<思いレコ 第15回>The Magnificent Trombone of Curtis Fuller(epic)
フラーが見た5分間の夢~優しくてブルージーな”dream”
《一見、オリジナル盤に見えるかもしれないが・・・これはCBSソニー発売の国内盤ECPU-6です。CBSソニー・ジャズ1500・シリーズで全20タイトル出た中の1枚。その20タイトルの中には、あのWe Paid Our Dues!も含まれていた!そのECPU-9番は、痛恨の未入手盤である(笑)》
このレコードは、もう長いこと、僕の愛聴盤である。A面1曲目のI'll be aroundは、スインギーなギターのイントロ~見事なコード弾きで始まる。トニー・ベネットも唄ったこの曲、メロディが自然に展開していく感じで、それをフラーがまたウキウキするような気分で吹いているので(そうに違いない:笑)聴いているこちらも、実に気分がよくなってくる。そして次の曲が、dreamだ。
dream・・・この有名なスタンダードを、フラー達はものすごくゆっくりのテンポで演奏する。おそらく1分=60くらいのテンポだろうか。
メトロノームのカウントをベースが刻む4分音符とすると、その4分音符ひとつが、ちょうど1秒(くらい)ということになる。そして「1秒」というタイムは・・・案外に長い。
試みに、1(イチ)、2(ニイ)、3(サン)、4(シイ)と、ゆっくり4秒かけて、声に出してもらえれば、1分=60というテンポが、かなり遅いということを実感していただけるかもしれない。
ちなみに、ベースのウオーキングラインというのは(普通の場合)1小節に4分音符を4回刻むので、このテンポ(1分=60)だとすると、1小節を進めるに4秒かかることになる。そして、フラーはこの曲を2コーラス+カデンツァで終えている。
余談ではあるが、このdreamという曲は32小節なので、この曲を一周(1コーラス)するのに、4X32=128秒。2コーラスでは256秒(4分16秒)かかることになる。カデンツァの部分に、たっぷり30秒以上はかけているので、約5分という計算になる。
このレコードの解説書を見ると・・・dream 5:11秒と書いてあった。
「1分=60くらい」という、大ざっぱなカウント解釈だったが・・・それでもだいたい合っているじゃないか(笑)
さて、バラードを演奏する場合、べーシストは1小節に2分音符を2つ弾くのが普通だ。しかし、このdream は相当に遅いテンポ設定である。このテンポでの2分音符では・・・いかにスロー・バラードでも、さすがに間が空きすぎてしまう。だから・・・このべーシスト~バディ・カトレット(Buddy Cattlett) は、バラードではあっても、あえて「4つ打ち」を選んだのだと思う。テンポ設定と、このベースのウオーキングの感じは、一見すると「スロー・ブルース」と似ているかもしれない。しかし・・・ちょっと違う。これはやはり「バラードでの4つ打ち」なのだ。その証拠に、カトレットは、一音一音を、本当にきっちりした4分音符で(付点をほとんど使わずに~付点を使うとブルース的なフィーリングが出てくる)ウオーキングを進めてくるのだ。
そして、この「バラードでの4つ打ち」が、独特の「溜めたようなビート感」を生み出しているように思う。この「溜めた」ような感じを、どう説明したらいいのだろう。そうだなあ・・・例えて言えば・・・自転車をゆっくり漕いでいる感じに近いかもしれない。
中学校の時だったか・・・校庭にわりと小さめな円を描いて、その円周上を自転車で廻って走る~という遊びをしたことがあった。
ゆっくりと走らないと円周を飛び出してしまう。だから・・・ギアを重くして、ゆっくりとペダルを漕ぐのだが、ゆっくりすぎると自転車が倒れてしまう。その辺りの漕ぎ具合が難しい。
安定的かつ持続的な動力を与え続けないとうまく廻れないのだ。たぶん・・・持続的なトルク力がポイントなのだろう。
僕が思うウッドべースのウオーキングに必要な「トルク感のある粘り具合」みたいな感じ・・・カトレットが、まさにそんな具合にベースを弾くことで生まれた「スロウ・バラードでの持続的なビート感」(トルク的な力感と言ってもいい)」は、なかなか味わい深い。バラードであっても、なんとなくブルージーな味わい~微(かす)かにブルース的な感じ~が漂うのだ。そんな独特の効果を聴いてしまうと・・・ひょっとしたらこの「4つ打ち」は、その辺りまで計算したフラーの指示だったのかもしれないぞ・・・とも思えてくる。
そんな質感を持つべーシストのウオーキングに乗っかって、このdream は、繰り返すが「遅いテンポ」で演奏される。
うっかりすると今にも止まりそうなテンポだ(笑)
そして・・・フラーはこのテンポでも全く動じない。
というより・・・この「遅さ」を選んだのは間違いなくフラーであろうし、だからフラーは、この「遅さ」を充分にコントロールしている。そして・・・充分に「唄って」いる。
最初のコーラスで、フラーはこの曲のゆったりしたメロディを~ほとんど崩さずに~本当にゆったりと吹き、2回目のコーラスの前半をピアノに任せる。そして2コーラス目の後半から再びテーマを吹き~今度はほんの少し崩して~そしてエンディングでは、リット(それまでのリズムを止めてしまう状態)した後、フラーが短いカデンツァ(伴奏陣なしで独りだけで吹く)を入れて、そして、終わる・・・そんな2コーラスだけの演奏だ。
つまり・・・フラーのアドリブは全くないのだ。
フラーは、いろんなニュアンスのトーン(音色)や、フレーズの終わりの箇所でボントロ特有の(音程を下降させるような感じの)ベンドさせるような吹き方でもって、この曲のテーマを吹き進めていく。夢見るような「優しい感じ」が溢れ出る。
スロウなバラードをこんな風に深く吹く(吹こうとする)フラーには、たぶんアドリブなんて必要ないのかもしれない。テーマを吹けば・・・それが彼の「唄い」なのだ!
フラーという人は、本当にバラードが好きなんだなあ・・・と思えてくる。
そういえば、もうひとつ付け加えておきたいことがあった。このレコードで初めて聴いたレス・スパンという人のギターを、すごく好きになったのだ。このギター弾き・・・とにかく音が太いのである。太くて温かい感じのする甘い音色。そして時々繰り出すオクターブ奏法も~だからレス・スパンは、奏法的に言えばおそらくウエスに近い感じだとは思う~いい切れ味だ。
それから最も印象に残ったのは、特にスロー・バラードでのバッキングで、素晴らしく味わいのある弾き方をしていることなのだ。
先に書いたように、この dream は「テンポが遅い」ので、テーマを吹くフラーのメロディの合間合間に、どうしても「隙間」ができる。
そんな隙間に、スパンは見事なオブリガート的フレーズを、すす~っと差し入れてくれるのだ。そのタイミング、そのフレーズの素晴らしさ・・・この辺り、実に巧いギター弾きだと思う。
さらに、やはりバラードのバッキングで時に見せる独特な「アルペジオ的な音」にも、本当に驚かされてしまう(dreamのエンディング部分~リットする辺りで、その「音」が聴ける)
あれは、たぶん・・・ギターのうんと高い方のフレットでコードを押さえておいて、ピッキングしているような音なのだが~あるいは、各弦をかき鳴らすタイミングを微妙にずらしての指弾きかもしれない~なんというか・・・「ペキ・ペキ・キラリン・キラリン!」という感じのする、まさに輝くようなハーモニクス風アルペジオ的な音なのだ。そんな個性派ギタリスト~レス・スパンについては、また別の機会にまとめてみたい。
Curtis Fuller(tb)
Walter Bishop Jr.(p)
Buddy Cattlett(b)5曲
Jimmy Garrison(b)3曲
Les Spann(g)
Stu Martin(ds)
今回は、フラーと、ベースとギターにしか触れなかったが、ピアノのウオルター・ビショップもいいピアノを弾いている。
こんな具合に、なかなかの個性派が揃って造り上げた、このレコード~The Magnificent Trombone of Curtis Fuller(epic)は、フラーというボントロ吹きの「優し気な風情」が、見事に表われた地味ではあるが本当に味わい深いレコードだ。思い切って、フラー独りのワンホーンにしたところと、バラードをメインに持ってきたところが、ポイントだと思う。
ちょっと前にこの夢レコでも取り上げた、チャーリー・ラウズの傑作「Yeah!」にも、同じようなクオリティの高さを感じるのだが、どうやら・・・EPICというレーベルには、凄く趣味のいいプロデューサーと、優秀な録音エンジニアがいたようだ。
そしてさらに、ジャズ魂溢れる解説者も・・・というのも、このepic盤のジャケットの裏解説に、ちょっといい一節を発見したからなのだ。
<dream の最初のコーラスでは~彼がほとんど泣いているかのような~そんな瞬間がある>
(on Dream...there are times in the first chorus, when he almost seems to cry)
”almost seems to cry”とは、フラーの独特の「唄い廻し」・・・あの「感じ」を描こうとしたであろう、実に素晴らしい表現ではないか!
ちなみにこの解説者・・・あまり聞いたことがない名だが、Mike Bernikerという人である。
それにしても・・・世の中には素晴らしいレコードが一杯だあ!(笑)
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