<ジャズ回想 第3回>ああ、中古レコード店: ラビットフットレコードと初期のビル・エヴァンス。
1980年春~ジャズ喫茶/グロッタとラビットフットレコードのこと。
地元のジャズ喫茶「グロッタ」には、学生時代の75年から78年頃、本当によく通った。重い防音ドアがひとつあるきりで、あとは一面コンクリートカベの店だった。店内も灯りが極端に暗めで・・・ソファにたどりつくまでに、つまづきそうなほどで、正に「洞穴」(グロッタというのは、どこかの言葉で「洞穴」というらしい)のような店だったのだ。だんだんと目が慣れてくると、この「暗さ」が心地よくなってくる。よくあんな暗がりの中で、みんなマンガや雑誌を読んでいたなあ。このグロッタは・・・とにかく大きな音でジャズを聴かせてくれたし、何よりいいレコードがいっぱいあった。ラファロが聴きたくて、ビル・エヴァンスのSunday At The Village Vanguard をいつもリクエストしてかけてもらった。JRモントローズやアンドリューヒルも何度もかかった。そのグロッタが改装のため、一時的に閉店していた80年の春・・・グロッタのすぐ斜め向かいに「ラビットフットレコード」がオープンした。これはうれしかった。それまでは、名古屋か浜松に行かなければ手に入らない「輸入盤」が、地元の街で手に入るようになったのだ。ラビットは、やはりロック系・トラッド系が中心ではあったが、うれしいことにジャズの輸入盤・中古盤もけっこうあった。ジャズが少ないのは・・・これはもうジャズファンなら馴れっこの仕方ないことだ。とにかくジャズのコーナーがあれば、それで充分だった。このラビット・・・開店直後には、liberty音符ラベルのブルーノート盤がたくさん出ていたので、それまでほとんど持っていなかったブルーノートの有名盤を、けっこう入手した。ロリンズの「A Night At The Village Vanguard」やら、ブレイキー&クリフォードブラウンの「A Night At The Birdland vol.1&vol.2」も、カットアウト盤だったが、格安(1400円前後だったか)で入手できたのだ。この頃は・・・リバティ音符ラベルがオリジナル盤と比べてどうか?なんてことは全く関係なかった。とにかくキングや東芝(80年だとまだキングの最終の頃か?)の国内盤定価より「安い」ところに価値があったのだ(笑)「ブルーノート」というレーベルは・・・東芝が「直輸入盤」として発売していた頃から「高い」イメージが強く、キング盤になってからも、どうも手が出しにくい感じだった。とにかく、ブルーノート盤には持ってない/聴いたことない、というタイトルが多かったのだ。
しばらくはラビットに通いつめた。そんなある晩・・・ラビットの斜め向かいの辺りが明るいし、何やらざわざわしているような感じだ。おおっ!改装なったグロッタがオープンしたのだ!ずず~っと近寄ると、とにかく「明るい」。あの洞穴のような暗いグロッタが・・・木のドアの両側の天井までの窓からは、店内からの灯りがもれて歩道までピッカピカじゃないか!中も丸見えだ。再オープンの夜ということで、店内はもうお客で一杯になっている。さっそく、木のドアを開けて入っていく。久しぶりに見る顔なじみばかりだ。なにやら照れくさいような感じだ。とにかく明るい。ガラス窓なので外からもスースーに見えちゃうし、座っていてもどうにも落ち着かないのだ(笑) この明るくなって一見、普通の喫茶店に変わったグロッタではあるが、「ジャズ喫茶」を感じさせるものがあった。大量のLPレコードたちだ。やはり彼らがお店の主役なのだ。下の床から天井まで5段はある造り付けの収納タナにぎっしりと収まっている。この風景は全く壮観だ!軽く5000枚はあっただろうか。レコード好きなら、このタナの前で紅茶など飲んでるだけで幸せだろう。僕はずうずうしく時々、気になるレコードを取り出して見せてもらったりしていた。改装オープンしばらくは、もちろんこのレコードをかけていたが・・・新しいグロッタは、「ジャズ喫茶」を前面に打ち出してはいなかったので、残念ながらこれらのレコードを大音量でドンドン聞かせる、というスタイルではなくなったようだ。カセットでかけるジャズのヴォリュームが少し下がった分、常連のお仲間が集まり、気楽にしゃべれる店になったのだ。そんなグロッタにもすぐに慣れてきた。それからしばらくは、ラビットを覗いたあとグロッタに寄る、というパターンが続いた。そうして、この頃からレコードを買うペースが急激に上がっていった。ラビットでいいレコードも見つかったし、社会人になっていたので「聴きたいレコードは自分で買う」というスタイルになっていったようだ。
さて、この<ラビット>で入手したもので印象深いものを~中古盤がメインのお店なので、やはり国内盤が主になるが~何枚か、関連する盤も併せて紹介したい。
トニー・スコット/ザ・タッチ・オブ・トニー・スコット(ビクターRGP-1056)~ビル・エヴァンス目当てでマークしていた盤なので、これを発見した時は、とてもうれしかった。1972年にビクターがプレスティッジ1100円盤を発売した後の1973年のRCA系1100円盤の中の1枚らしい。ペラペラの折り返しジャケットが、当時はとても安っぽく感じたが・・・今では何故か魅力的である。「Aeolian Drinking Song」では、初期のエヴァンスの硬質なソロがふんだんに聴かれる。何かのTVジャズ番組でほんのちらっとだが、この頃かと思われるエヴァンスの映像を見た記憶がある。なんの曲だったかなあ・・・。この頃のエヴァンスのピアノは・・・わざと表情を隠したような冷徹なタッチと長いフレージングで・・・硬質というより・・・非情な感じさえ受けるハードボイルドなエヴァンスである。「オレは普通のピアノは弾かんぞ」と主張しているかのようなとても尖がった個性的なピアノだ。人によっては、この「冷徹な感じ」をレニー・トリスターノの影響が・・・と思われるかもしれない。僕はこの初期のエヴァンス、大好きである。58年のリヴァーサイド「Everybody Digs~」まではこの路線だったように思う。
同じくトニー・スコットとの共演盤~「Tony Scott/The Complete Tony Scott(LPM-1452)を、米ビクターのオリジナル盤を、ちょっと前にネットで入手した。フレッシュサウンドのLPやCDで聴いていたが、イマイチ音質が悪くて、この「犬ラベル」に期待したが~56年か57年のモノラル録音~ビッグバンドのサウンドがやかましくてこもったような音で・・・期待したほどではなかった。米ビクターのLPS(ステレオ)には、音のいいものが多いのだが。エヴァンスのソロは・・・「I Surrender Dear」や「Just One Of Those Things」でほんの少しと、B面最後の「Time To Go」で、ようやくエヴァンスのタッチの強弱を生かした、とてもいいソロが聴かれる。
ついでにジョージ・ラッセル絡みでのエヴァンス参加盤をひとつ。これもラビットで入手した。
ジョージ・ラッセル/ジャズ・ワークショップ(ビクター:RGP-1167)だ。ウラジャケ隅の表記によると1976年の発売らしく、同じビクターのRCAシリーズだが、価格も1300円盤になっており、もうペラペラ・ジャケではなくなっている。「コンチェルト・フォー・ビリー・ザ・キッド」という曲では、エヴァンスが大活躍だ。ちょっとラテンっぽいリズムでのテーマの後、4ビートになり、そこで・・・さきほど書いたような「ハードボイルド」なエヴァンスのソロがたっぷり聴かれる。今、久々に聴いていると・・・すごくいいソロです。それからちょっと新発見だ。エヴァンスのソロの始めころに「む~・・・・う~・・・」と、かすかな「唸り声」が聞こえるのだ。意外な感じだ。エヴァンスも唸るんだろうか・・・?
左側のジャケ違い盤は・・・だいぶ後になって入手したのだが、これも日本ビクター盤が、ちょっと古い時代のSHP-5071(¥1800)だ。ジャケの色あいやトリミングの具合など、このSHP盤にも捨てがたい味がある。この盤は、テスト盤なのかセンターラベルは一切の文字なしであった。
さて・・・音の方は? 古い時代の盤の方がマスターテープの鮮度などの理由で音がいいのでは、と期待して聞いてみたのだが・・・この同一タイトルの日本ビクター盤を聞き比べた限りでは、残念ながら「古いSHP盤」の方が明らかに音質が悪かったのである。先ほどの「コンチェルト~」でのエヴァンスのハッとするような鋭いタッチが、1976年のRGP盤に比べると「こもったような感じでメリハリのない」感じに聞こえる。マスターテープの具合が悪かったのか、プレス具合が悪かったのか・・・。同じタイトルの時代(製作時期)よる音質の優劣・・・これは、オリジナル盤の1st、2ndの場合と同じく、そう単純には決められないようである。
ハンク・モブレイ/マイ・コンセプション(キング)~キングがブルーノートの版権期限切れの直前に「世界初登場シリーズ」として発売した頃は、まだ「未・ソニー・クラーク」だった(笑) だから・・・とっくに廃盤になった頃にこの盤の存在を知り、どうしても聴きたくて聴きたくて・・・そんなある日、この盤がラビットにあったのだ。この盤は・・・内容が本当にいい。ソニー・クラーク作のバラード「マイ・コンセプション」がモブレイのしっとりとした音色と相性が最高みたいで、入手以来、ず~っと愛聴盤となっている。
余談ではあるが・・・レコードの中古盤屋さんには、なんというか・・・「ある盤が出回る時期の法則」があるように思う。豊橋は地方都市なので東京のように、発売直後の新譜が(気にいらなくてなのか?)すぐに中古屋さんに出回る、というようなことはあまりなかったと思う。新譜で売れる量が少ないからだ。そういう地方都市ならではの「法則」とは・・・まあ法則なんて大げさなものではないが・・・例えば、あるタイトルの<CDが発売されて1~2ヶ月後>だ。中古盤の世界では、80年台後半に明らかに「レコードからCDへの移行」時期があり、この頃、たくさんの音楽ファンが、LPからCDにのりかえたようだった。だから・・・CDで発売されたタイトルのアナログ盤が、よく出回ったりしたのだ。だから僕は、狙っていたアナログものがCD化されると、それまでより短いスパンでラビットを覗くようにしていた。それから・・・CD化でなくても、例えば東芝がブルーノートのあるシリーズを出すと~新しいものに買い替えた人が手放すのだろうか~同じタイトルのキング盤が出てくる、というようなこともあったようだ。そんな具合だったから、僕は、「どうしても聴きたい復刻盤(あるいは完全未発表の盤~その旧譜はありえないわけだから)」は、新譜レコード店で買っていたが、それほどマークしてない盤の場合は・・・中古で出たら買おう、と待っていたりしたものだ。これはっ、と思うものは入手してきたが・・・今思えば・・・キングの初登場盤は、けっこう多くのタイトルが中古で出ていた。まだそんなに人気が上がる前で割安だったのに・・・
これは、どちらかというと珍盤の部類に入ると思うが・・・
ジュリアス・ワトキンス楽団/French Horns For MY Lady(フィリップスSFL-7048:日本ビクター発売)~サム・テイラーなどに代表してイメージされる60年代後半のムードミュージックの一種として発売されたようだ。「夜の誘惑ムード」というサブタイトルが可笑しくも哀しい。
ジュリアス・ワトキンスという人は・・・一聴、ヘタなトロンボーンに聞こえるあの楽器~
フレンチ・ホルン~を吹くジャズメンだ。モンクのプレスティッジ盤(ロリンズ入りの「13日の金曜日」セッション)でこの人の名前を覚えていた。この盤はたしか・・・3枚1000円のコーナーに混じっていた。確かに、ただの「古いムードミュージックのLP」なんで(笑) 僕はうれしく確保したのだった。内容はクインシー・ジョーンズのアレンジに、エディ・コスタのピアノやらジョージ・デュヴィヴィエのベースも入り、悪くないアレンジジャズだ。
ラビットフットレコードは、2003年8月31日に閉店した。ラビットのオーナーだった小川真一氏は、現在、レコードコレクターズなどに評論を書かれている。ラビットの閉店セールの模様はこのアドレスでどうぞ。
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