<思いレコ 第16回> レッド・ガーランドの唄心。
「ソニー・ボーイ」という曲のこと~
ジャズを好きになってしばらくの間、ピアノではモンクとエヴァンスばかり聴いていた。タイプは全く違うが、この2人は本当の意味での「スタイリスト」だったし、僕はある意味「判りやすい」この2人の個性をどうしようもなく好きだったのだ。その後、ランディ・ウエストンやダラー・ブランド、それからソニー・クラークを知り、今ではピーターソンやラムゼイ・ルイスまで楽しく聴いている(笑)
そこで・・・レッド・ガーランドである。こんな風にブログに取り上げる割りには、僕はガーランドのマニアというわけではない。ガーランドのピアノ自体は、マイルスの諸作でけっこう耳にはしていたはずだが、そのソロに特に惹かれるということもなく・・・だから、ガーランドのリーダーアルバムまではなかなか手が廻らなかった。
その頃、行きつけのジャズ喫茶「グロッタ」で、マスターがガーランドのレコードを何度か掛けてくれたことがある。 そしてその中の1曲が妙に印象に残ったのだ。
A Garland of Red(ビクター1978年)~A面2曲目がmy romanceだ。
その1曲とは・・・「マイ・ロマンス」だ。この名曲を、ガーランドは思いもかけないほど「ゆっくり」演奏した。
「マイ・ロマンス」は何と言っても、エヴァンスのレコードを聴き込んでいたので、僕のアタマの中には~エヴァンスの川の水が流れるようなピアノ・・・それからもちろんラファロの美しいベースソロ~そんなイメージがこびりついていた。「これしかない」と思えるくらいに、エヴァンスのあの曲に対しての解釈は素晴らしいものだったが、あれだけが「マイ・ロマンス」ではなかったのだ。
ガーランドの方が1956年と録音年がうんと古いわけで(エヴァンスが1961年)だからエヴァンス版とはだいぶん肌合いが違うのだが、この「ゆっくりマイ・ロマンス」にも、僕は徐々に惹かれていった。
実際、ガーランドは、本当にスローなテンポでこの曲を演奏している。もうちょっと何か仕掛ければいいのに・・・と思ってしまうほど、徹底して音数を少なくしたまま、最初から最後まで実に淡々と弾き進めるのだ。決して華麗な演奏ではない。しかしその・・・それが僕にはとても新鮮だった。こんな風に「淡々とした語り口」のガーランドのピアノの音が、じわ~っと体の中まで沁みてくるような感じなのだ。
演奏全体を通して「優しげな情感」みたいなものが漂ってくる「マイ・ロマンス」だと思う。
ジャズ本などをいろいろ読んでいると、ガーランドのリーダーアルバムでは、このGarland of Redとやはり At The Preludeが取り上げられることが多かった。そして・・・わりと見かけたのが、When There Are Grey Skies(prestige)というタイトルのレコードについての記事だった。やはり「ガーランド大好き」の方もかなりおられるようで、それらはみな例外なく、St.James Infirmary(セント・ジェームズ病院)を褒め上げていた。どれも「ガーランドの情念が溢れている」というような内容だったように思う。
僕は「どんな音だろう?」という興味は持ったが、どの記事も「セント・ジェームズ病院」への思い入れが、あまりに強かったためか・・・必要以上に「文学的」に聴かれてしまっているように見えないこともなく・・・僕など、逆にちょっと引いてしまう気持ちもあったかもしれない。
そんな訳で、長いこと、このレコード~When There Are Grey Skies(prestige)を耳にするチャンスがなかった。(というのは・・・全く僕の勘違いだったのだが、そのことは後述します)
4月の初め頃だったか、僕は地元の中古レコード屋でこのレコードを見つけた。「おっ」と思ったが、ラベルは「fantasy黄緑」でジャケットも盤もペラペラである(笑)だから、あまり積極的に欲しいとは思わなかった。だけど「セントジェームズ病院」というのが、どんな音なのか、一度は聴いてはみたい・・・それになぜかこのレコードはあまり見かけないし、OJCでも出ていなかったのかもしれない・・・という訳で、ようやく僕はこの When There Are Grey Skies(ステレオ盤)を入手したのだった。
さっそく聴いてみると・・・録音自体は擬似ステレオではなく、ベースやドラムスも案外いい音である。だけど・・・ピアノの音が「コ~ン・キーン」とかなりと強めに鳴る音で、時には「強すぎる」タッチのピアノの音色だ。かなりの「オン・マイク録音」かもしれない。いずれにしても独特のピアノの音である。ジャケ裏を見ると・・・やはり、ヴァン・ゲルダーの録音だった(1962年)
そんなピアノの音色ではあったが・・・これがそれほど不快には感じなかったのだ。いや・・・普通ならこんなに「硬めで強め」のピアノ音は好みじゃないはずなんだが、なぜだか、何度も聴いてしまう・・・聴きたくなってしまう音だったのだ。
何度も聴いたのには理由がある。それは、もちろんこのレコードでのガーランドの演奏を好きになったのだが、それはお目当ての「セント・ジェームズ病院」ではなかった。
A面1曲目の「Sonny Boy」に、やられたのである。
ガーランドは、この曲も、うんとスロウなテンポでじわりじわりと弾いている。「マイ・ロマンス」よりも遅いくらいだ。そしてパラパラとフレーズを弾くこともなく、うんと音数を減らして、その分、この曲に深い情感を込めようとしている・・・ように聴こえる。
ガーランドという人・・・改めて認識したのだが「タッチが強い」のである。手の全体で押し込むような強さではなくて、指先のばねを効かしたような強さ~のように感じる。
「マイ・ロマンス」と同じように・・・いや、あれ以上に淡々とした弾き方が続くのだが、ガーランドの「唄いあげ」として「ここぞ!」という場面に、そういう強いタッチが「ッカ~ン!」とくる。そのシングルトーンが、まさに「鐘」のように荘厳に響くのである。そして・・・これが効くのだ(笑)
この曲・・・Sonny Boyでガーランドが表現しようとした・・・なにか「祈り」のような「慈しみ」のような・・・そんな雰囲気と、このヴァン・ゲルダー録音のちょっと独特なピアノの音色とが、うまい具合にマッチしているように、僕には感じられるのだ。
「ソニー・ボーイ」・・・こんなに素晴らしいガーランドの演奏があったのか・・・僕はすっかり感動してしまった。そしてそのことを誰かに伝えたかった。
《When They Are Grey Skies(prestige:NJ黄色ラベル)~recooyajiさん提供》
《モノラル・オリジナル盤では、ガーランドのピアノの重心が下がり、ちょっと太めの音になった。ステレオ盤の「強いタッチのキンキン音」より、うんと聴きやすい。その分、ドラムやベースがちょっとおとなしくなっているかもしれない》
さて、ここからが実に情けない僕の笑い話しである。
つい先日、recooyajiさん宅で音聴き会をした折に、その「ソニー・ボーイ」のことを話したのだが、recooyajiさん「いやあ・・・いいでしょう、あれ!」と、すぐにそのガーランド盤を取り出してきた。 recooyajiさん、しっかりオリジナルのモノラル盤(NJ黄色ラベル)を持っている(笑) モノクロにピンクが効いたジャケットが素敵だ。そのジャケットのピンク色を見た瞬間、僕は「あれ、これは前に聴かせてもらったような・・・」という気持ちになり、そういえば・・・昨年末だったか、やはりこのrecooyajiさん宅で、ガーランドのこのレコードのことが話題になっていたことを、ハタと思い出したのだ(笑)
recooyajiさんもこの「ソニー・ボーイ」をとても気に入ってるとのことで、あの時もたしか・・・「bassclefさん、このガーランド盤~どうしてこんなタイトルになったのか・・・判りますか?」という話しになり、そして教えてくれたのが・・・ペテュラ・クラークなのである。
クラークの英国EP盤(4曲入り)に、このsonny boyが入っていた。《EP盤:You Are My Lucky Star~recooyajiさん提供》
recooyajiさん、意味ありげに、ニヤッと笑いながら、そのsonny boyの歌詞を見せてくれる。その歌詞・・・始まりの部分がこうなっていた。
when there are grey skies...
なるほどっ! この歌詞をそのままタイトルにもってきたのか! これは・・・ガーランドのWhen There Are Grey Skies という素晴らしいレコードについての、recooyajiさんならでは~ジャズだけでなく、ロックからガールポップまで幅広く音楽を楽しんでおられる~の素晴らしい発見だと思う。
そんなことを昨年12月に話したわけで・・・つまり、ガーランドの「ソニー・ボーイ」を、僕は昨年12月にすでに聴いていたのだ。そして、おそらくそれが無意識的にではあっても、音の記憶として僕の脳髄に残っており、そして4月にそのレコードを見つけ、そうして「感動」した。
ああ・・・なんてことだ・・・僕は「ソニー・ボーイ」を教えてくれた当のご本人に向かって「あれはいいよ」とのたまっていたのだ(笑)
だから「ソニー・ボーイ」の素晴らしさは、もちろん僕が「発見」したのではなく、すでにrecooyajiさんから僕に伝えられていたわけで、つまり・・・僕は「時限的催眠術」に掛けられていたのだ(笑)
《12インチ盤:You Are My Lucky Star~recooyajiさん提供》
そして、そのペテュラ・クラークのsonny boy・・・これまたしっとりしたいい味わいなのだ。
recooyajiさんはこのEP盤をとても気に入って、その後、オリジナルの12インチ盤(Nixa)も入手していた。EP盤のジャケットも素晴らしいと思うが、12インチの方もなかなか魅力的じゃないか。
《英Nixa盤~ディスコグラフィによると、1957年の発売らしい。下の写真はPYEの内袋。とても魅力的だ》
この「ソニー・ボーイ」という曲、どうやらうんと古い曲で、もともとはアル・ジョルソンという「スワニー」を唄った人のヒット曲のようだ。残念ながら僕はそのヴァージョンを聴いたことがないのだが、おそらくは、明るく軽快な感じで唄っている・・・と推測している。というのは・・・歌詞の内容が「どんなに落ち込んでいても、いつもみんなを明るくしてくれるソニー・ボーイ」みたいな内容なので、普通に解釈すれば「明るく元気に」唄う歌だと思うからだ。そしていくつか聴いたインストでのsonny boyが、どれも「速いテンポ」だったことからも、そんな推測ができる。
実際、ソニー・ロリンズのsonny boy(1956年:prestige)は、かなりの急速調で、全く明るい雰囲気なのである。あまりにあっけらかんとしているので、ちょっとがっかりしたくらいだ(笑) もっとも、ロリンズのこの1956年12月のセッション(sonny boy, Ee-Ah, B quick, B swift)では、マックス・ローチがドラムで、なぜか4曲とも、挑戦的にバカッ速いテンポの曲ばかり演っているので、一応はスタンダードソングのsonny boyであっても・・・その日のセッションの「ノリ」に飲み込まれてしまったとしても、仕方がないだろう(笑)
もうひとつ・・・sonny boyを見つけた。ギターのオスカー・ムーアだ。Swing Guitars(norgran:1955年)に入っていた。こちらもやはり軽快なテンポで、からっとした演奏だった。
そんな「ソニー・ボーイ」ではあるが・・・ペテュラ・クラークは「しっとりしたソニー・ボーイ」を選んだ。ストリングスを控えめに絡ませるアレンジも趣味がいいし、間奏のトロンボーンも効いている。クラークはもともと声質が低めで落ち着いた唄い方の歌手で、初期の盤は、ジャズっぽい感じでどれも悪くない。もともと急速調であろうこの曲を、クラークはスロウーなバラード仕立てで唄うことで、明るいだけだったはずの曲の中に、なんとも言えない哀愁感を漂わせている。とてもいい味わいだ。
そしてこれは僕の勝手な思い込みかもしれないが・・・ガーランドはおそらくこのペテュラ・クラークの「ソニー・ボーイ」を愛聴していたに違いない。この「しっとり感」が、ガーランドの趣味にピタリときたはずなのだ(笑)
そうしてガーランドは1962年に、もっとゆっくりなテンポで「ソニー・ボーイ」を演奏した。その演奏があまりに見事だったので・・・監修したオジー・カデナは、タイトルを when there are grey skies とした。というのが・・・僕の夢想したストーリーである(笑)
最近のコメント