モンクス・ミュージック

2009年12月19日 (土)

<ジャズ回想 第21回>コルトレーンのことも少し・・・take the Coltrane!

さて・・・コルトレーンである。「さて」というのは・・・前回の<サウンド・オブ・ミュージック>記事の最後のところに、つい、コルトレーンの名を出してしまったからで、あれは、my fevorite things 繋(つな)がりからのコルトレーン記事を確信的に意図していたわけではないのだが、その方向を全く意識していなかったのかというと、やはりそうでもなく(笑)・・・まあ、そんなわけで「コルトレーン」のことを書いておこうと思うのだ。
このブログ<夢見るレコード>を始めたのが2005年6月だったから、もう4年半ほどになるが、そういえば、コルトレーンのことをあまり取り上げていない。だいぶ前に、prestigeの『コルトレーン』、riversideの『モンクス・ミュージック』、それからロリンズとの対比でちょっと触れたことくらいだと思う。
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コルトレーンという人の音を最初に耳にしたのは・・・マイルスの<ラウンド・アバウト・ミッドナイト>だったはずだ。FMラジオのジャズ番組でその演奏を聴いて(録音もして)何度も聴いた。中3の時だったと思う。だけど、それはマイルス・デイヴィス、あるいはセロニアス・モンクという人を意識しての<ラウンド・アバウト・ミッドナイト>聴きだったので、正確に言えば「コルトレーンの音を耳にしていた」というだけで、その時点では、僕はまだコルトレーンという人を強くは意識していなかった。
その名演からジャズという音楽に惹かれ始めた僕は、そのうちジャズ雑誌やジャズ本を読むようになった。今、思えばあの頃のジャズ活字の世界は「コルトレーンは素晴らしい!」というものばかりだったわけだが(例えば、コルトレーンに比べれば凡庸なハンク・モブレイとか・・・)ジャズに入れ込み始めた高校生としては、そんな「コルトレーン賛美」に影響されないわけにはいかなかった(笑)1
当時、圧倒的に影響されたのは、立花実という人の「ジャズへの愛着」(ジャズ批評社)という本である。この本・・・街の図書館にあって高1の時(1972年)に読んだのだが、それはもう感動的なまでに著者の心情溢れるもので、<コルトレーンのバンドには真の音楽的交流があって、それこそが「共同体」と呼べるものだ>・・・みたいな内容だったと思う。まあ正直に言えばその辺のことはよく判らなかったが、ジャズに入れ込み始めた高校生には「共同体」というフレーズは・・・よく効いた(笑)
その立花実氏の本には、モンクス・ミュージックのことも書いてあって、「モンクの不思議な和音と格闘するコルトレーン」というような記述だったはずだ。そうして、立花氏はその音楽的格闘を激賞していた。2
その本を読んでから・・・素直な僕は「これは、コルトレーンを聴かねばならない!」と決意し(笑)コルトレーンという名前を意識するようになった。そんな頃、ネムジャズインを見に行った翌日(徹夜明け:笑)、名古屋で見つけたのが『モンクス・ミュージック』(ABC riverside盤)である。立花氏が描写した「モンクの和音に、一瞬、飲み込まれそうになったコルトレーン・・・しかしそこから決然とモンクに戦いを挑むコルトレーン」という、正にその場面を実感できるwell,you needn'tを何度も聴きまくった(笑)そうして、コルトレーンを好きになった。次に買ったのが、マイルスの傑作~Kind Of Blue(CBSソニー盤)である。

この高1の夏にこの2枚を聴き込んだことで、たぶん・・・僕はコルトレーンのテナーの「音色」を覚えたはずだ。「覚えた」というのは・・・他の知らないレコードを聴いても「ああ、このテナー(の音色)はコルトレーンだ)!」と「判る」という意味合いで、まあコルトレーンという人の音色はとても特徴的なので、そういう意味ではとても「判りやすい」ミュージシャンなのかもしれない。
「判る」といってもそのレコードを特に分析的に聴いたということではなく・・・好きなレコード(音楽)を集中して聴き込む時、その音楽というものは、たぶん、耳で聴いて感知しているだけではない。その音楽の振動が体のあちこちの細胞に沁み込んでしまうものだ。比喩的ではなく、体が覚えているというか・・・(笑)
ちなみに、コルトレーンの音色というのは~音というものはいつでも言葉では表現しにくいものだが~肌合いで言えば、その音色はとても硬質な感じで、そうだな・・・コールマン・ホーキンスやソニー・ロリンズの音色を<木の質感>とすれば、コルトレーンのそれは遥かに金属的で、しかしそれほど冷たい質感ではなく<質のいいきめ細かい肌触りのメタリック>という感じか。
私見では、同時代のどのテナー奏者にも似ていない、ちょっと「新しい音」だと思う。余談だが、1960年頃のジミー・ヒースが、ちょっとコルトレーンに似た音色をしているように思う。同時期のベニー・ゴルソンは、音色は似てないがフレーズがちょっと似ているような気がする。
そして、ちょうどその秋にビクターが1100円盤シリーズを発売することになったのだ。街のレコード屋に出入りしていた僕は、そのチラシを入手して発売前からどれを買おううかと・・・あれやこれや思案していた。そうしてようやく決めたのが、『コルトレーン』『モンクとロリンズ』の2枚である。

005《1972年秋にビクターから発売された1100円盤シリーズ~まさかこのシリーズのコレクターはいないと思うが(笑)ちょっとした特徴としては・・・解説書は一切なし。外見的には、ジャケ裏右下の<1100円という定価とPJ~12>というシリーズ番号が入っていること。そして、センターラベル外周部分に何のアドレス(住所)表記もないことくらいか。余談だが、当時、このシリーズを入手した方が、この<1100円~>箇所をナイフで削った・・・という涙ぐましいエピソードを読んだことがある(笑) その頃、僕は「オリジナル盤」というものの価値を知らなかったので、そのエピソードを不思議に感じたものだ》

今、思えば、立花実氏の絶賛した精神共同体のコルトレーンとは・・・もちろんimpulse期(それも後期)だったのだが、当時はそんなレーベル変遷の知識もなく、単純に「コルトレーンはコルトレーン」だと思っていた。そして、この1100円盤シリーズはprestige原盤~1950年代のバリバリのハードバップ~だったのだ。
『コルトレーン』は、初めて聴く<1957年のコルトレーンのリーダー作>だったわけだが・・・先にKind Of Blueの新しいサウンドを聴いていた僕としては、いきなりバリトンサックス(サヒブ・シハブ)の急速調のリフの繰り返しから始まる何やら忙(せわ)しない感じのA面1曲目(bakai)に、「あれ?ちょっと・・・暑苦しいなという印象を受けた。kind of blueのあの静謐(せいひつ)なサウンドと比べればそれも無理からぬことだったと思う。しかし、それも何回も聴いている内にすぐ慣れた。そうして、2曲目が・・・「コートにすみれを」なのである。
これが・・・本当にすう~っと清冽な気持ちになってしまう素晴らしい演奏だった。この曲のことは、だいぶ前の夢レコ(マット・デニス作の曲)の中で少し書いたことがある。とにかくいいメロディといいハーモニーの素晴らしい曲なので、実際、あの1957年時点で、この曲を、バラードとして自分のリーダー作にセレクトした・・・というそのことにこそ、コルトレーンの素晴らしいセンスがあったのだ・・・と僕には思えてくる。
そういえば、マイルスの述懐として「なぜあんな下手な新人を使うんだ?」とか仲間から言われた~とかいう記事を何かで読んだことがある。「マイルスバンドの新人」という位置づけなので、たぶん1956年以前のことかと思われるが、それはコルトレーン賛辞ばかりの中で、当時は唯一の、マイナスイメージの話しだったように思う。

004もちろんジャズを聴き始めの高校生には、そんな技術的なことは判らない。
「そうかあ・・・あれでも(あんなに巧くても)下手というのかな?」いうくらいの感想だった。たぶん、その「下手~」というのは、コルトレーンのうんと初期の頃のことだったのだと思う。そういう意識でもって初期のコルトレーンをいろいろ聴いてみると・・・もちろん下手なはずはないのだが、ただ、わりと頻繁に「キィ~ッ」というリードミスの音が出たり、それからソロの途中でフレージング(アドリブのメロディ造り)が、ちょっとモタモタした感じになったり・・・という部分もあり、その辺が、ホウキンスやベン・ウエブスター流れのソフトでスムースな流れのアドリブから比べれば「ゴツゴツとして不器用」な感じは確かにある。しかし、その硬質な音色やフレーズの根本的な新しさ・・・これはもう圧倒的にそれまでと違うテナーである。マイルスにしてみたら、「みんな判っちゃいないぜ・・・あいつの凄さが・・・」てなもんだったんだろう。そんな風なマイルスの述懐もあったかと思う。
しかしそのマイルスも、prestige作品のいくつかのバラードではコルトレーンを登場させていない。この辺・・・マイルスはそのバラード全体の構成と、この時期(1955年~1956年)のコルトレーンの実力までもちゃんと考え併せて・・・スローバラードでは、曲のバランスを崩してしまいそうなコルトレーンを、あえて外したのだろう。
(実際~it never entered my mindでは、コルトレーンのテナーは、演奏の最後の最後にプア~ッと鳴るだけだ:笑)
僕の勝手な推測では・・・この時、コルトレーンは「なぜだ!なぜオレを使わないのだ!」と怒りに打ち震えた(笑)コルトレーンは早い時期からもう絶対にバラード好きのはずなのだ。「バラードも吹きたい・・・」とコルトレーンは悶えていたはずなのだ(笑)
そうしてコルトレーンは、その直後の自分のprestige期リーダーアルバムで、敢然とスローなバラードに挑戦しているのだ。1957年の最初のリーダー作『Coltrane』には2曲のバラードが収録されている。今ではとても有名になった<コートにすみれを>と、もうひとつ、とても地味な<while my lady sleeps>である。(私見では、実はこちらの<while~>もなかなか素晴らしい。バックに同じパターンを弾かせながらテナーだけがメロディを変化させていく~その感じがちょっとモード的でもあり、コルトレーン的な「唄い」にフィットした、何やら新しい感じがある演奏だと思う。
さて、<コート~>を聴くと、コルトレーンはたぶんシナトラを聴き込んでいたのだろうな・・・と思えてくる。シナトラはすでに1940年代にこのマット・デニス作の名曲を吹き込んでいる。ジャズのインスト版としては、1956年7月録音:ユタ・ヒップ(p)とズート・シムス(ts)のbluenote作品(Yuta Hipp with Zoot Sims)が最初だろうか。当時、録音から発売までは案外に早かったらしいので、ひょっとしたらコルトレーンは、発売仕立てのその『Yuta Hipp with Zoot』を聴いて、この曲を気に入ってしまったのかもしれない。そうして1957年3月録音の『コルトレーン』に、この<コートにすみれを>を吹き込んだ・・・。シナトラかシムスか、
あるいはその両方か・・・。いずれにしても、この曲はコルトレーンに合う。それまでのスローバラードというのは、テンポはスローでも、たいていベースは4拍を刻んで、ゆったりと弾むような(バウンス)全体に「ゆったりと」という雰囲気だったように思う。コルトレーンは(もちろん、そのやり方をマイルスの方が先にやっていたわけだが)テーマ部分ではベースには2拍を打たせ、つまり、リズムにうんと間を持たせて・・・その分、テナーがメロディをあまりフェイク(変えること)せずに、ゆったりと音を伸ばしたのだ。時には、伸ばした音の後に、弱めの音量でパラパラっと短めに入れるグリッサンド風なフレーズ・・・これも実に粋なのだ。音のことはなかなか表現しづらいが、ひと言で言えば「瑞々しい」という感じか。とにかく・・・コルトレーンのバラードはいい。何がいいのか・・・というのは、もう感覚の問題ではあるが、強いて言えば・・・それは、その音色の新しさが生んだ<ちょっとビターな情緒感>みたいな感じだと思う。柔らかい音色でラプソディックに吹かれるバラードも(例えばコールマン・ホーキンス)もちろんいいものだが、コルトレーン流のバラードから匂い立ってくる<凛(りん)とした佇(たたず)まい>・・・これにも強烈に「新しいジャズ」を感じる。
そうなのだ・・・コルトレーンは、ついに自分の硬質な音色に合う新しいバラード奏法を見つけたのだ。コルトレーンの<コートにすみれを>は、本当に素晴らしい!
この傑作バラード演奏で、僕が特に好きな場面がある。それは・・・ガーランドのピアノソロが終って、コルトレーンが入ってくる瞬間だ。
それはサビの(曲の途中でメロディの展開がちょっと変わる箇所のこと)出だし・・・1拍だけ待って・・・それはググッと堪えていた情緒をここで一気に吐き出すかのような、一点の迷いもなくキリッとした決意を持って吹き込まれる、低い方から高い方へ一気に上がる切れのある16分音符の(4つ目の音はタイで繋げて伸ばす)フレーズだ。
こんな瞬間があるから・・・僕はジャズを止められない(笑)

ああ・・・すっかり『コートにすみれを』の話しになってしまった。まあいいじゃないか・・・ジャズにアドリブは付きものだ(笑)コルトレーンのmy fevorite thingsについてはまた別の機会に。

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2006年8月 6日 (日)

<ジャズ回想 第7回>  1975年7月の日比谷野音。

ついに見た動くモンク~「真夏の夜のジャズ」と「ナベサダ」のこと。

大学1年の時、東京へ遊びに行った。7月7日だったかの月曜日、フランス語の講義の後、僕は新幹線に乗った。中学の同級生であるS君と東京駅で、夕方4時頃に(この時代1975年なので、ハガキで~時~分着の新幹線と連絡しておいて:笑)待ち合わせをしているのだ。S君は4月から東京で学生生活を始めていたので、この4~5日は彼のアパートに泊めてもらうことになっていた。
東京へ遊びに行くメインの目的は・・・<真夏の夜のジャズ>である。スイング・ジャーナルの広告か何かで知った<日比谷野外音楽堂で「真夏の夜のジャズ」を見よう>というイヴェントを見るために・・・わざわざ東京まで行くのだ。このイヴェントがその週の木曜日なので、そのイヴェントの前後に2人で東京のジャズ喫茶を回ろうぜ、という大体の計画だった。 いろんなジャズの本や記事で「真夏の夜のジャズ」という映画があるんだそうな・・・ということを知っていた。そしてその映画では・・・
あのセロニアス・モンクが「本当に動いてピアノを弾く」ということも。「動くモンクを見てみたい」(笑)・・・いや、当時は「笑い事」じゃなかったのだ。1975年・・・もちろんまだヴィデオなんて普及してない。高校の授業で使ったオープンリールのヴィデオ・デッキが、かなり珍しいくらいの時代である。
もちろんTVでもそんなジャズ映画を放映するわけがない。だから・・・昔のジャズマンの演奏する姿なんて、普通ではほとんど見られない時代だった。
~モンクは一体、どんな風に「動く」のか? どんな具合にピアノを弾くのか? 本当に「踊る」のだろうか?~
ジャズファンなら誰でも、そんな素朴的な興味が相当に湧いてしまうのだった。実際・・・そういうニーズがあったから、「1本のジャズ映画を日比谷野音で上映する」なんていうイヴェントも成り立ったのだろう。(観客は満員だった!)とにもかくにも僕の「東京巡り」は・・・だから「モンクを見る!」ということが最大の目的だったのだ。だから、事前にS君と何度かハガキのやりとりをして、このイヴェントのチケットを確保してもらうよう頼んでおいた。そうして「確保できた」の知らせを受けてからの、ようやくの「東京行き決行!」だったのだ。僕はもう本当にワクワクしていた。

このイヴェントのチラシを保存してあるはずだ。さっきから探しているが、どうも見つからない(笑)
僕はレコードのチラシ関係は一緒にファイルしてあるのだが・・コンサートのチラシやらチケットは、なぜかバラバラなのだ。
例えば文庫本の間とかそのころ買った雑誌にはさんであったりして・・・それでも案外、どこかにとってあるのだ。それで前に見た記憶をたどると・・・たしかあのチラシは、思わぬ時に発見したのだ。そうだっ!ジャンゴのあのレコードだ!そんな訳で・・・タナの下の方でちょっと苦労したが、ジャンゴのレコードを見つけ出した。75_004_3

そのチラシがこれだ。だいぶ汚れているが(笑)・・・この時、東京で買ったジャンゴの日本コロムビア1100円盤がシュリンク付きだったので、
そのままそのジャケットにはさんでおいたのだろう。

<真夏の夜のジャズ>1975年7月10日(木)午後6時30分開演となっている。入場料は2000円だ。
星降る夜の映像と即興の衝突」という大げさなサブタイトルが付いているのは・・・この映画は第2部、つまりメインの扱いで、第1部は、なぜか「渡辺貞夫カルテット」のコンサートだったのだ。そのコンサートのコピーもすごい(笑)~即興に命をかける男達のライブ・コンサート~
ナベサダは72年夏にネムジャズインで見た。秋にもミニ・コンサート(名古屋のデパートでのオープンイヴェント)で見た。スタンダードを吹いてもモードっぽい曲を演っても、わりとわかりやすいジャズで、僕は好きなミュージシャンだった。このカルテット~ピアノが本田タケヒロだった~まだ組んでから間もないはずだ。当時、FM放送で毎週土曜の夜にナベサダの番組があり、そのFM放送でこのバンドの音は聴いていたように思う。
僕はこの1975年、地元の大学で「ジャズ研」に入り、ウッドベースを始めていたので、それまでレコードで聴いてきたジャズの「感じ」に加えて「演奏の実際」みたいなこと、そんな気配を少しは肌で判りはじめていた。そんな僕が聴いていても、この時のドラム奏者には何か余裕が感じられずあまり巧いとは思えなかった。実際、ナベサダは、何度もドラムの方を向いたり、そばに寄ったりして何やら指示をしているのだった。ある場面では・・・ボサ調の曲が途中から4ビートに変化していった。あれは・・・ボサ風の曲なのに、アドリブの途中で、ナベサダが急に4ビートノリで吹き始めたように思う。すぐさまピアノがそれに気がつき、4ビートのバッキングに変えたのだが、何か変だぞ? どうにもノリが気持ち悪い・・・ああ、ドラム奏者が全くその変化に気付かないようだ。ピアノのソロになっても、ガンコにボサのリズムを死守している。おそらくは特に打ち合わせなどなく、この時の演奏で自然発生的に生まれたアイディアだったのだろう。それにしても・・・である。それで・・・とうとうナベサダがドラムのすぐ右側に行き、右手を上下に振りながら何か叫んでいる。右手のアクションは、間違いなく「4ビート」(シンバルをレガートする右手の仕草だ)を示している。それでようやく・・・ドラマーのリズムが4ビートに変わった。ピアノの本田が嬉しそうにまた長いソロを弾き出した。・・・そんな様を僕はワクワクしながら見ていた。バンドが演奏しながら、あんな風に「リズム」を変えていくことがあるんだ、そしてそれがうまく合わないこともあるんだなあ・・・というジャズの難しさ・おもしろさも実感できた。そんなリズムの「やりとり」~このことをS君にも話したのだが~が自分にも判るようになってきたことが、ちょっとうれしかった。

さて、この「真夏の夜のジャズ」~モンクの出番はわりと最初の方だ。モンクが画面に現れると・・・「ウおおっ!」と静かに観客がどよめいて、拍手もあちらこちらで起きた。(モンク好きとしてはちょっと残念だが・・・後にドルフィが登場した時の方が、明らかに大きなドヨメキと拍手が巻き起こったのだった)モンクはトリオで「ブルー・モンク」を演奏するのだが、ベースがヘンリー・グライムス(だったか?)というのがちょっと珍しい。映画そのものの僕にとってのハイライトは・・・しかし、ちょっと残念なものだった。せっかくのモンクの演奏中(演奏の音は流れている)なのに・・・カメラがヨットやら観客ばかり映しているのだ。半分くらいは「風景」だったように思う。
モンク目当ての僕としては、これはもう・・・相当にがっかりしたものだ(笑)75_006_2

ドルフィ登場の場面では・・・モンクの時よりも大きな拍手が沸き起こった。チコ・ハミルトンのマレットの長いソロと、チコが顔中がもう汗ダラダラになって、しかし目を見開いてドラムを叩き続ける姿も印象に残っている。《今回、この記事を書くきっかけになったparlophoneさんのブログに、この「真夏の夜のジャズ」が、詳細に紹介されている。アニタやダイナの一番いい場面の写真が楽しい》

出口のところでジャズ評論家の野口久光さんを見かけた。たぶん氏は、このイヴェントの監修か何かで関わっておられたはずだ。近くのジャズ関係者の方に「雨が降らなくてよろしかったですねえ・・・」とか話していた。野口久光さんはすごく小柄で、真夏なのにピシッとスーツを着ていた。

この日比谷野音のイヴェントが木曜だった。ということは・・・月曜の夕方から火曜・水曜・金曜と、毎日、どこかに出歩いていたわけだ。S君がその頃発売された「東京ジャズ喫茶~」なる雑誌を持っていたので、あれこれ見ながら~新宿、渋谷、それから吉祥寺にも行ってみたい~行く街と回るコースを考えたりして・・・そんなことがやけに楽しかった。そうしてホントにいろんなジャズ喫茶にも行ったなあ・・・。S君のアパートは井の頭線の東松原だったので渋谷へ出るのが便利だ。だから・・・まず渋谷だった。この頃の渋谷にはジャズ喫茶がいっぱいあった。
道玄坂の小路に入るとまず「ジニアス」、その斜め向かいに「デュエット」があった。少し離れたところに「音楽館」もあったはずだ。道玄坂をの反対側には「メリー・ジェーン」という店もあったかな。それに中古レコード店の「JARO」、輸入のレコードがたくさんあったヤマハ楽器渋谷店もあった。そんな具合だったので、ジャズ好きには全く最高の街だったように思う。
渋谷では、道玄坂の「ジニアス」に何度か寄った。階段を下りると右にドア。入ると・・・奥行きは狭いが左右に細長く拡がった店だった。僕らは一番、左側のスピーカーのまん前へ座った。この店のスピーカーは・・・壁に埋め込まれていて、かなりの大音量でかけていた。僕はジョニー・グリフィンのWay Outをリクエストした。72年にはビクターがriversideを国内発売始めていたので、75年には国内盤が出ていたかもしれない。かけてくれた盤が国内盤だったかオリジナル盤だったかは判らないが、ベースの音が強力に鳴っていたことはよく覚えている。いい音だったように思う。
なぜこんな盤をリクエストしたのかというと・・・モンクにはまっていた僕は、その絡みで、ベースのウイルバー・ウエアにも凝っていたのだ。入部したジャズ研の先輩に「ウイルバー・ウエアが好き」と言った時の、先輩の困ったような顔を今でもよく覚えている(笑)
この「ジニアス」で一番印象に残っているのは・・・ラシッド・アリのドラムだ。スピーカーのまん前に座ったその時、コルトレーンの「ライブ・イン・ジャパン」(東芝)がかかった。どの曲だったかは忘れたが・・・とにかくそのラシッドアリのシンバルの凄いこと!というかやかましいのだが(笑) とにかく絶え間なく叩き続ける・・・「間」とか「強弱」とかあまり考えてないドラムだ(笑) 当時、こういう叩き方を「パルス奏法」とか呼んでいて、要は安定したビートを叩かないやり方で、だから巧いとは思わなかったが、実際のコルトレーンのコンサートで表したであろうこのドラム奏者の「激しさ」だけは、理解できたように感じた。とにもかくにも・・・フリー的な演奏はほとんど聞いたこともなかったし興味がないはずの僕が、約20分くらいは、あのドラム音を至近距離で聞けたのである。(笑)
ジャズ喫茶の「いいオーディオ装置」(たぶん)で聴く「大音量の再生音」というものに、多少の興味を覚えたのはこの時だったかもしれない。

ヤマハ楽器では、1枚だけ輸入レコードを買った。チャーリー・パーカーのライブ盤<Happy Bird> 真っ赤なジャケットでscrapple from the appleが入っているやつである。この盤には・・・18才のジャズマニアとしては痛恨の思い出がある(笑) 僕はパーカーのレコードはそれまで1枚も持ってなかった。ジャズも聴くだけでなく演奏もやろうとしているんだから、パーカーだって聴いておかなくちゃなあ・・・というくらいの気持ちもあったので、何か1枚、と思ったのだろう。75_001_1
このcharlie parker というレーベルは(再発だけかもしれないが)ジャケット裏の表記が実にいいかげんで、表ジャケは「Happy Bird」なのに、裏ジャケには、Charlie Parker/Bird Is Freeなる文字も見えるし、これらLPに入ってなかった収録曲は、ダイアルの音源が混じって表記されているようでもある。版権とかはどうなっていたのだろうか?

この盤は、charlie parkerレーベルの再発(ペラペラジャケットで黄色のラベル)なのだが、A面に~happy bird blues, scrapple from the apple, ornithology, a night in tunigia, bird's nest, cool blues
B面に~I remember april, I may be wrong, my old flame, scrapple from the apple, out of nowhere, don't blame me
と各6曲表記されており、表記の収録時間を足すとA面が26分ほど、B面は36分ほどになるのだ。価格は1400円ほどだったか。これはお徳だなあ・・・と僕は考えたはずだ。 75
当時は・・・レコードを1枚買うのにもいろんな決断要素があった。それこそミュージシャンを決めてどのレコードにするか決めて・・・そしてそういう風に決まってくるまでには・・・まず「価格」(これは今でも同じかあ:笑)、それから「収録時間」も重要だった。特に「パーカーという人」を初めてレコードで聴くので、やはり1曲でもたくさんの曲を聴きたい!と思ったのもムリはない。この盤はビニールシュリンクしてあったので、その場ではラベルまで見られなかった。しかし・・・家に帰ってシュリンクを破り、その黄色のラベルを見ると・・・それぞれ2曲づつしか入っていなかった。もちろん実際の音も2曲づつであった。これにはがっかりした(笑) しかしまあ・・・単純に考えれば、いくらなんでも片面に36分も入るわけがない。
音もムチャクチャ悪いし、もうパーカーなんて・・・という感じだった。
この「Happy Bird」のせいで、僕がパーカーに開眼するまでに、確実に3年は遅くなったはずだ(笑)

渋谷の「ジャロ」にも寄ってみた。むちゃくちゃ狭い階段を下りて左に入り口・・・店内も相当に狭い。その狭い店内にぎっしりとLPが詰まっていた。
壁のかざってあるモンクの「モンクス・ミュージック」が目を引いた。というよりその値段にびっくりした・・・たしか7800円とか8000円だったか。
その当時、「オリジナル盤」の価値など全く知らなかった。ただ国内盤と輸入盤という認識しかなくて、そして輸入盤のメリットは「安い」ことだったのだ。だから・・・こんなモンクス・ミュージックや他の似たような値段の盤を見ても「やけに高い輸入盤だなあ・・・とても買えないや」と思っただけだった(笑)

そういえば、10日の日比谷野音での<真夏の夜のジャズ>の前に、銀座にも寄ったのだった。数寄屋橋辺りを歩いていると
「イエナ書店」が見つかった。ははあ・・・これがよく植草甚一の本に出てくる「イエナ」かあ・・・とか思ってるうちに今度はソニービルが見つかった。地下ににハンターという中古レコード店があるのだ。調べはついている(笑)
ここはけっこう中古レコードが安いので有名だった。スイングジャーナルのハンターの「レコード下取り広告」には・・・オノ・ヨーコのレコードがゴミ箱に入っている写真が載っていた(笑) 当時、要らない!と思うレコードのイメージの代表がオノ・ヨーコだったのだ(笑)
ここでも1枚だけ買う。
ダラー・ブランド/Sangoma(sackville)75_002

ダラー・ブランドは高校の時、もう大好きになってしまい、高2の時、73年2月には、名古屋までコンサートを見に行った。
ピアノソロのコンサートだったが、僕はもうすっかり感動してしまい・・・終演後も楽屋の入り口で30分も待っていたりした。しかし・・・ダラーは裏口から帰ってしまったようで、とうとう楽屋からは現れなかった。この sackville盤は、当時、わりあい新譜に近いソロピアノ集だったはずで、すぐ購入決定したように記憶している。この前に買った独ECM盤のancient africaというレコードが・・・全くよくなかった。ピアノの音がペンペン・キンキンで全くひどい音だったのだ。それに比べれば、このsackville盤はナチュラルなピアノ音で聴きやすい。特にB面は、エリントンに捧ぐ~みたいなメドレーだが悪くない。今でも時々聴く。

この後、S君が(たぶんビートルズへの熱狂から)どうしても帝国ホテルを見ていくぞ、と言い張った。
ついでに中に入りたい、というので、ロビーを横切ったりした。
「ああ、これが帝国ホテルかあ」と感動するS君を、僕は醒めた気持ちで(笑)眺めながら、日比谷公園へ向かうのだった。

《補筆》 このブログ記事をアップした2~3日後、S谷君に出会った。ブログに登場させてもらったことを彼に伝えると・・・本日(8/11)、彼が僕の職場に顔を出し「読んだぞ」と一言。ついでに「おい。ビートルズ(の泊まったの)はヒルトンホテルだぞ」と、こちらの勘違いを訂正してくれた(笑)そうか・・・ビートルズはヒルトンホテルだったのか。それにしても、S谷君。あの夏は、1週間近くも泊めて頂き、しかもこちらのジャズ熱に付き合って、嫌がりもせず、あちこち一緒に歩き回ってくれたなあ・・・。S谷君、改めて・・・ありがとう!

東京にいる間に、S君とは他にもいろいろとジャズスポットを回った。
新宿の「ディスク・ユニオン」~ここでまたまた1枚だけ。それも輸入盤ではなく国内盤だ。3年ほど前に発売されていたが買いそびれていた
ジャンゴ・ラインハルトの1100円盤を買った。この時、同じ曲を収録の外盤があったのだが、迷ったあげく「国内盤」を選んだ。75_003
あれは今思うと・・・everest レーベルのjazz archive というシリーズだったかもしれない。すごく安っぽいジャケットだったことだけを覚えている。                            《この盤に「真夏の夜のジャズ」のチラシを、はさんでおいたのだった。31年間も:笑》

それからピットインの辺りを抜けながら、今度は「ディグ」へ。
ディグでは、少しだけレコードの話しをしていたら・・・すぐさま「おしゃべり禁止です」と注意された。あのときの周りのお客の冷たい視線・・・(笑) ディグは、イスが狭くて硬くて・・・それに肝心の音も、ジニアスと比べるとそれほどいいとは思わなかった。

吉祥寺の「メグ」にも行ったな。駅からウロウロと歩いてなんとかたどりついた。階段を上がって右側にドアがある雑居ビルの2Fだった。
メグでは何をリクエストしたのか・・・覚えてない。音の印象もない。

そして・・・明大前のジャズ喫茶「マイルス」だ。
駅を出て陸橋を渡ってすぐのT字路を左へ曲がってちょいと登ると「マイルス」というジャズ喫茶があった。狭い階段を上がって2Fにあるとても狭い店だった。マイルスのWalkin' がかかっていた。このレコードはそれまで聴いたことがなかった。だから・・・聴いたことのないテナーが聞こえてきて・・・そうするとこのテナーがラッキー・トンプソンという人なんだろうね・・・なんてことをS君と話した。
この「マイルス」には、なぜか居心地のよさを感じて、東松原に近いこともあって、その後、2~3回は寄った。東京2日目の火曜日だったか・・・同じく中学の同級であったI君が、わざわざ甲府から出てきた。この3人でS君のアパートで話し込んだ後、なぜか夜遅くの明大前まで出てきてしまった。マイルスへ寄った後、なぜか深夜喫茶みたいなところで時間をつぶしてるうちに当然、終電はなくなり・・・3人で明大前から東松原まで歩いて戻ったのだ。ひと駅なのでそんなに遠くはなかったが、それでも30分以上はかかっただろう(笑)
この時、I君はなぜか・・・ちょっといいトランジスタラジオを持っていた。何か聴きながら行こうよ、というわけで、そうしたら・・・ちょうどあのジャズ番組
「アスペクト・イン・ジャズ」が流れてきたのだ。そのジャズを聴きながら3人でトボトボと歩いた。多分、深夜の1時からの放送だったと思う。
こんな深夜に東京の住宅街を歩きながら、油井正一の声を聴き、そしてジャズを聴いている~というそのことが強く印象に残っている。

あの7月の夜は・・・もう31年も前のことなのか・・・。それにしても・・・ジャズは、やっぱり素晴らしい。どこで聴いても素晴らしい・・・。

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2005年7月 3日 (日)

<旅レコ 第9回>1999年7月 ソウル編(A面)

~東大門:お化け(トケビ)市場を目指して~場所が判らん!

オリジナル盤の魅力に、それほど早くから気づいていたわけじゃない。何度か、安いオリジナル盤を入手したりしている内に、そのジャケの色合いや、コーティング具合、匂い、センターレーベルのデザイン、それからもちろん、盤の重さ~それら全体から発散されてくる、どうにも抵抗しがたい魅力・・・そんなものを、徐々に自覚していったようだ。

そんな時、ソウルへ行くことになった。ガイド本によると、「東大門」という地区の、清渓6街(チョゲユクガ))辺りになにやらガラクタ街らしき一帯があるらしい。 そこには~中古のラジカセ・ビデオなどの電気機器やら、ビデオ、CD、レコード~などがあるらしい。その辺りを紹介する写真には「何か」がありそうな雰囲気が漂っていた。(そう見えてしまう、思い込みの強い僕であった)・・・ただし、その「ガラクタ街」が、どのあたりに位置しているのかは、正確には判らない。たいてい<高架道路沿い辺りの一帯>とか書いてあるだけなのだ。ガイドの付録の地図に、まさか「中古レコード店」などとは、載ってるはずもない(笑) 

さて、ホンコンと同様に、うまいこと、2日目を半日、フリーで動けるように段取りした。
地下鉄2号線で、「東大門」方面に向う。地下鉄も2本(1号線と4号線)が乗り入れており、二つの「東大門」駅がある。僕は、2号線の「東大門運動場」駅で降り、4号線に乗り換え、その「東大門」駅で降りた。
東大門辺りは、ファッションの問屋(兼販売)ビルでよく知られているが、衣料品以外にも、スニーカー・カバン・食料品・食器類などいろんな業種ごとのエリアが、この周辺全体に群がっているのだ。だから、どのガイドにも「東大門は、とても一日では回りきれない。目的を絞って回ろう」とか書いてある。ふふふ・・・目的は、とっくに絞ってあるのだ(笑)
と、ここまでは調べておいた通りだった。地下鉄の駅から地上へ出ると、まん前が、すぐ「イースタン・ホテル」だった。オレンジ色のビジネスホテル風の建物だ。これも地図に載っている。ようし・・・ガイド本によれば、ここから右の方(東)へ向えば、「古本やレコードがいっぱい」のエリアがあるはずだった。さあ、とりあえず東の方に進もう、と歩き出したのだが・・・あれれれ? 自分がどちらに向っているのかが判らない。僕には、「魔の地下鉄ジンクス」がある。この時も、地表に上がった瞬間、方向がよく判らなくなってしまったようだ。(ホンコン編と同様に)ホテルの前の歩道から、ちょっと向こうには、TVでよく見かけたような、いわゆる「東大門」という「門」が見える。この門も地図に載っている。それでも、地図上での右左がはっきりしないのだ。とにかく、道がやけに広い。「門」の周りの道は、ロータリー状になっているようだし・・・高架道路も周りの景色をさえぎっているようだ。地下道で、道路の反対側へ渡ってみたが、どうもハッキリしないのだ。
この日は、またムチャクチャ暑かった。立っているだけで、ぼーっとしてくる。これ以上、無為に歩き回ると、ほんとに遭難しちゃう(笑)・・・。そんな状況で、かなり動揺してきたが、日陰に入って、もう一度、よ~く考えてみる。・・・自分が今、立っている位置~「イースタン・ホテル」前の歩道と、ロータリーの「東大門」の位置関係から~を冷静に、落ち着いて、時間をかけて、分析(何を大げさな:笑)した結果・・・やはり、「こっち(ホテルの裏側方面)が、地図の右方向(東)だ」という結論に至った。10分ほどは、ウロウロしていたようだ。ようし・・・探索再開だ!
(今、その時の地図でしっかりと、再チェックしてみると・・・南北・東西に走る広い道が、カタカナの「キ」の字みたいになっている。つまり、十字路が2つ連なっているような感じだ。これらの道がやけに広くて横断歩道が少ないので、ほとんどが地下道で横断するしかないのだ。地下から出るたびに、階段を左右に曲がったりするので、錯覚するのも無理はないぞ・・・と今でも思う)
 
ホテルの裏の路地を入っていくと・・・すぐに何となく市場っぽい。しかし、どうも「電気・CD・ビデオ」とは違う雰囲気だ。何やら金属の加工みたいな店が続き、そこを過ぎると、ノートやら鉛筆みたいな店が何軒かある。こりゃあ・・・文具街だ。文具に続いて、オモチャ問屋も発見。「よし、近いぞ」と、この時は思った。もう少し探せば、古本やら中古レコードの一帯が、早くも発見できるような気になっていたので、ここら一帯をグルグル回った。だが、レコード・CDの店は見つからない・・・。、ほとんどの路地をくまなく回った見つからない。、それに、割と狭い一帯だったらしく、5分ほ東側に歩くと、次のブロックの大通りに出てしまうのだ。北側に歩いても大通り。この北側の大通りは地図によれば・・・「旺山路(ワンサンノ)」だ。この大通りの向こうには、「市場」はない。残念だけど、この一帯にはレコードはない・・・と思うしかなかった。
ガイド本の情報は間違っていたのだ。ちくしょう・・・東大門に着いてから、もう40分以上は、さまよっている・・・。

~ソウルの夏は、暑い。ムチャクチャ暑いのだ。冬はムチャクチャ寒い。この99年以前に、94年の12月にソウルに行ったことがあるのだが、12月のソウルは、本当に寒かった。なにしろ川の水が凍っていたのだ! ついでに・・・食べ物は、ムチャクチャ辛いか、やけに甘い。何かにつけ極端なようだ(笑) 一説によると、韓国にはB型人間が圧倒的に多いらしい。僕にもABのBが混ざっているせいか、その極端さが、それほどイヤじゃなかったりする(笑) 
94年のソウルでは・・・夜、梨泰院(イテウォン)のライブハウス~All That Jazz に寄って楽しい時間を過ごした。(そのうち<ジャズ回想>で~)レコードの方は・・・ホンコンと同様に、新譜CD/LPショップしか寄れなかった。鐘路(チョンノ)にあった Music Landというで、「韓国版のOJC」のLP を発見。5000ウォン(当時、800円弱か)と安かったので、未聴だったこの盤を購入。DSCN0779

≪オムニバス/Blues For Tommorrow≫(韓国Yeh Eum)1989年    音質は米OJCと同じ程度か。特に悪いわけではなく、プレスはきれいだ。ジャケ裏のハングル文字がおもしろい。

DSCN0780 内容は「モンクス・ミュージック」から、モンク抜きの1曲とか、ロリンズの「サウンド・オブ・ソニー」からの1曲とか、いいテイクが入っている。

・・・そんなこんなで、早くもフラフラになってしまった。2度目に、北側の大通りに出た時、小さな電器屋さんを見つけた。電器屋~CD~レコード盤、という強引な連想だ(笑) よしっ、ここで聞いてみよう。ハングルはもちろん話せないのだが、なんとかなるだろう・・・。中にはオジさんが2人。「~はどこ?」という言葉は、メモってある。「中古のジャズのオリジナル盤」などと言うと、話しが混みいるので、「CD、レコード、LP・・・オディ・イエヨ?」を繰り返す。・・・これだけで、なんとか通じたようだ。何やら2人で相談している。ああ、やはり「そういう場所」は、あるようだ。 以下、推定~(レコードだって?ほんじゃあ、あの~の辺りにたしかあったよなあ・・・てな雰囲気である)~僕の持っている地図を見せるが、ここには、入ってないのか、なかなか明確な位置を指せないようだ。いろいろ言ってくれるのだが、細かい説明など、全く判らないので、紙切れに地図をかいてもらった。この地図で、ようやく、大体の位置がわかった。さっき出た「東側の大通り」を、もっと南の方へ進んで、高架道路を越えてから、さらに東に曲がった辺りらしい。
けっこう遠いぞ・・・しかし、これで判った! 親切なソウルのオジさん達、ありがとう!
念のため、外へ出て、大体の方角を指差してもらう。よし、間違いない、あっちだ。「カムサハムニダ!」を、2~3度言ってから、
今度は確信をもって、歩き始めた。 (~ソウル編(B面)に続く。近日予定)

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2005年6月 8日 (水)

<旅レコ 第2回> セロニアス・モンク/モンクス・ミュージック

~前回の続き・・・ネムジャズインは、毎年土曜日の夜、徹夜で敢行されていた。明け方近く、ラストのセットは「ナベサダのリハーサルバンド」ラストナンバーは・・・<トリステーザ/悲しみ>という曲だ。

CIMG0001

《タクト/日本コロムビアのEP盤4曲入り。後に地元の古本屋~ミヤザワ書店だったかな~で購入。そしたら狙い通り、「あの曲が入っていた!それで、あのサンバ曲が<悲しみ>トリステーザと知ったのだ。ひょっとしたら、<トリステ>と呼ばれているかもしれない。》
・・・このトリステーザが、サンバのリズムで実にゴキゲンな演奏だったのだ。ナベサダやら峰厚介らのソロの後、エンディングはテーマの終わりでブレイク!しばし沈黙・・・バンドも聴衆もああ終わったのか・・・と思ったその瞬間、ナベサダがホイッスルを吹く!そしてそのホイッスルでカウントをとると、再びサンバのリズムが始まる・・・。楽しかったジャズの一夜が、まもなく終わる・・・終わってしまう。いや、まだ終わりたくないんだ! そんな気持ちがナベサダにもバンドにも聴衆にも満ち満ちており、~ブレイク~ホイッスル~カウント~サンバ。これを何度も何度も繰り返す。あの「悲しみ」の印象的なテーマ~楽しくて、明るくて、踊りだしたくなるような、それでいて、ちょっと哀しいようにも感じる、あの素晴らしいメロディが、すっかり、体中に沁みこんで しDSCN0696まったようだ。
そうして、ステージ左後方の空がすっかり白く明るくなった頃、ようやく最後のブレイク・・・ホイッスルは鳴らなかった・・・終わった。台風の風雨と、それを跳ね返すほどの美しい音楽の一夜が、とうとう終わってしまったのだ。《右の写真は雑誌からの切り抜き》

そのまま帰路。ネムの里から「鵜方」という駅までのバスが大混雑だったので、兄貴と僕は、「歩いていこう!」 そのまま徒歩で駅まで向ったのだ。海辺の丘からの長い坂道を下り、入り江沿いの道をトボトボと。1時間半は歩いたなあ・・・。鵜方から近鉄特急で名古屋まで戻るが、なぜかそのまま豊橋には帰らない(笑)それからちょっと、栄方面に寄ったのだ。徹夜の割りには、やけに元気だ。どうやら、ジャズの余韻が残っていて、やたらとハイになっていた高校生だったようです。(笑)

栄から納屋橋方面に5分ほど歩いたあたりに、朝日神社という小さい神社があり、そこを過ぎたあたりに「名曲堂」というレコード屋を見つけた。雑居ビルの1Fにある10坪ほどの小さな店だった。国内盤を置いてある店舗との仕切りガラスの外側~つまり他フロアに行くための通路のガラス寄り~なんと、そんな埃っぽい場所に、ジャズの輸入盤コーナーがあったのだ。
「秋吉敏子」の回に書いたように、当時は新品レコードが2000円~2200円くらいだったので、1500円前後で手に入るジャズの輸入盤には、かなりの魅力があったのだ。今思えば、その頃、手に入れた輸入盤は、60年台後半にアメリカで再発されたニセステ「モノ音源を擬似ステレオ化した盤」が多かったのだ。・・・でも当時(1972年)はそんなことは判らない。「安い」から外盤を買っていたのです(笑)
この名曲堂で、時間をかけて1枚だけ選んだのが~

Thelonious Monk/Monk’s Music(Riverside:RS-3004)CIMG0005

もちろんリバーサイドのオリジナル1stではなく、67~68年頃の米再発盤らしい。こげ茶の環っかラベルの 「abc Riverside」と呼ばれる盤だ。この盤も”electronically rechanneled for stereo” と表示されていた。擬似ステ盤の場合、「ステレオ」モードで聴くと、たいていは・・・
<低音と高音を強引に左右に振り分けてエコーをガンガンにかけたような>不自然な音質と音場感にになってしまう。そんな擬似ステ盤を聴くときには、しかたないので僕の場合は、「モノ」にして聴くことが多いのだ。
ところが不思議なことに、このabc Riverside盤からは、そういった不自然さを感じない。アンプのモードを「モノ」から「ステレオ」に変えても、ほとんど音質/音場感が変わらないのだ。僕の耳にはどう聴いても「モノラル盤」の音なのだ。
コルトレーンやホウキンスのテナーも生々しい。ウイルバー・ウエアのやけに重くて、バカでかいベース音。ブレイキーの少々やかましい(笑)しかしパワフルなハイハットもギシギシと鳴る。モンクのピアノも、強いタッチの力感が充分に感じられる。これらの楽器の音が、中央付近にギュッと詰まった
「大迫力のモノラル盤」の音と思う。特に<well,you needn’t>でのコルトレーンのもがくようなソロ、ウエアの超個性的なリズミックなソロ。もう最高!ジャズの醍醐味ここにあり!(*同一盤をお持ちの方、その音質など、ぜひコメント欄にて、お知らせください)

この「モンクス・ミュージック」は、すぐに僕の大愛聴盤になった。と言っても、まだジャズLPを5~6枚しか持ってない頃のことだけど(笑)
ネムジャズインの興奮の余韻の残る中、初めて寄った名古屋のレコード店で、こんなにもいい盤(僕にとって)を見つけてしまった! なんだろう、この引き合う力は?ひょっとしたら、僕がっともっとジャズの世界に踏み込んでしまうようにジャズの神様が、仕組んだ「罠」だったのかもしれない。うん、それも、素敵な tender trap だったのだ。

・・・あれから33年も経った。今でもジャズという音楽を好きでいられることに感謝したい。(誰にともなく・・・)

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