<ジャズ雑感 第20回>フリップ・フィリップスのこと(その1)
この男がテナーを吹くと・・・さわやかな風が吹き抜ける。
このところジャズのお仲間に会うたびに、僕はフリップ・フィリップスの素晴らしさを吹聴してきた。だけどもフィリップスのテナーは、相当に地味なこともあってか・・・特にフィリップス好きが増えてきたということもないようだ。
僕が最初にフリップ・フィリップスに興味を持ったのは・・・実は音の方からではなく、ジャケット写真からだった。
Clef盤のモノクロジャケットの写真になんともいえない「いい雰囲気」を感じ取ったのだ。
夏の暑い午後・・・それでもビルの屋上の日陰に入ると風がなんとも心地よい・・・そんなリラックスした雰囲気である。ネットでこのジャケットを見た瞬間・・・この写真をもの凄く好きになった。そうし て「その写真の付いたレコード」が欲しくなった。しかしClefのオリジナルLP盤は・・・やはり高い(笑)だから・・・同じ写真のEP盤を入手した。それがこれだ。
《上の写真はClefのEP盤EP-210~singing in the rain, someone to watch over meなど4曲収録》
もちろんこれだけでなく、norgran,clef,verveのジャケットのモノクロ写真は、どれも素晴らしい。フォトグラファーはAlex de Paola という方らしいのだが、これらのレーベルはジャケ裏にクレジットが載ってないことが多いので、詳しいことはよく判らない。
なぜそんなに「素晴らしい」と感じるのか・・・自分でも判らない。ただひとつだけ言えるのは・・・もし、この写真がカラーだったとしたら、ここまで惹かれることはなかった、ということだ。じゃあ、モノクロならなんでもいいのか?というとそんなこともないだろう。だから・・・このPaola氏の写真には「何か」があるのだろう。(このAlex氏のこと、どなたかご存知の方、教えてください)
さて「音」の方で、フィリップスに参ってしまったのは・・・彼の吹くバラード曲からである。
I'll never be the same と I've got the world on a string
この2曲とall of me の3曲を収録したEP盤を、たまたま入手した。この時点では、フリップ・フィリップスという人を、よくJATPに出てくるブロウ派かな・・・くらいにしか認識していなかったので、さほどの期待もせずに、このEP盤をかけてみた。《そのEP盤は左の写真、右下の水色のやつ~EP-262》
I'll never be the same~僕はこの曲をジミーロウルズの唄(ちょっとひしゃげたような声で歌うのだ)とピアノで聴いていて、いい曲だなあ・・・と感じていた。(The Peacocksというレコード) この曲のタイトルは、たぶん・・・昔の恋人と出合った男が「昔と一緒というわけにはいかないんだよ」というようなニュアンスかと思う。
そしてこの曲の出足は、タイトルそのままにI'll never be the same という歌詞なのだが、僕はフィリップスが最初の6音~I'll/ne/ver/be/the/same~をゆったりと吹き始めた場面で・・・もう痺れてしまった(笑)
フィリップスの「唄い」には・・・実に独特な味わいがある。全く力まない感じの自然な息の吹き込み、ストレスのない自然な音の出方、そして柔らかなフレージング。フィリップスが吹くと・・・まるで、さわやかな風がすう~っと吹いてきたような・・・そんな感じなのだ。この感じは・・・そうだ、あの「屋上写真の心地よさ」と、同じような雰囲気じゃないか(笑)
ロウルズの唄からも感じていた、この曲の持つ「ちょっと寂しげで、儚(はかな)いような・・・そして、ふっと自分を嘲笑するような」感じ・・・そんな情感みたいなものが、フィリップスのテナーから、ぼろぼろとこぼれ落ちてくるようだった。
I've got the world on a string も同じように素晴らしかった。ゆったりとしたこの曲のメロディを、フィリップスはやはりゆったりと吹く。そうして彼が吹くバラードには、なぜかしら優しげな感じがあって、僕はそんな独特な風情にどうにも惹かれてしまったようだ。
こんな風にフリップ・フィリップスにはまり込んでしまった僕は、彼のLPをいくつか入手した。
まずはこのEP盤の元ネタLPを紹介したい。
Flip Phillips Quintet(clef MGC637)米Clef盤
Flip Phillips Quintet(33cx 10074)UKcolumbia盤
Flip Phillips(ts)
Oscar Peterson(p)
Herb Ellis(g)
Ray Brown(b)
Buddy Rich(ds)
1954年秋
このレコード・・・実は2枚持っている。全くの同内容なのだが、先に入手したのはUK盤の方からだ。UK盤でもいいから聴いてみたかったのだ。一部の欧州盤には
異常とも思える高値が付いているが、一般に古いUKcolumbia盤にはそれほどの人気はないようで、米Clef,Norgranに比べれば、うんと割安で入手できるようだ。
最初、このUK盤の「白・トランペッター」ラベルを見たときは、かなりの違和感を覚えた。トランペッターのイラストはオリジナルデザインのようだが、ラベルの中央に大きな赤い字でCOLUMBIAとある。Clefなのにcolumbiaとは・・・なんか変な感じだ(笑)いろいろ調べてみると、どうやらイギリスでは、かなり早い時期から、Norgran,ClefなどをUKcolumbiaとして発売したようだ。イギリス人もこのトランペッターのデザインを気に入ったようで、同じ頃のEP盤にも共通デザインとして使っている。それにしても・・・このトランペッターの足元はどうなっているんだろう?(笑)
EP盤'(EP-262)での音質からも感じていたが、この1954年のセッションは、Clef,Norgranの中でもかなりの好録音だと思っている。もともと僕は、Clef、Norgranの音を大好きで、それは、たいていの盤で管楽器の生々しい音色を味わえるからだ。ただベースの音については、いまひとつ量感・音圧に欠けるかな・・・という場合が多い。これはどのレーベルにも共通していることかもしれないが、1955年くらいまでの古い録音の場合、たいていドラムスが歪みっぽくて、ベースは逆に遠い小さい音の場合が多いように思う。しかしこの盤では、レイ・ブラウンのベースは、張りのある充分に音圧感のある音色で、うれしくなってしまう。birth of the bluesでのフィリップスとのソロ交換は素晴らしい!このUK盤、レコード番号は10074だが、ランオフ部分を見ると・・・MGC637の刻印がある。つまり・・・米Clefのスタンパーを使っているのだ。これは、ちょっとうれしかった(笑)
《左写真~UKcolumbia盤のセンター・ラベルとラン・オフ部分。MGC-637という数字が見えるだろうか》
8月におじゃましたYoさん宅では、この2枚の聴き比べをやってみた。5月の白馬「杜の会」で、僕はこのUK盤~Flip Phillips QuintetからI'll never be the same をかけてもらった。その時、Yoさんはフィリップスを気に入ったらしいのだが、同時にこの盤の音の良さにも注目したとのことで、その後、さっそく米Clef盤~Flip Phillips Quintetを入手していたのだ。そしてそのUS盤と白馬で聴いたUK盤とでは、音の感じがと違う・・・との感触を持ったらしい。そんなことをメールでやりとりするうちに、せっかくだから、ClefのUS盤とUK盤もぜひ聴き比べてみようじゃないか・・・ということになったのだ。実は同じ頃、僕の方も運良くこの米Clef盤を入手していたので、自分の装置でこの2枚を聴いてみると・・・たしかにちょっと音の感じが違うようだ。ただその辺りの違いを、微妙な音の違いがくっきりと現れるYoさんの装置でたしかめてみたかった。
まずUK盤~I'll never be the sameを聴いてみる。フィリップスのテナーが「ふわぁ~」と拡がった瞬間・・・「ハッ」とするような鮮度感があった。その鮮度感の秘密は・・・どうやらUK盤は、中高音をちょっとだけ強めにしてあるようで、その分、メリハリの効いた音になっているようだ。ただ全体にちょっと堅めの音になっているかもしれない。
US盤~UK盤に比べると鮮度感は落ちるが、もう少し湿り気のある丸みのある音のように感じる。僕の好みだと・・・やはり米Clef盤のやや丸みのある骨太の感じの音の方が好きかもしれない。
いずれにしても、US:Clef盤とUK:Clef盤では、たとえスタンパーが同じであっても、その音の質感にはかなり違うがあるようだ。
そんな違いも楽しめるこの2枚・・・それぞれに愛着があるので、両方とも手離せそうにない。
そういえば・・・Yoさんがこの米Clef盤をかける時、「この盤、やけに重いんだよ。どうも普通のClef盤より厚いぞ」とうれしそうに言った。手に持ってみると・・・たしかに重い。黒のセンターラベルにも艶がある。僕は、若干動揺した(笑)自分の同じ米Clef盤、こんなに重たかったかな・・・? だから、この日の深夜、自宅に戻った僕は、まっさきに自分の米Clef盤~Flip Phillips Quintetを手に取ってみた。ああ、同じ重さだ。センター・ラベルの艶もある・・・よかったあ(笑)
さて、このレコード・・・前述のバラード2曲が素晴らしいのはもちろんだが、もうひとつ気に入っていることがある。管の奏者がフィリップス独りだけであることだ。僕は特に「ワン・ホーン信者」ではないつもりだが、特に好きになったミュージシャンについては・・・やはりワン・ホーンで聴きたい。というのは・・・その奏者が独りで吹くとなった時・・・どんなスタンダード曲を選ぶのか? テンポは? リズムは? 僕はそんなことにすごく興味があるからなのだ。
さらに言えば・・・やはりバラードをひとつかふたつは入れてほしい。そしてそのバラードをどんな風に吹くのか?
そんな興味を持って、その人なりの「唄い口」みたいなものをじっくり味わうためには、やはりワン・ホーンがいいように思う。ちょっと前にチャーリー・ラウズという人を見直したのは、YEAH!(epic)というワン・ホーンのLPからだった。ミュージシャンのタイプによっては、独りでじっくり吹く方が、味わい深い個性を発揮できる場合も多いように思う。
それではフリップ・フィリップスの個性とはなんだろう・・・「優しげな風情」も大きな個性だが、いろいろと彼のレコードを聴いていると、やはり奏法にも独自の特徴があるようだ。フィリップスという人は、あまりフレーズを細かく刻まない。特にスロウなテンポの曲では、基本は「ロング・トーン」が多い。伸ばす音と伸ばす音の間に、短いフレーズをすっと差し込という感じだ。その短いフレーズと長い音のバランスや、ちょっとづつ変化させる組み合わせ方の具合が絶妙なのだ。そうして時に、その「ふぅ~ぅ」と長く伸ばした音の最後のところを「くぅっ」と音程をちょっとだけ下げながらその音を切るような・・・そんな結び方をする。これが効くのだ(笑) こういうベンド(音程を滑らかに上下させること)は、たぶんマウスピースを咥(くわ)えた唇の締め方を微妙に操作しているかと思うが、フィリップスのあっさりと切るくどくないベンドには「粋」を感じる。
そういえば、マイルス・デイビスもよく「ふわぁ~っ」と吹いている音程を下げるような音を吹くが、あれも唇を緩めてベンドさせているのだろう。ギターのジム・ホールも、チョーキング気味に上げた音程から(同じフレットの)正しい音程へ下げるベンドをよく使う。名人たちの決め技と言ってもいいかもしれない。
余談だが「flip」という単語の意味はいくつかあって・・・「(擬音語として)指先でピンと弾く」や「ひょいと(素早く)投げる」という意味らしいが、4番目か5番目に、「米俗として)人々を熱狂させる」という説明もある。JATPのライブ盤でのフリップに対する拍手の大きさを聞くと・・・やはり「熱狂させるフィリップス」という意味合いが本線だとは思うが、僕などフィリップスのあの「軽やかな音色と風のようなフレーズ」に参ってしまっているので・・・ひょいっと投げる(テナーの音色を吹きかける)というニュアンスも捨てがたいぞ・・・と思ったりもする(笑)
冒頭でフィリップス好きが増えてこない・・・などと書いたが、そういえば、2年ほど前だったか・・・「こだわりの杜」の僕の「フリップ・フィリップス書き込み」にすぐさま反応してくれたBOSEさん・・・BOSEさんは、たしかJumping Moodsの10インチ盤を持っていたはずだ。すでにFlip Phillips Quintetを入手したYoさん。それからフレッドアステアのThe Astaire Story(mercury)をいくつか入手したkonkenさん。それに、拙ブログの前回記事~Tenor Saxesのコメント欄に「印象に残ったのはフリップ・フィリップスの2曲」と書いてくれたNOTさん。ああ、やっぱりフリップ好き・・・けっこういるじゃないか。実際・・・フィリップスがひょいっと投げかけてくる、あの優しげなテナーの音色を、何度か耳にすれば・・・誰でも知らぬ間に「フリップ病」になるに違いない(笑)
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