<ジャズ雑感 第40回> マイルスのスケッチオブスペインのことを少し。
だいぶ前にマイルスの傑作~「マイルス・アヘッド」について書いたことがある。僕にはふとした時に想い出すメロディー(とそのサウンド)というものががいくつもあって、するとそれは・・・いつもマイルスのMiles Aheadに入っているメロディじゃないか・・・あのレコード全体の雰囲気みたいなものがどうにも体に染み着いてしまっているようだ~そんな内容だったはずだ。
どうしてそんな風になるのか、というと・・・マイルスという人はその音色・表現に圧倒的な存在感があって、その音色~言ってみればその人そのもの~を一度(ひとたび)好きになれば・・・ちょっと溜めたようなタイミングのフレーズも含めて、もうマイルスという人を大好きになってしまうのだ・・・そんなことも書いたかもしれない。そうして、そういう気分は今でも変ってないようで、あのレコード「マイルス・アヘッド」を掛けると、ほとんどの場合、両面を聴いてしまうくらいに・・・好きなのである(笑)
ギル・エヴァンスがどうも苦手で・・・という方も多いかと思われますが、そういう場合は、ぜひ「マイルスの音色」だけに集中して聴いてみてください。その内にマイルスの音色と「合うように」鳴らされているはずのギル・エヴァンスのサウンドにも自然と馴染んでくる・・・ように思います。そんなわけで「マイルス・アヘッド」については、自分の想いみたいなものを整理できているのだが・・・実は、もうひとつのギル・エヴァンスとの大作『Sketches of Spain』については、夢レコでもほとんど触れたことがなかった。この作品・・・僕は1980年頃だったかに国内盤、その後、6つ目ラベルのステレオ盤とモノラル盤を入手して何度も聴いてきた。
もちろん気にいらなかったわけじゃない。だけど「マイルス・アヘッド」と比べると、何かがちょっと違うような感じもあって・・・それはごく簡単に言えば、ちょっと堅苦しい感じで・・・素直に「大好きだ」とは言えないような感覚もあって・・・特にこの「スケッチ・オブ・スペイン~A面の「アランフェス協奏曲)」については、何をどう書いたらいいのか判らない・・・という気分だったのだ。
1ヶ月ほど前に、マイルスの『モア・ミュージック・フロム・カーネギーホール』というレコードを入手した。このLP・・・当時のマイルスの未発表音源(1961年:カーネギーホール)をCBSソニーが1987年に発売したものである。自分の好きなマイルスの未聴レコードを今頃になって購入するというのも、実に暢気(のんき)な話しである(笑)
このレコード・・・目玉はもちろん<アランフェス協奏曲のライブヴァージョン>だったはずだが、当時、僕はそのことを知ってはいても・・・この未発表音源LPを買わなかったのである。
2800円という若干高めの価格に(当時はCDは3200円、LPだと2800円というパターンだった)抵抗感もあったかと思うが、買わなかった理由はそれだけじゃない。正直に言おう・・・やっぱり「アランフェス協奏曲」そのものにそれほど興味を持てなかったのだ(笑) だからそのライブヴァージョン発掘!と言われても価値を感じなかったのだろう。
「アランフェス協奏曲」はクラシック原典の曲で、哀愁感たっぷりのメロディーが素晴らしいものだが・・・全編、ゆっくりなテンポのルバート風なので、ビート感がないというか、いわゆるノリノリの4ビート場面はちっとも出てこないわけで・・・4ビートジャズを好きな方が普通のジャズを期待して聴けば・・・やはり退屈なものになるかもしれない。マイルスを好きだと自覚していた僕も、退屈とまでは言わないが、変化に乏しくてベタ~ッとした感じ・・・そんな印象を「アランフェス」に抱いていたのかもしれない。
ところがこの7~8年のことだろうか・・・僕も少しづつクラシックを聴くようになってきて・・・とは言っても、ラベルやドビュッシーのピアノもの、チェロ、クラリネット、それから弦楽など、ジャンルを限定した一部のクラシックに馴れてきたという程度だが、いずれにしても、クラシックのサウンドそのものや、1曲が長尺であることに対しても、以前ほど違和感を覚えなくなってきたのだ。
1/9追記~コメントやりとりにおいて面白い話題が浮かび上がった。マイルスとギル・エヴァンスがこの『アランフェス協奏曲』を採り上げることになったきっかけについて、この「スケッチ・オブ・スペイン」の裏ジャケット解説に載っている。
それは≪1959年の初頭、マイルスが西海岸に居た時、彼の友達が「アランフェス協奏曲」を掛けて聴かせた。マイルスが後日、こう語った『2週間ほど聴き続けたその後になっても、その曲のことがどうにもアタマの中から離れないんだ~~~で、そのレコードをギルにも聴かせてやったら・・・彼もそれを気に入ってくれたんだ≫
こんな感じなのだが、曲名の後そのレコード番号≪CL-5345≫まで書いてある。うん、何?・・・という感じなんだけど、これ、さすがColumbiaレーベルさん、そのレコードが自社発売のものだったので、宣伝も兼ねて、CL-5345と載せたのだ!(笑)
グーグルで「CL-5345」と入れると・・・すぐ出てきました。これです。
レナータ・タラーゴという女性ギタリストのレコードだったんですね。CLはColumbiaのモノラルを表しますから、写真のように「灰色ラベル」でいいわけです。1959年初頭に、このレコードをマイルスとギルは聴きまくった・・・ということが判りました。
この辺りのことについて、yositakaさんがさっそくご自身のブログ<児童文学と音楽の散歩道>で詳しくレポートしてくれました。こちらでどうぞ。http://blogs.yahoo.co.jp/izumibun/39808256.html
そんな中、僕はこの『アランフェス協奏曲~未発表音源』を発売から28年後に、初めて聴いてみたわけである。そうして・・・ある意味、クラシックに馴れた耳で聴いた、このライブ版~マイルス/ギル・エヴァンスの『アランフェス協奏曲~未発表音源』・・・これがなかなか良かったのだ(笑) ≪Sketches of Spainは1960年5月録音、このライブは1961年5月。1960年録音の「アランフェス」は約16分、この「ライブ版・アランフェス」も約16分・・・ということは、やはり同じ譜面を同じような編成で演奏したのだろう≫
聴きなれたはずのギルエヴァンスのアレンジ・・・同じアレンジのはずだが、カーネギーホールでのライブということもあってか、なにやらバックの伴奏陣が、みんな張り切って、1年ぶりに見る譜面を前にして皆が懸命に吹いているような気配がある。
レコードで聴きなれたアレンジと同じ構成・進行で、しかし前述のように、ライブで演奏されているのだが・・・とにかくその響きが妙に新鮮に感じられるのだ。そしてここに・・・マイルスが登場するのである。マイルスは出だしからどっしりとゆったりしたノリで、フリューゲルを鳴らす。そんな音色で、あの哀愁のメロディを奏でるわけで・・・これは効く(笑)
う~ん・・・これは凄く生々しいぞ! ホールでのライブだから・・・生々しいのは当たり前かもしれないが、録音の感じも臨場感たっぷりで、マイルスが、伴奏陣が・・・カーネギーのステージのそこら辺りで演奏している・・・そんなリアリティを感じられるのだ。
このアランフェスが(同じ譜面だったとしても)スタジオで粛々(しゅくしゅく)と録音されていったであろう、そういうスタジオでの緊張感とは別の、このカーネギーホールという大舞台ならではの、ミュージシャンたちの気概みたいなものに溢れた、いい演奏じゃないか・・・と僕は感じ取ったのだ。
そして、録音もそれほど悪くない。マイルスのフリューゲルはやや左側から聴こえる。ベースも左だ。全体のバランスとして・・・マイルスのフリューゲルの音量に対して伴奏陣全体の音量(レコードでの聞こえかたとして)が大きすぎるようにも感じる場面もあるけれど・・・ギルエヴァンスのアレンジした玄妙なるサウンドがしっかりと聞き取れるので、僕にはそれほど嫌ではない。
全編に聴かれる「今、ステージで演奏している」ような生々しさが、とても魅力的な「アランフェス」になっていると思う。
ラストは、マイルスが2つの音のトリルを何度も繰り返しながら・・・案外にあっさり終わる。
実はこの、ライブ版「アランフェス」を知ってから、スケッチオブスペイン版「アランフェス」を改めて聴いてみると・・・これがまたいいのである(笑) 印象としてはちょっと大人しい感じだけど、そこには端正な味わいもあって、やっぱりとても良いのである。これは・・・これからまた、モノラル盤、ステレオ盤といろいろ聴き比べる楽しみができたというものだ(笑)
そして、「アランフェス」の終わった後に、Will O the Wisp という曲が続くのも悪くない。このWill O the Wisp なる曲・・・原典は、スペインの作曲家;ファリャのバレエ曲~El Amor Brujo から、ギルとマイルスが選んだ1曲とのこと。ジャケット裏の解説にそう書いてある。
その原盤裏解説がナット・ヘントフによるもので、これが素晴らしい内容なんだが、ものすごく小さな活字で縦4列にびっしりと埋まっており・・・読むのに実に難儀なんです(笑) まだちゃんと読んでないのですが、スタジオでのマイルスやギルの様子や、テオ・マセロも交えて3人の会話の様子なども描かれており、とても興味深い裏解説です。
この「アランフェス協奏曲」について、マイルス自身の言葉として載っている部分を見つけたので、ここで紹介しておきたい。
*裏ジャケット写真~縦4列の右から2列目の真ん中辺り~
you know・・・the melody is so strong・・・の箇所。
≪いいか・・・このメロディはとっても強力なんだ。どうこうしようとする余地なんてないんだよ。このメロディでビバップなんてやろうとしたら・・・それこそ愚の骨頂だぜ。今、オレがやらなきゃならないのは、ものごとを結びつけることなんだよ。オレが吹くことで何らかの意味を持たせることなんだよ≫
う~ん・・・やっぱり、マイルスって人は、どこまでも自覚的・・・全部、判ってやっている人なんだなあ・・・実にかっこいいじゃないか!
この『ライブ版・アランフェス』を聴いた後に、スタジオ版「アランフェス」を聴くと、ちょっと大人しい感じを受けるけど、しっかりした端正さもあり、それがまた悪くないのである(笑) 改めて感じたのは・・・どちらのヴァージョンでも、実に堂々と、自分の間合いで自分の詩(マインド)を歌い切っている、マイルスという人の大きさというか・・・ミュージシャンとしての度量の大きさというか・・・なんにしても、マイルスは素晴らしい(笑)
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