<思いレコ 第17回>ミルト・ジャクソンのあの音色
ヴィブラフォンという楽器のこと。
僕がミルト・ジャクソンの魅力に目覚めたのは・・・「Milt Jackson」(prestige)というレコードからである。それまでにモンク絡みでも聴いてはいたが、ミルト・ジャクソンという人を決定的に好きになったのはこのOJC盤を聴いてからだ。
もともと、ヴィブラフォンの音~それ自体には、惹かれるものがあった。ジャズを聴き始めてすぐの高1の頃だったか、当時買ったばかりのFMラジオ(1972年頃~なぜか簡易トランシーバ付き。同じラジオが2台あれば離れていても会話ができる、というやつ:笑)から流れてきたヴィブラフォンの音に僕は反応した(笑)あれはたぶんMJQだったと思うが、その時、兄貴に『この「ヴィブラフォンの音」っていうのは・・・いいね』と言うと、フォーク好きの兄貴は「ふう~ん」とまったく興味なさそうだった(笑)そんな記憶がある。
ヴィブラフォン(vibraphone)というのは、実に独特な楽器である。おそらく誰もが小学校の頃に触れた「木琴」~あの鍵盤部分が金属製なので「鉄琴」と呼ばれるのだろう。そのヴィブラフォン・・・ピアノと同じ音列の鍵盤楽器であることは間違いないのだが、ピアノと違って、ヴィブラートを掛けられるのである。ヴィブラートというのは、簡単に言えば「音が揺れる」という意味合いだと思うが、ピアノ(もちろんアコースティックの)だと、どの鍵盤をどう押えても・・・もちろん音は揺れない。ヴァイオリンやチェロなどの弦楽器なら、左手である音程を押えたままその左手を揺らすことで・・・唄の場合ならノドの独特な使い方により、どの音程でも任意に「ヴィブラート」を掛けられる。
ヴィブラフォンというのは、そのヴィブラートを掛けられるように「細工」した楽器なのである。まあ、だからこそ・・・ヴィブラフォンという名前なんだろうけど(笑)
*注~vibraphone《ビブラートをかける装置つきの鉄琴。(略式)vibes》とある(ジーニアス英和辞典より)
ヴィブラフォン奏者で、僕がわりとよく聴く(聴いた)のは、ジョージ・シアリング、(シアリングはピアニストです。このとんでもない勘違いを、上不さんがコメントにて指摘してくれました) テリー・ギブス、ライオネル・ハンプトン、それからたまに聴くのがゲイリー・バートンくらいなのだが、ミルト・ジャクソンのヴィブラフォンは他のヴィブラフォン奏者とだいぶ違うようなのだ。もちろんどの楽器でも奏者によって音色は違う。特に管楽器ではその違いは判りやすいかと思う。鍵盤楽器の場合、音を直接に鳴らす部分がハンマーなので、音色自体の違いというのは他の楽器よりは出にくいかとも思う。もちろん、鍵盤を押す時のタッチの強弱やフレーズのくせ(アドリブのメロディやアクセントの位置の違い)で、演奏全体には大きな違いが出てくるわけだが。
そんなわけで、ある程度、ジャズを聴き込んだジャズ好きが、パッと流れたヴィブラフォンの音を聴いて、その演奏がすぐに「ミルト・ジャクソン」と判る・・・ということもそれほど珍しいことではないと思う。それはもちろん、ジャケット裏のクレジットを「見ると」判る・・・ということではなく(笑)その演奏のテーマの唄い口、アドリブのフレーズがどうにも独特なので「ミルト・ジャクソン」だと判るはずなのだ。そしてさらに言えば・・・そういう演奏上のクセだけでなく、ミルトの「音色そのもの」が、これまた実に独特だから「判る」こともあるように思う。
あれ・・・たった今、僕は『鍵盤楽器では音色自体の違いは出にくい』と言ったばかりなのに(笑)
それでは・・・その「独特な音色」は、どうやってできあがったのだろうか?
ミルト・ジャクソンを好きになって、彼のレコードやCDを集めていた頃、あるジャズ記事を読んだ。(スイング・ジャーナルか何かの雑誌だったような記憶があるのだがはっきりしない)それは、ヴィブラフォンという楽器の「モーター」について触れた記事だった。
「モーター?」 当時は、ヴィブラフォンをなんとなく「生楽器」のように認識していたのだが、よく考えたら、エレキ・ギターと同じく「電気楽器」だったわけだ。
鍵盤楽器の運命として、ひと度(たび)、鍵盤を叩いて発生させてしまった「音」は、もう変えることはできないわけで・・・つまり、その音が発せられた後には、左手もノドもその音の発生源に触れてない状態なのだから、どうやったって、ヴィブラートを掛けられる道理はない。当たり前である(笑)
そこで「モーター」なのである。ヴィブラフォンの鍵盤の下には小さい扇風機が付いていて、「モーター」はその小さな扇風機を回して「風」を起こすために付けられている。マレットで鍵盤を叩いた後に鳴っている音に、その「風」を当てると・・・「音が揺れる」仕組みなのだ。つまり・・・ヴィブラフォンのヴィブラートとは、マレットで鍵盤を叩いた後の「人工的効果」だったのだ!
《*注~すみません。この楽器のメカニズムのこと、よく知らないまま書いてしまいました(笑)今、ちょっと気になって、ウィキペディアで調べたら・・・「ヴィブラートが人工的」に間違いはなかったのですが、モーターが回すのは、扇風機というより「小さな羽根」で、それは「音に風を当てる」ためではなく、その羽根を回転させることで鍵盤下の共鳴筒を開けたり閉めたりする~その動きによって、「音が揺れる」ようです》
しかし、好きになって聴いてきたミルト・ジャクソンの「音」(音色自体+演奏技法も含めたサウンド全体)に充分に馴染んでいたはずの僕は・・・一瞬、その「人工的」が信じられなかったのだ(笑)
つまり、それくらい・・・ミルトのプレイは、自然な唄い口だったのだ。歌い手さんがすう~っと軽くヴィブラートを掛けるように、チェロ奏者が思い入れたっぷりに左手を震わすように・・・ミルトの演奏には、充分すぎるほどの「自然なヴィブラート感」があったのだ。
これは実は凄いことで、つまり・・・ミルト・ジャクソンという人は「自分の唄い」を充分に表現するために・・・おそらくそれまでにその楽器にはなかった「音色」を創り上げてしまったのだ!
その「ヴィブラフォンのモーター」記事の詳細までは記憶にないのだが、ポイントは・・・ミルト・ジャクソンの場合、そのモーターの回転数が他の奏者とは違う~というようなことだったと思う。
「回転数」という言葉にちょっと説明が要るかと思うが、つまり・・・弦楽器でいうところの「左手の揺らし方の速さ・遅さ」に当たる。「揺らし」の波形の上下(山と谷)の間隔を短め(速め)にするか長め(遅め)にするか~という意味合いになるかと思う。
ミルトよりちょっと古い世代のヴィブラフォン奏者~例えばライオネル・ハンプトンの音は、もう少し細かく速く揺れてるように聞こえるので、比べた場合、ミルトのヴィブラートは、だいぶ「遅め」に聞こえる。
音を言葉に置き換えることなどできないが、その感じを強いて表わそうとすれば・・・速い揺らしを《ゥワン・ゥワン・ゥワン・ゥワン」とすれば、遅い揺らしだと「ゥワァァワァ~ン・ゥワァァワ~ン」という風に聞こえる。
そうして、ミルトという人は、その「揺れ方」まで自在にコントロールしているようなのだ。彼のスローバラード(例えばthe nearness of you)を聴くと・・・テーマのメロディの語尾の所を「ゥワァァワァ~ン・ゥワァァワ~ン」と遅くたっぷりと揺らす場合と、あまり揺らさない(ヴィブラートが速め・軽め)場合もあるのだ。たぶん、モーターのスピードを小まめに調整しているのだろう。
人工的な機能を人間的な表現力にまで高めてしまう・・・これこそ、僕がミルトに感じた「自然な唄い口」「自然なヴィブラート感」の秘密なのかもしれない。
そして、ミルト・ジャクソンの秘密は・・・たぶん「モーター」だけではない。
ミルトのあの独特の深い音色・・・僕は、鉄琴を叩く、あの2本の鉢(ばち)~マレットにも秘密がある・・・と推測している。
ハンプトンやテリー・ギブスの音は、もう少し堅くて打鍵がキツイいと言うか、ちょっと「キンキン」した音に聞こえる。ミルトの打鍵ももちろん強いのだけど・・・(私見では)たぶんマレットの布が分厚いので、だから強く叩いたそのタッチに若干のクッションが入って、ソフトに聞こえるのではないだろうか。ソフトと言っても打ち付けられた瞬間の音の感触として、ヒステリックな感じがしない・・・ということで、もちろん「やわ」という意味ではない。ミルトの打鍵にはしっかり「芯」があり、あの粘りながら脈々と続く長いフレーズの打鍵音ひとつひとつに充分な音圧感もある。しっかりとテヌートが掛かっているというか・・・前に叩いた音が残っている内に次の音が被(かぶ)さってくる・・・というか。ずっしりとした音圧感が、どうにも凄いのである。
つまり・・・ミルトは、重いマレット(布が分厚いので)でもって、適度に強く、適度に弱く、叩きつける時の「返し」を微妙に調整しながら、しかしもちろんマレットから鍵盤に充分な打鍵力を与えている・・・という感じかな。その絶妙な「タッチ感」に、さきほどの「遅めのモーター回転」を、巧いこと組み合わせて、そうして出来上がったのが、あの「ミルト・ジャクソンの音色」ということかもしれない。
《4~5年前に入手したprestige のN.Y.C.ラベル~僕の数少ないNYCの一枚だ(笑)》
そんな「ミルト・ジャクソンの音」を、分厚く・太く・温かみのあるサウンドで録ったのが・・・ヴァン・ゲルダーなのだ。このレコードを聴いていると・・・ミルト・ジャクソンが自分の楽器から出したであろうその音・その鳴り・その音圧感を、ヴァン・ゲルダーがそのままレコード盤に閉じ込めたな・・・という気がしてくる。
《裏ジャケ写真~OJC盤では黒色が潰れていたが、オリジナル盤ではさすがに鮮明である。当たり前か(笑)》
さて、Milt Jackson(prestige)である。
ある時、僕はこの「Milt Jackson」・・・うんと安いOJC盤で買って、それほど期待せずに聴いてみた。当時、ミルト・ジャクソンといえばMJQのことばかりで、この地味な盤が紹介されることはあまり多くはなかったように思う。だからこの作品が「バラード集」なんてことは全く知らなかったのだが、スローバラードでのじっくりとじわじわと唄い込むミルト・ジャクソンのヴィブラフォンは、本当に素晴らしいものだったのだ。
収録曲も、the nearness of you, I should care,my funny valentine など、いい曲ばかり。片面が10分ほどと短くてすぐ終ってしまうので、僕はその度にレコードをひっくり返し・・・だから、どちらの面も本当によく聴いた。そうして、このレコードを心底、好きになってしまったのだ。
《このOJC盤を買ったのはいつ頃だったのか・・・今、僕のレコードリストで調べてみたら・・・1991年8月だった。それより以前に meets Wes や前回記事のOpus De Jazzなども入手していたから、この真の名盤に出会うのは、けっこう遅かったようだ》
たまたま買った「安いOJC盤」~僕には大当たりだった(笑)
余談だが、このMilt JacksonのOJC盤・・・ナンバーが001番で、どうやらあの膨大なOJCシリーズの第1号だったようだ。やっぱりオリン・キープニューズ氏にも「内容が良い」という自信があったのだろう。
バラード集だけど、ほんのりとブルースもあり、全6曲・・・まったく厭きない。どの曲でも脈々と湧き出るミルトのフレーズに、それはもう、deepなソウル感が全編に溢れ出ており(ソウルと言ってもR&Bのソウルではなく、深い情感・・・というような意味合い)本当に素晴らしい。特に the nearness of you は絶品!
これこそが、バラード好きでもあるミルト・ジャクソンの本領発揮・・・そして本音でやりたいジャズだったと思えてならない。
主役がミルトなので、おそらくいつもよりうんと抑えた感じのホレス・シルヴァーのピアノにも適度にブルースぽい感じがあって、ミルトの叙情といいブレンドを醸(かも)し出しているように思う。この作品・・・ピアノがホレス・シルヴァーで本当によかった・・・(笑)
そして、この「Milt Jackson」には、もうひとつ・・・素敵な偶然があった!
1980年頃だったか・・・ワイダやポランスキー、ベルイマンの映画を見るために、毎週、名古屋まで通ったことがある。「灰とダイヤモンド」「地下水道」や「水の中のナイフ」それから「ペルソナ:仮面」などを、実に面白く・・・というより、映画マニアを気取って、しかめっ面をしながら観ていたわけである(笑)そして、内容とは別のところで妙に印象に残った映画がひとつあった。
「夜行列車」である。この映画・・・列車の同部屋に乗り合わせた人々の物語で、「灰とダイヤモンド」や「地下水道」に比べれば、僕にはたいして面白くなかった。しかし印象に残っている・・・そのテーマ音楽がとてもいい曲だったのだ。
寂しい映画にピタリと合う、寂しいメロディ・・・独特に上下するような独特なメロディが、映画の間、何遍も流れてくる。映画が終わり・・・僕はその独特なメロディを忘れたくないがために、地下鉄までの帰り道でもハミングしたり口笛を吹いたりしていた(笑) その効果もあってか・・・何年か経っても、時にそのメロディが、アタマにちらついたりするのだった。
ただ、僕はその曲は映画のオリジナルだろうと思ったので、その曲の正体など知るべくもなく、そのメロディの記憶も徐々に薄れていった。
そうして・・・前述の「ミルト・ジャクソン」なのである。このレコード・・・A面最後の曲が流れてきた時、僕は思わず「おおっ!」と声を出した(笑)
これは・・・あの曲だ!あのメロディじゃないか!
クレジットを見ると・・・《moonray》とある。11年ぶりの再会である。こういう時・・・音(音楽)の持つ力ってなかなか凄いものがあって、いろんな感情・感覚がぐわ~っと甦ったりする。ジャケット裏の解説には~MOONRAY:an old Artie Shaw opus(アーティーショウの古い作品)との記述があった。ようやく僕は、あの「夜行列車」のテーマ曲が、moonrayという古いスタンダード曲であることを知ったのである。
その後、もう一枚、ジャズのレコードに入っている moonray を知った。それは、ローランド・カークの、いや、ロイ・へインズの「Out Of The Afternoon」(impulse)である。
お持ちの方、ぜひ聴いてみてください。うねるようなメロディが不思議な寂しさを湧き起こすような(僕には:笑)名曲だと思う。
このmoonray事件には後日談があって~2年ほど前だったか・・・ニーノニーノさんBBSのお仲間:M54さんが、やはり映画「夜行列車」を見て、何やら印象に残った曲がある。気になって仕方ない・・・というような書き込みをされたことがあるのだ。その書き込みを見た僕は、その気分が全く100%まで実感できたので・・・もったいぶりながら(笑)そのテーマ曲の正体をお教えしたわけである。
当時のヨーロッパ映画では、盛んにジャズの曲(演奏)を映画に使ったそうで、ということは・・・1960年頃のヨーロッパの映画人もジャズに何かを感じとって映画にジャズ音楽を使い、何十年も後にその映画を観た人間もその音楽から何かを感じ取って、ある感興(かんきょう)を抱く・・・まったくジャズというのは素晴らしい何かですね(笑)
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