<やったあレコ 第7回>アート・ファーマー/The Last Night When We Were Young
<ABC paramountのプロデューサーは、クリード・テイラーだったのだ>
少し前にABC paramountというレーベルのことを書いた。
トロンボーンの「アービー・グリーンの緑色の盤」を<やったあレコ>として取り上げたのだが、その折、ABCレーベルに特有の「ギザエッジ」や「テストトーン」のことも書いたので、そちらが強調されてしまったようで、なんだかABCレーベルというのはゲテモノじゃあないか・・・と思われてしまったかもしれない(笑)
でも、それは違う。
ABC paramountは、趣味のいいレーベルなのである。そしてそのプロデュースは、ほとんどCreed Taylorである。
この名前は・・・CTIレーベル絡みで、いやというほど聞いたことがある。
今でこそ、ウエスのものやらポール・デスモンドなどCTIものも、それなりに楽しんで聴けるのだが、当時はどちらかというと「よくない方の代表」くらいに思っていた人物である(笑)
しかしながら、このクリード・テイラー氏。
ABC時代(1956年~1960年くらいか)には、実になかなか渋くていいレコードをあまた残しているようなのである。
僕はビリー・テイラーの諸作、アル・コーンの入ったキャンディド諸作以外には、それほどABCを持っていないのだが、いろいろ思い浮かべてみると・・・
前回のアービー・グリーンやトニー・スコットにしても・・・
そう、ABC paramountは、趣味がいいのだ。
その証拠に・・・こんなレコードもある。
<Art Farmer/Last Night When We Were Young>(ABC-200)
まずジャケットが実にいい。唐突なシーンではあるが・・・レンガが敷き詰められた庭園で正装したカップルが踊っているのである。写真はRoy De Caravaという人だが、cover design by Fran Scott とも記されている。ちなみにこのFran Scottという人は、トニー・スコットの奥さんだそうである~前回「テスト・トーン話題」のサンプルとして挙げたスコットの「South Pacific」という盤の裏解説にそんなことが書いてあった。
くすんだような色調なので、薄暮のようでもあり、あるいは夜が明けようとしている頃のようにも見える。
周りには人気がない。おそらく・・・長いパーティーがようやく終わって、それでもまだ帰りたくない2人が、誰もいなくなったその邸宅の庭で、思わず踊りだしてしまった・・・楽団もいないのに。そんな情景のように見えるのだ。
そして、そんな場面に聞こえてきてほしい音楽~ジャズが、正にこのアート・ファーマーのトランペットなのだ。乾いたような、いや、聴きようによっては濡れたようにも聞こえる・・・いずれにしても、実にしっとりとした、なんとも魅力的なトランペットの音色である。
ファーマーという人は、もうこの「音色」だけでいい(笑)そんな感じだ。そんな「音色」が、つつましやかなバックの弦付きオーケストラの手前に、ぽっかりと浮かび上がってくる。
テーマを吹くのは、ファーマーただ独り。どの曲でもファーマーがテーマをじっくりと吹き、短いソロ~といってもちょっと崩すくらいだ~を終えると、再びテーマを吹いて終わる。曲によってはハンク・ジョーンズのピアノが少しだけ出てくるが、どの曲もそんな判で押したような展開である。しかしながら・・・これが不思議に厭きない。なぜなのか?
たぶん・・・このレコードが、アドリブの巧さやアレンジの妙を聴く音楽ではなく、「ファーマーの音色」を聴く音楽だからである。
ファーマーがあの金管から生み出した、柔らかくてしっとりした「音」。そしてそれが、ABCのどちらかというと乾いた感じの録音と入り混じって、なかなか微妙な味わいのあるトランペットの音になっている。
僕などは、その音を浴びるだけで「ああ・・・生きててよかった」と思ってしまうくらいに気持ちのよくなってしまう音色なのだ。
そうしてその「音」は決してスラスラとではなく・・・考えあぐんだ後に、ためらいがちにポツリポツリと発せられる。
大げさな感じが全くないクインシー・ジョーンズのアレンジが効いているようだ。おそらく・・・クインシーは、ファーマーの「しっとりとした音色」~それだけでどうにも魅力的な~この「音色」をどうやってうまく生かそうか? そのことだけに焦点を絞って、アレンジを施したように推測する。
いずれにしても、簡潔でそして実に品のいい音楽である。
特にいいのが、やはりタイトルにもなっている B面1曲目~last night when we were young だ。この曲、シナトラは2回吹き込んでいる。1954年の capitol(Wee Small Hours)と1965年のreprise(September Of My Years)だ。僕はcapitolのシナトラが好きなのだが、こと、この曲の味わい深さにおいては~「唄」自体の巧さやら声の強さは54年(38才)の方なのだが~
65年の49才のシナトラも悪くない。ちょっとだけ声がよれそうになったりするところに、逆に哀しい味わいを感じたりするのだ。これは・・・自分も年をとっているということなんだろうな。そういえば僕も今、49才だった(笑)
もう1枚、ちょっといい盤がある。
Tom Stewart/~Sextette,Quintette(ABC-117:1956年)というレコードである。
ジャケットを見ると・・・何やら見かけない楽器を抱えるようにして座っている男がトム・スチュアートなる人物なのだろう。オールバックのやや頑固そうな風情である(笑) そして、クレジットにはTENOR HORNと書かれている。
テナー・ホーンて何だい?
一聴すると・・・トロンボーンである。この楽器・・・僕は、このレコードを聴くまでは、ほとんどその名前さえ知らなかった。そんなこちらの疑問に応えるかのように、裏ジャケにはちゃんと "THE TENOR HORN" というタイトルもあり、トム・スチュアート自身の言葉による説明がしてあった(笑)
ちょっと抜粋すると~(以下《 》の箇所)
《テナー・ホーンについてちょっとだけ。これはバリトンやユーフォニウムの小型版だよ。キーはBbで大型のホーン楽器と同じ音域があるし、それに音色が柔らかくてキツクないんだ。僕はヴァルブ・トロンボーンより好きだね。だって「サウンドとイントネイション」のことでヴァルブ・トロンボーンでは発生するいろんな問題(僕にはだよ)が、このテナー・ホーンでは起きないからだよ。ジャズを演奏する時にも、こっちの方がバリトンサックスより小さくていいな。まあでもテナーホーンというのは、時代遅れの楽器だし、学校や軍楽隊にあるかどうかだろうね》
~そんな楽器だそうである。だけど・・・聴いていて特に独自な音色に感銘を受けるということはない(笑) ほんのたまに聴く、ジュリアス・ワトキンスやジョン・グラース(ペッパー絡み)のホルンのような感じに近いかもしれない。
そんなことより(笑)このレコードの聴きどころは・・・スティーブ・レイシーなのである!
ちょっと前に、ブログのお仲間:notさんのブログにレイシー話題が出た。その折にこのABC盤に「レイシー参加」という情報をnotさんから得ていた。その後、入手したものなのだが、これが実によかった!(special thanks to Mr.notさん!)
僕はいわゆるフリージャズは聴かないが、レイシーのあのソプラノのサウンド~これもサウンド自体に惹かれるのだが~が好きで、特に初期のギル・エヴァンス(ビッグスタッフ、あるいはギルエヴァンス&10)の中にちらちらと聞かれるレイシーのソプラノには、いつもぞくっとしたものだ。Columbiaのモンクの未発表音源を集めたWho Knows(2LP)でも、ソロはないがバックにちらと聞こえるレイシーらしきソプラノが聞かれる。
そんなスティーブ・レイシーのうんと初期の頃のソプラノが、このレコードでは、もうたっぷりと聴けるのである。やってる曲がスタンダードばかりなのもうれしい。
A面~5曲
Tom Stewart(tenor horn)
Steve Lacy(soprano sax)
Dave McKenna(piano)
Whitey Mitchell(bass)
Al Levitt(drums)
B面~5曲
Tom Stewart(tenor horn)
Steve Lacy(soprano sax)
Herbie Mann(alto flute,tenor sax)
Joe Puma(guitar)
Whitey Mitchell(bass)
Bill Bradley(drums)
レイシーのソプラノのあの「不思議な音色」が、スタンダードなメロディ・コード進行の下で鳴ると・・・より一層、その独自さが浮き彫りにされるようで、瞬時にレイシー独自の世界が現れてくる・・・そんな感じだ。特に好きなのが、A面2曲目の Gee,Baby,Aint't I Good To You だ。
このちょっと気だるいような雰囲気のメロディをレイシーが吹き始める。レイシーの音は、吹奏的に決して弱いわけではないが、伸ばしたソプラノの音が、なぜだかゆらゆらと揺らぐような不思議な感覚がある。そんなレイシーの持ち味に、このGee Babyは、もうぴったりの曲だと思う。
蛇足だがこの曲、最初に「いいなあ」と思ったのは、ソニー・クラークのトリオもの(bluenote)からである。あのヴァージョンも、やはりスロウなテンポで、もの哀しいような雰囲気のソニークラークであった。
それから・・・たしかズート・シムズが唄っているヴァージョンがあったはずだぞ・・・あれは何のレコードだったかなあ?
それにしても、このレコードの持つ「浮遊感」みたいな新しい感覚は、1956年という時代を考えると、なんとも不思議なレコードではある。
先ほどのトムの裏ジャケの述懐によれば、レイシーとは1955年頃からちょくちょくセッションしていたのだが、半年ほど前にABCのプロデューサーのCreed Taylorが、テナーホーンとソプラノを入れたサウンドなら《「とても独自なスタイル」のグループができるよ》みたいなアドヴァイスがあって、このレコードを吹き込むことになったらしい。数週間のリハーサルの後、このレコードを吹き込んだとのことだが、こうしてできあがったものを聴くと、バンドの個性というよりも・・・「スティーブ・レイシーという人の独自な個性」を、見事につかみ取ることができるレコードになっているように思う。
たぶん・・・クリード・テイラーとしては、とにもかくにも「スティーブ・レイシーを世に出したかった」というのが、本音のところだったのではないだろうか。
ABC paramountには、まだまだ「ううむ・・・」と唸るような渋いレコードがまだまだありそうだ。
また次の機会にでも(笑)
| 固定リンク | 0 | コメント (44) | トラックバック (1)
最近のコメント