Intro Jack Higgins JAZZ HERO'S DATE BANK Joday Keytone Liberty bluenote Mode my fevorite things Nocturne Norgran Pacific Prestige Ray Fowler RCA victor Riverside Roost Roulette Rumsey Lewis Savoy Specialty Tampa United Artists UK columbia Verve アイリーン・クラール アル・コーン アン・バートン アート・ファーマー アート・ブレイキー アート・ペッパー アーニー・ヘンリー アービー・グリーン アーマド・ジャマル ウイルバー・ウエア ウイントン・ケリー ウエス・モンゴメリー エセル・エニス エディ・コスタ エリオット・ローレンス エリック・ドルフィー エルヴィン・ジョーンズ オスカー・ピータースン オスカー・ムーア オムニバス オリジナル盤 オーネット・コールマン カーティス・カウンス カーティス・フラー キャノンボール・アダレイ キース・ジャレット ギル・エヴァンス クインシー・ジョーンズ クリス・コナー クリフォード・ブラウン ケニー・クラーク コルトレーン コートにすみれを サウンド・オブ・ミュージック サックス吹きラベル サム・ジョーンズ サラ・ヴォーン シェナンドー シェリー・マン シナトラ ショーティー・ロジャーズ シリアルナンバー ジェリー・マリガン ジミーロウルズ ジミー・ウッズ ジミー・ギャリソン ジミー・クリーヴランド ジミー・ロウルズ ジャズ ジュリー・アンドリュース ジョアン・ジルベルト ジョニー・ホッジス ジョン・ベンソン・ブルックス ジョージ・オールド ジョージ・バロウ ジョージ・ラッセル ジョー・ゴードン ジョー・バートン ジョー・プーマ スコット・ラファロ スタン・ケントン スタン・ゲッツ ステレオ1100番シリーズ セルジオ・メンデス セロニアス・モンク セント・ジェームズ病院 ソウル ソニーボーイ ソニー・クラーク ソニー・ロリンズ タッド・ダメロン チェット・ベイカー チック・コリア チャック・ウエイン チャーリー・パーカー チャーリー・マリアーノ チャーリー・ミンガス チャーリー・ラウズ テッド・ナッシュ テンダリー ディスク36 ディック・ツアージック ディック・ナッシュ デクスター・ゴードン トケビ市場 トニー・スコット トニー・ベネット トミー・フラナガン トロンボーン ドン・エリオット ナベサダ ネムジャズイン ハル・マクージック ハロルド・ランド ハワード・マギー ハンプトン・ホウズ バスクラリネット バディ・コレット バド・シャンク バラード バリー・ガルブレイス バート・ゴールドブラット バート・バカラック ビル・エヴァンス ビル・パーキンス ピチカット フィル・ウッズ フランク・ロソリーノ フリップ・フィリップス ブッカー・アーヴィン ブッカー・リトル ブリュー・ムーア ヘンリー・グライムス ヘンリー・マンシーニ ベン・ウエブスター ペッパー ペッパー・アダムス ペテュラ・クラーク ペデルセン ペレス・プラード ボサノヴァ ボビー・スコット ポール・ウインター マイルス・デイヴィス マッコイ・タイナー マット・デニス マトリクス マリアン・マクパートランド マーク・マーフィー ミシェル・ルグラン ミュージカル映画 ミルト・ジャクソン ミルト・ヒントン メイナード・ファーガスン モンク モンクス・ミュージック ライオネル・ハンプトン ラウンドアバウトミッドナイト ラビット・フット・レコード ラムゼイ・ルイス ランディ・ウエストン リッチー・カミューカ リーフラベル リー・コニッツ レイ・ブラウン レコードリスト レコード収納 レス・スパン レッド・ガーランド レッド・ミッチェル ロイ・へインズ ロリンズ ローリンド・アルメイダ ワリー・ハイダー録音Wally Heider ヴァージル・ゴンザルヴェス ヴィクター・フェルドマン ヴィニー・バーク ヴィブラフォン ヴィブラート 秋吉敏子 立花実 艶ありラベル 艶なしラベル 赤ラベル 長方形ロゴ 限定盤 音符ラベル 10インチ盤 25センチ盤 7インチ <やったあレコ> <ジャズ回想> <ジャズ雑感> <思いレコ> <旅レコ> <発掘レコ> EP盤