<ジャズ雑感 第24回>初期のアーマド・ジャマル
<マイルスがジャマルを聴きまくった・・・という話しは本当だった!>
アーマド・ジャマルを猛烈に好きだという人は・・・あまりいないような気がする(笑)そういう僕も彼のピアノを聴き始めたのは・・・せいぜいこの10年くらいのことである。その頃から「ジャズのオリジナル盤」に惹かれ始めたのだが、廃盤店を見回すようになってみると・・・prestigeやbluenoteなどの名盤のオリジナル盤は、どれもこれも「うんと高い」ということも判ってきた。「高い」のには、それなりの理由があるのだろうが、とりあえず国内盤やOJCで聴けるものを、その何十倍も出してまでは買う気持ちにはなれなかった。
1枚の名盤に2万出すのなら、4000円の地味盤を5枚聴きたいのだ。ただ最近は、本当にいいレコードだけ(もちろん自分が大好きなレコード)を、コンディションのいいオリジナル盤で集めていく~というスタンスもまた魅力的なのでは・・・という気分も現れてきた。あと10年もすれば、そんな集め方になるかもしれないが・・・今はまだ無理なようだ(笑)
そんなわけで、10年ほど前から、ちょっと安めのオリジナル盤で、まだ聴いたことのない(持ってない)ものを中心に狙い始めたのだ。そんな目線で廃盤店のタナを探ってみると・・・自ずとArgoやcadetのこの辺りのレコードが目に付くようになる。ラムゼイ・ルイスやアーマド・ジャマルというピアニストには、当時、相当な人気があったらしく、ArgoやCadetからはかなりの数のタイトルが発売されている。もちろんそれら全部を持っているわけではないが、ひとつ聴いてみると「案外、いいぞ~」と思うので、知らぬ間に、けっこう集まってしまうのである(笑)
今回は、ジャマルに絞って、ちょっと気になる初期のもの中心にをいくつか紹介してみたい。
ジャマルと言えば、真っ先に思い付くのは、やはり「But Not For Me」ということになるのだろう(笑)僕も含めてジャマルというとこのLPしか聴いてこなかった方も多いと思う。
ジャマルのピアノは、かなり独特なスタイルである。どんな曲でも、たいてい高音域をコロコロと弾く。この「コロコロ」は、軽いタッチだが、スナップを効かせたようなタッチであって、力任せに押し込んだような感じではないので、決してやかましくはない。私見では、この「コロコロ」は、アート・テイタム風、ジョージ・シアリング風でもあり、もう少し言えば・・・後年のガーランドが時に見せる「コロコロ」にも近いものがあるように思う。
そんな「コロコロ・フレーズ」は、アドリブを弾きこむ~というより、その曲の構造上の美点みたいなもの感じを、力まずに軽々と表出している・・・という感じでもある。ベースとドラムス(あるいはギター)に、その曲の「骨格」を造ってもらっておいて、その上に「乗っかる」ように、遊び心溢れる高音域フレーズを繰り出してくる~という感じかな。
そうして流れ出るサウンドは・・・あくまで軽い(笑)しかし、この「軽さ」は・・・クセになる(笑)ジャマルの演奏にはいつも「洒落た工夫」があり、それが音楽の自然な流れにもなっているようで、聴いていてとにかく気持ちがいいのだ。だからジャマルにはライブ盤が多いし、あのリーダー作の多さは、やはりジャマルには相当な人気があったということだと思う。もちろん・・・ジャマル自身が、そういう「音楽の快楽」を表現することに徹していたのだろう。素晴らしい才人だと思う。
Argoが先でCadetが後のはずだが、Argoにもいろんなラベルがあるようだ。モノラル~黒・灰色、ステレオ~青というのが基本のようだ。ただ「青」にも、「普通の青」(662:Happy Moods)、「群青色っぽい青」(667:At The Pershing vol.2)、「紫っぽい明るい青」(691:All Of You)という具合に微妙な違いがあるようだ。音質については・・・どうもArgoにはそれほどいい印象がないのだが、同じ場所での1958年の録音音源であるBut Not For Me(黒・モノラル盤)とJamal At The Pershing vol.2(群青・ステレオ盤)を比べてみると、どうも「ステレオ録音」の方がいい音のように感じる(僕には)ピアノの音全体に厚みがあるし、艶がある。蛇足だが、今回、ジャマルのLPをいろいろ聴いてみて、「音質」が一番よかったのは、1962年のAt The Blackhawk~実は国内盤(テイチク)しか持ってない~だった。やっぱりライブ録音でも、「西海岸もの」は一味違うようだ。ひょっとして、この1962年の西海岸録音Argo盤にも、ワリー・ハイダー氏が関わっていたかもしれないぞ(笑)
Argo時代のジャマルでちょっと珍しい2枚組~Portfolio Of Ahamad Jamal(argo 2638)については、そういえば、この<夢レコ>でも、だいぶ以前に取り上げている。こちらの<珍しレコ:Portfolio Of Ahamad Jamal(argo 2638)>もご覧ください。
ジャマルというと・・・「あのマイルスが、ジャマルに影響された」という話しがよくジャズ本に出てくるし、ジャマルはひょっとしたら「そのこと」だけで有名になっているような気もするが(笑)実際のところ「音楽の具体的な様子」として、マイルスがジャマルのどこにどんな風に影響されたか・・・については、あまり書かれていなかったように思う。それ以前に・・・なによりもジャマルのレコード自体が(日本では)あまり聴かれていなかったのだろう。それはもちろん僕自身も同じ状況で、その辺りのことが、ハッキリとは把握できていなかった。そんな状況だったことを推測しながら、このレコードを聴くと・・・ちょっとした誤解が生じてしまうような気もする。
というのは・・・
このBut Not For Meには、
but not for me
surrey with the fringe on top
no greater love
woody'n you
という「マイルス取り上げ曲」が入ってはいる。しかし・・・このジャマル盤は、1958年録音なのである。つまり・・・この4曲については、どれもマイルスの録音の方が先なのある。(but not for me~1954年、no greater love~1955年、surreyとwoody'n you は1956年)ということは・・・ジャマルという人を初めてこのLPから聴いた場合~
「マイルスが影響された云々(うんぬん)」という観点からは、まるで逆の「音」を耳にしていたことになる。もちろん僕もそうだったし、だから「マイルスにはジャマルからの影響が・・・」と言われても、どうもよく判らないのも無理からぬことだったのかもしれない。
さてそろそろ「マイルスがジャマルに影響された」証拠のLPを出さねばなるまい(笑)ジャマルのLPは、ほとんどがargoに在ると思われがちだが、実はそのちょっと前の時期の音源として、2枚のEpic盤があるのだ。
The Ahamad Jamal Trio(LN3212)~Goldmineによると1956年発売
と
The Piano Scene of Ahamad Jamal(LN3631)~Goldmineによると1959年発売
このEpic盤・・・2枚とも、どうやらOkehレーベル音源からの再発らしい。(推定)1951年録音のようだが・・・私見ではそこまでは古くなく、もう少し後の例えば1953年くらいの録音に聞こえる。いずれにしても、録音の音質は・・・よろしくない(笑) Epic盤の高音質というイメージとは程遠い。
このEpic盤2枚に収録してある曲から「後年にマイルスが取り上げた曲」を探ってみると・・・なんと、8曲もあるじゃないか!
love for sale
autumun leaves
squeeze me (以上3曲~The Ahmad Jamal Trio)
ahmad's blues
billy boy
will you still be mine
the surrey with the fringe on top
a gal in Calico(以上5曲~The Piano Scene Of~)
~Trio(3212)の方に「枯葉」が入っている。そのイントロのフレーズが、あのマイルス/キャノンボールの「サムシング・エルス」の枯葉と、ほぼ同じなのだ。ジャマルの方は、マイルス・ヴァージョンよりもやや速いテンポのラテン風で、あのフレーズをギターに弾かせている。「ほぼ」と書いたのは・・ジャマル版ではあのフレーズのアタマを半拍だけ休符にしているからだ。そのためかジャマル版の方が、よりラテン風に聞こえる(裏を返せば、マイルスの方がジャズっぽい・・・とも言える)
ジャマルという人は・・・ある意味「アレンジャー的ピアニスト」でもあると思う。ほとんどの場合、スタンダード曲を素材にしているのだが、どの曲にも凝った工夫が施してあるのだ。1951年当時では、他のバンドではあまり考えられないような「合わせ」が~ベースやギターにメロディの一部を取らせたりしている~多いのだ。パッと聞いて「洒落た」サウンドをしているのだ。グループとしての「サウンド」を意識している点では、ジョージ・シアリングとも似ているかもしれない。この当時のジャマルのリズムセクションは、べースはイスラエル・クロスビー、ギターはレイ・クロフォードらしい。
Piano Scene(3631)の方には、Ahmad's blues, the surrey with the fringe on top, will you still be mine, a gal in Calicoなど、後にマイルスが吹き込んだ曲が入っている。
そしてこのPiano Sceneからも、ちょっとした驚きの曲がひとつ見つかった。
A面ラストのPavanneという曲~これ途中、ギターソロの部分があるのだが、そこがマイナー調のコードになっていて、途中で4小節だけ「半音、上がるのだ!そしてそのサウンド(の様相)は・・・もう明らかに「モード」なのだ。つまり・・・ドリアンというモードを使った「ソー・ファット」(あるいは「インプレッションズ」)と同じなのである。その時のギターのフレーズも、何やら「インプレッションズ」風なのだ(笑)推定~1951年録音のレコードである。時代性を考えれば・・・驚くほど「モダンなサウンド」だと思う。
そしてこれは僕の妄想だが、マイルスから「ジャマルを聴け!」と言われたコルトレーンは、このPavanneを聴き込んでいたので、あのimpressionsを造ることができた(笑)
*以下参考~「ドリアン」という旋法に興味のある方は、何かのキーボードで試してみてください~(Dドリアンの場合)「D=レ」から始めて「レ」で終わる音階を「白鍵のみ」で弾く~つまり<レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ>という弾くだけです。どうですか?これだけで何となく・・・So What? の感じになるでしょ(笑)
《追記:2010年1月5日》このPiano Scene(3631)収録曲の録音年データを(スコット・ヤーロウ氏による)付けておきます。1951年の2曲はOkay音源のようです。これによれば、僕がドリアンモード的と感じたPavanneは、1951年より4年後の1955年ということになる。
Will You Still Be Mine (Oct. 51)
The Surrey With The Fringe On Top (Oct. 51)
Billy Boy (May 52)
A Gal In Calico (May 52)
Aki And Ukthay (May 52)
Ahmad’s Blues (May 52)
Old Devil Moon (Oct. 55)
Poinciana (Oct. 55)
Pavanne (Oct. 55)
Crazy He Calls Me (Oct. 55)
Slaughter On 10th Avenue (Oct. 55)
It’s Easy To Remember (Oct. 55)
マイルスとの繋がりについては・・・2枚のEpic盤の裏解説が興味深い。つまり、発売年度が早かった1956年の3212(Trio)には「マイルス」という言葉は全く登場してこないが、1959年の3631(Scene)のナット・ヘントフ氏による裏解説では、冒頭から「マイルス絡み」の話しばかりなのである。ジャマルのことを「基本的にはカクテル・ピアニスト」と評したことへ、マイルスが憤然と反論してきた~というような件が書いてあるようだ。マイルスが「ジャマルの造り出すスペースの生む効果」についても書いてあるが、どうやら「音楽の具体的な様子」については、ここでも触れられていないようだ。ひょっとしたら、「マイルスがジャマルに影響された云々」は、このヘントフ氏の裏解説から、広まった話しかもしれない。
では、Argo盤からもう1枚。実は「マイルス関わり」の音として僕が最も驚いたのが、これである。
Ahmad Jamal/Chamber Music Of The New Jazz(argo 602) 1955年
これはargo/cadetに20枚近くもリーダーアルバムのあるジャマルのargo第1作である。このLPを、なぜだかこれまで全く聴いたことがなかった。ジャマルの国内盤発売は、いつもBut Not For MeやPenthouse だけだったし・・・オリジナル盤を探す際にも、この602盤は年代が古い分だけ、他のargo盤に比べるとやや見つかりにくいかもしれない。ちなみに、このレコード・・・creativeというレーベルから出たものが真のオリジナルらしい。
《2009 1/2追記~creativeではないが、このArgo602番のオリジナル1stと思しきジャケットをネットで見かけた。それは・・・石畳の広場を上空から撮ったショット。左下隅に高そうなクルマ(ロールスロイスか?)がちょっとだけ写っている。画面は薄い緑一色。ちょっとベツレヘム・レーベルのバート・ゴールドブラットのデザインとよく似た雰囲気だ》
A面1曲目のnew rumbaのイントロ部分から、いきなり驚いてしまった。なんだ、これはっ!
そう・・・マイルスのLP~Miles Ahead のnew rumba、あれのそのままじゃないか!録音は当然・・・ジャマルの方が先(推定1955年)である。
いろんなジャズ本から「マイルスが、ジャマルからはヒントを得た」という話しは知っていた。知ってはいたが・・・それはあくまで「ヒント」くらいだと思っていた。しかしこのnew rumba・・・これはもう完全に「パクリ」である(笑)
new rumbaイントロでの、あのちょっとモードっぽい、かっこいいフレーズ~あれはギル・エヴァンスのアレンジかなと思っていたのだが・・・あのかっこいいリズムパターンとフレーズが、そっくりそのまま、このジャマルのLPに入ってるじゃないか!
このジャマルのLP収録曲で、マイルス取り上げ曲は~
new rumba
all of you
it ain't neccessarily so
の3曲である。しかし、もうひとつ・・・A面5曲目のMedleyというタイトル。これが曲者で、曲が始まると・・・「ああ・・・これも知ってる」
というメロディが軽やかに流れてくる。これも確かに「マイルス・アヘッド」に入ってる曲だぞ・・・と調べてみると「アヘッド」の
B面ラスト~I don't wanna be kissedじゃあないか(笑)この曲・・・メロディの出だしから3連符のフレーズで始まり、その後も2拍続けて3連符を使ったりするところが、ちょっとユーモラスな感じもして、強く印象に残っている曲だった。その「マイルス・アヘッド」のI don't wanna be kissed のアイディアそのままが、このジャマルの1955年のLPに入ってるじゃないか!ジャマルのピアノが、軽く小粋に弾く3連符は、マイルスが現そうとしたニュアンスそのままなのである。う~ん・・・これは・・・マイルスもギル・エヴァンスも、ジャマルにアレンジ料を払わなくては、まずいだろうな(笑)
蛇足をひとつ~ジャマルは1958年のBut Not For Me(前述)で「マイルス曲」を4つも取り上げた・・・あれは「ジャマルのお返し」だと、僕は踏んでいる(笑)
僕はうんと前から「マイルス・アヘッド」が大好きだった。あのLP、特にどの曲が・・・という訳ではないのだが、A面1曲目のspringsvilleが流れ始めると、継ぎ目なしに次の曲に移っていき・・・それはまるで川の流れのように全く自然な感じで・・・途中で針を上げることができなくなる。そうしていつも両面を聴き通してしまうのだ。あのLPの「サウンドのイメージ」がいつもアタマの中に渦巻いてしまって困るくらいの時期もあった。だから今回、ジャマルの1955年作品を聴いてみて、マイルスのあのLPの中で印象に残っている「部分」が、そっくりジャマルのアイデアだった・・・と判ってしまったわけで、その事実にちょっと軽いショック(がっかりしたような気持ち)を受けた僕である(笑)
しかし・・・だからと言って、マイルスへの(あのLPへの)見方が変わるわけではない。確かに、細部のアイディアを借用しているが、それらを巧く使い切った上で、あのLP全体を「あるムード」で包み込み、「ひとつの組曲」にまで造り上げてしまったのは・・・やはりギル・エヴァンスであり、何よりも「マイルスのあの音色」なのだから。
ちくしょう・・・オレはやっぱりマイルスが好きらしい。
その証拠に、今また僕は「マイルス・アヘッド」を聴いてみて・・・すっかり感動している(笑)
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コメント
bassclef さんありがとうございました無事にrecooyajiさんの所へ 直接メールさせていただきました、これから いろいろ情報をもらいたいと思います。
それから 遅まきながら bassclefさんのブログを拝見してますと このAHMAD JAMALがあり私もこれも40枚近く(全部はオリジナルではないですが)持ってますし、DVDでJAZZ MASTERSのVINTAGE COLLECTION 1958-1961に 在るのYOU TUBEにあるものだと思います、それと昔TOSHIBA EMIから出た ビデオテープ Flight of Fancy
AHMAD JAMAL TRIO
AHMAD JAMAL (p)
JOHN HEARD (b)
YARON ISRAEL (ds)
1993年 録音もあります。
内容はまーまーです。
レコードは 私は ARGO時代のが一番よく聴きま す.EPICの2枚もいいですね!参考まで!
投稿: denpou3133 | 2009年2月 2日 (月) 19:35
25-25さん、Standard Eyesのライナー情報コメントをThanksです!
《Sweet & Lovely とThe Breeze & I の2曲が
'60年のアルハンブラでのライブ音源、
Like Someone In Love がブラックホークでの録音、
そして残る9曲が'58年のパーシングでのライブ録音》
~なるほど・・・そこまで明記されてあるということは、Standard Eyesの裏解説とかに、ハッキリした資料があったんでしょうね。
ジャマルには後から出てきた音源もかなりあって、しかもそれらがほとんどライブレコーディング音源。クラブ名を挙げていくと・・・
Pershing 、ペントハウス、アルハンブラ、それから多分、25-25さんもお持ちでしょうが、近年発売のCD(Jamal's Blues)。これには、1958年9月6日のワシントンDCのSpotlige Clubでのライブ音源16曲収録されてます。日付から見ると、どうやらこのクラブ:Spotliteの音源が、2枚組のPortfolioの元ネタのようですね。
25-25さんも仰るように、オリジナルのLP発売時に整理されてないものだから、ゴチャゴチャで訳が判りません(笑)
ジャマルのあの「軽み」(ここは「カロミ」と読んでほしい:笑)の心地よさに嵌ると・・・抜けられませんね(笑)
投稿: bassclef | 2008年7月27日 (日) 09:17
basscref さん、レスありがとうございます。
>このAngel Eyesは、1958年のパーシングのライブの音源(LP:But Not For Me録音時)ではなくて、1961年のシカゴのクラブ「アルハンブラ」でのライブ録音のようです。
私が所有するLP「Standard Eyes」(Cadet)の
中山康樹氏のライナーによると、収録全12曲のうち、
Sweet & Lovely とThe Breeze & I の2曲が
'60年のアルハンブラでのライブ音源、
Like Someone In Love がブラックホークでの録音、
そして残る9曲が'58年のパーシングでのライブ録音、
ということですから、(ライナーが正しければ)
Angel Eyes は「But Not For Me」と同日、同一セッション
ということになりますね。
別の時期に、違う編集で再発されたりすると、まことに
ややこしく迷惑な話です(笑)。
ちゃんと整理して、きちっとリリースして欲しいですね。
>今、聴いてみると・・・とても「カラッ」としてAngel Eyesですね(笑)
はい、ミディアム・テンポで囁くようにテーマをやったあと、
いきなり「ガガガガガガ~~ン」とコードの連打、
わかっていても毎回聴く度に、やられちまうんですわ(笑)。
投稿: 25-25 | 2008年7月26日 (土) 01:52
25-25さん、拙ブログ<夢レコ>へ初コメントをありがとうございます。dukeさんの<デュークのアドリブ帖>での25-25さんのコメントを拝見すると、これはもう、むちゃくちゃジャズを好きな方だなあ・・・と驚いてしまいます(笑)いろんなジャズのレコードをちゃんと聴いておられる方だということもよく判ります。そんな25-25さんから、僕の「ジャマル記事」に初コメントが来ましたので、Angel Eyesの音源のこと~ちょっと調べてみました。
25-25さんの挙げたStandard Eyes「お目目のジャケ」は、1967年発売の、どうやらライブレコーディングからのアンソロジーとのこと。(AMG調べ~anthology of live recordings made between 1958 and 1961 for Argo)
それでAngel Eyesは、僕の手持ちLPでは、25-25さんご指摘のとおり、All Of You(LP691)に収録されており、このAll Of YouというLP自体が「アルハンブラ第2集」的な内容とのことです。(AMG調べ~The second of two LPs documenting the Ahmad Jamal Trio's recordings at Jamal's Chicago club (the Alhambra)
ということで・・・このAngel Eyesは、1958年のパーシングのライブの音源(LP:But Not For Me録音時)ではなくて、1961年のシカゴのクラブ「アルハンブラ」でのライブ録音のようです。
今、聴いてみると・・・とても「カラッ」としてAngel Eyesですね(笑)この曲、たいてい・・・ジト~ッと暗く演奏されることが多いのですが。やっぱりこの「明るさ」と
「明晰さ」がジャマルの持ち味なのかもしれませんね。
ジャマル好き~あまりいないだろうな・・・と書きましたが、ここに25-25さんという猛烈なるジャマル好きがおられましたね!(笑)
投稿: bassclef | 2008年7月25日 (金) 21:26
こちらでは、はじめまして。
duke さんのアドリブ帖では、いつもお世話になってます。
ジャマルは、僕の1st アイドルです。
所有するLPやCDは、いつの間にか30枚以上に
なりました。
彼のピアノを聴いて思い浮かべる言葉は、
「必要かつ十分」。
音に無駄がない。
雌伏の時を長く置いて息を潜めていたかと思うと、
ここぞという時に「昇り龍」の如く、爆発的にブレイクする。
そのコントラストが、なんとも堪りません。
'58年のパーシングのライブの音源では、
僕は「But Not For Me」よりも、お目目のジャケの
「Standard Eyes」のほうが好きなんですが、これは
エントリーで挙がっている「All of You」と
同じ音源でしょうか?
Angel Eyes が収録されています。
数ある同曲のヴァージョンの中でも、特に大好きなAngel Eyesです。
投稿: 25-25 | 2008年7月25日 (金) 09:01
4438milesさん、コメントをありがとうございます。ジャマル・・・まったくアイディアの素晴らしいミュージシャンだと思います。特に初期(1955年くらい)においては、ぶっ飛んだモダンさがあり、それにマイルスもぶっ飛んだ・・・ということかもしれません。「マイルスへの影響」云々(うんぬん)は、ナット・ヘントフの記事を元ネタに、日本の評論家が(たぶん、音源をあまり聴かないで)ただそのまま借用して「影響された」という表現をしてきたことからくるパターン化された「ジャマルへの形容詞」とも言えそうです。
今回、ジャマルのChamber Musicや、EPICの初期2枚を聴いてみて(その後のマイルス諸作との相関)あれは「影響」というような抽象的なものではなくて、単に<ジャマルが考えたイントロのパターンを、マイルスがそのままパクッた!>・・・というのが僕の見解です。
いみじくも、4438milesさんが北のdukeさんブログ<デュークのアドリブ帖>コメント欄にて書かれた「something elseの枯葉~あのイントロはダサい」は、ジャマルにも大いに関連があり、僕にも興味深いところです。
あの「枯葉」のイントロ~あれは、ジャマルのEpic盤に入ってまして、そのイントロをマイルスが(あるいはキャノンボールが)そのままパクッた・・・という感じです。
《Trio(3212)の方に「枯葉」が入っている。そのイントロのフレーズが、あのマイルス/キャノンボールの「サムシング・エルス」の枯葉と、ほぼ同じなのだ。ジャマルの方は、マイルス・ヴァージョンよりもやや速いテンポのラテン風で、あのフレーズをギターに弾かせている。「ほぼ」と書いたのは・・ジャマル版ではあのフレーズのアタマを半拍だけ休符にしているからだ。そのためかジャマル版の方が、よりラテン風に聞こえる》
本記事で《 》と書いたのですが、たしかに、マイルスのヴァージョンでは、リズム的に不思議な違和感がありますね。というのは、もともと8ビート的な(ラテン風)ノリのフレーズだったものを、マイルス(あるいはキャノンボール)版では、基本的に4ビートでやってます。というよりmilesさんも書かれているブレイキーがちょっとシャッフル風にシンバルレガートさせてるようですね。正に、ここのところに「へんてこなノリ」を感じて・・・たぶんmilesさんが「チンドン屋」と揶揄したのでは?と僕は推察してるのですが。
あれが、あの「4ビート・ノリ」が果たしてマイルスの指示だったのか?とも思うわけです。
以下、僕の妄想です(笑)~
あれはキャノンボールのリーダーセッションだったので、マイルスにはイマイチやる気がなかった。「枯葉」でもやっとこうぜ~ということで、テンポだけはゆったりで行こうと決めたがイントロが決まらない・・・でマイルス先生、ちょっと前にさんざん聴いた「ジャマルの音」を思い出した。G/ B♭/D/E/D/で後はその繰り返しでいこうか!てなもんでリハーサルなしで始める・・・そしたらその元々の「ラテン乗り」を聴いたことがないブレイキーは、普通の4ビートで叩いてしまう・・・ところがマイルスはその「違和感」をおもしろいと感じた・・・。
てな具合だったのでは・・・と妄想しているわけです。「違和感」の証拠は、ブレイキー自身が、あのイントロ、そしてエンディングでの同じパターンにおいて、途中で、管部隊のフレーズと微妙な違和感を感じたのか、あるいはこれはわずかに「8ビート」(というか2拍子的かな)フィーリングで叩き出す場面があるのですよ。(僕にはそう聞こえる)
そんなことも含めて・・・あのイントロは「おもしろい」ですよね。たしかに「イモくさい」とも言えますが(笑)マイルスが、(出てきたサウンドを聴いて)あえて・・・その「くささ」を狙ったのかも・・・という風に捉えてます。いや、これは僕の妄想ですよ(笑)
投稿: bassclef | 2008年7月24日 (木) 09:45
bobさん、拙ブログへようこそ!そして、初コメントをありがとうございます。bobさんのブログ~Walking Slowも拝見しております。ジャズを中心に、時にロック(ストーンズ命かな?)も飛び出るバランスのいいブログで、ハードバップ期の、ちょっと地味だがいいレコードばかりを取り上げる年季の入った方だなあ・・・と推察しております。6月のシナトラ「スイング・イージー」~「A面、B面、どちらをかけるか・・・いつもちょっと迷う」には共感しました。でも掛けてしまえば・・・やっぱり両方いいんですね(笑)
bobさん、拙ブログもリンクしていただいているようで、Thanksです!遅まきながら、こちらの方もWalking Slowをリンクさせていただきますね。
またいつでもどうぞ~!
投稿: bassclef | 2008年7月23日 (水) 20:59
basscleffさん
ついに、ジャマールですね、見事な分析と解説ですね。
確かに、聴けば聴くほどに、ジャマールはアイディアの宝庫です、最も有名なアイディアは、弾かないこと・・・。
この間を使うフレーズはいろいろなアーティストに影響を与えたようです。
マイルスにも当然影響を与えましたことは有名ですが・・・ここに書いてないのですが・・・フランク・シナトラにも影響を与えいるのです。
そう、彼が影響を与えた範囲というのはモダン・ジャズの世界だけでは無いようです。
シナトラのどの部分にその影響が聴けるか・・・何方か解説して欲しいと思っております。
そう三具さんあたりやってくれませんかね。(笑)
投稿: 4438miles(SHIN) | 2008年7月23日 (水) 11:29
はじめまして、bobと申します。
67camperさんのところからやってきました!
ワァ! A.ジャマルに対する深い考察に感銘しております。
日頃だらだらと何も考えずに気分でレコード楽しんでいる自分にはいい刺激になりました。
もっとも、いろいろ考えても知識がない故ほとんど浮かんでくるものはありませんが(笑)。
これからもちょくちょくお邪魔させていただきます♪
投稿: bob | 2008年7月22日 (火) 17:19
シュミットさん、コメントをありがとうございます。なるほど・・・その頃、ナット・ヘントフのマイルスへのインタヴュー記事があったのですね。~ジャマルに関するマイルスの話しの内容も同じなので、どうやらEpic盤裏解説の件(くだり)もJazz Review誌の掲載が元ネタのようですね。そして・・・やはり日本での「マイルスはジャマルに影響された
」という説も、このヘントフ記事がオリジンでしょう。いや・・・もしそうではなくて、熱心なジャズマニア(いや、評論家かな)が初期ジャマルのレコードを聴き込んでいて「それ」を発見したとしたら・・・それこそ素晴らしいことなんですが。
jazz panoramaというジャズ本の紹介~Thanksです!ちょっと検索してみたら、マーティン・ウイリアムス編集のようですね。内容の濃そうな本のようです。
それにしてもシュミットさん、ジャズに・・・相当に深く入り込んでますね。素晴らしい!
初期ジャマルの「count 'em 88」(argo 56年)~これは未入手盤です。マイルスがパクッたというgreen dolphin street・・・それはぜひ聴いてみたいものです。パクッたのは多分・・・イントロのベースが「ボーン・ボ・ボボーン」という部分かな? マイルスという人・・・とにかく「かっこいい」ことに敏感なんですね(笑)
投稿: bassclef | 2008年7月21日 (月) 22:09
今晩は、シュミットです。
文中に出てくるナット・ヘントフのことで少し......
ヘントフは雑誌「the jazz review」の第2集でマイルスにインタヴィユーをしてましてそれが「an afternoon with miles davis」という記事になってます。いつごろの記事かよくわからないのですが、たぶん58年か59年のことだと思います。そのなかでマイルスは「ジャマルのスペースの使い方をよく聴いてみろ」とか「いつかジャマルみたいにピアノが弾ける息子がほしいよ」なんてべたほめしています。
わたしはこの記事を「jazz panorama」というアンソロジーで読みました。
ヘントフのepicのライナーノーツはたぶん、このインタヴィユーの直後に書いたんじゃないかと思います。
そうそう、私も1枚だけジャマルのアルバム「count 'em 88」(argo 56年)を持ってたよなー。おお!「green dolphin street」をやってる。これもマイルスは見事に頂いたようですね。
投稿: シュミット | 2008年7月21日 (月) 00:16
おお、Yoさん、コメントThanksです!
Yoさん、それほどジャマルには興味ないだろうな・・・と思ってました(笑)それでも3タイトル持っていて、しかもわざわざ聴いていただいたということに、感謝です。
アーマド・ジャマルというピアノ弾き~この記事のこともあって、こちらもいろいろ聴いてみましたが・・・・やはり、ナット・ヘントフ氏が言うように(Epic盤:Piano Scene(3631)の裏解説)<カクテルピアニスト>的な要素の強い人だとは思います。
ジャマルというと、なぜか But Not For Meが代名詞になってしまっているようですが、ジャマルには他にもっといいライブ盤もあるように思います。
僕もBut Not For Me~再度、聴きなおしてみましたが(オリジナル盤と国内盤、共にモノラル)あれ・・・「録音」がだいぶん良くないですね(笑)
ピアノのタッチ(感)が細いし・・・全体に音が遠いような、そんなライブ録音だと感じました。余談ですが、ラムゼイ・ルイスの有名なライブ盤「The In Crowd」も、あまりいい録音ではなかったような記憶があります。
本記事でも書いたように、ジャマルのスタイルは、
>ベースとドラムス(あるいはギター)に、その曲の「骨格」を造ってもらっておいて、その上に「乗っかる」ように、遊び心溢れる高音域フレーズを繰り出してくる~そうして流れ出るサウンドは・・・あくまで軽い(笑)~
という感じのサウンドで、だから・・・その「コロコロ」と遊ぶようなその高音域のタッチ感~これが「いい音」で捉えられてないと・・・その「遊び心」も、少々「しょぼく」聞こえるような気もします(笑)
そんな感じが・・・ひょっとしたら、Yoさんが「古い」と感じた一要因にもなってるような気もします。
「But Not For Me」での選曲については・・・これはYoさん仰るとおりで・・・ライブということもあって、かなり「受けそうな」曲を選んだのでしょうね。ただあの選曲について、マイルスとの関わりで時系列的な観点から考えると・・・
>蛇足をひとつ~ジャマルは1958年のBut Not For Me(前述)で「マイルス曲」を4つも取り上げた・・・あれは「ジャマルのお返し」だと、僕は踏んでいる(笑)
などと本記事にも少し書きましたが、あれは、ジャマルの1955年以前の作品(Epic盤2枚とArgo盤:Chamber Music~)収録のスタンダードのかっこいいアレンジを、マイルスが(無断で:笑)いっぱいパクッたので、ジャマルとしては、その「お返し」をしたのでしょう・・・というようなことはないかな(笑)
同じ1958年のライブでも2枚組のPortofolio
http://bassclef.air-nifty.com/monk/2005/07/1_1a07.html
の方は、なぜだか、だいぶいい録音(ステレオ)になってます。クレジットによると録音エンジニアは、共にMalcolm Chisholmという人のようです。Happy Moods(1960年)~Yoさんご指摘のように、いい感じですね。選曲も渋めで、しかしトリオとしてのグループ表現にさらに工夫が見られて、それと録音もだいぶいいように聞きました。そしたらやっぱりエンジニアが違うんですよ。Ron Maloという人のようです(あまり聞かない名前ですが)
「録音」の話しばかりになってしまいましたが、僕の全く個人的な感覚で言うと、なぜか・・・ジャマルのようなタイプのピアノ弾きには「いい録音」が必要なんです(笑)
たぶん・・・ジャマルが「フレーズを追求して弾き込んでいくタイプではなく、グループ表現も含めて「総合サウンド」として勝負(聴かせる)するタイプだから・・・かな? その時、実際に「耳に聞こえてくる」サウンドの質感というのは(レコードにおいては)特に重要になってくるのかもしれません。
たぶん・・・その辺りの意味合いが、Yoさん表現するところの
>「ジャマルの右手は繊細なタッチと旋律を大事にしているのでジャズのノリを感じさせない」~
ということと関連しているように思います。
いつも思うのですが、とにもかくにも、「ジャズにはいろんな個性がある!」ということですね(笑)僕らはそんな個性の中から、自分にしっくりくるミュージシャンを選ぶことができる・・・まったく素敵なことですよね(笑)
投稿: bassclef | 2008年7月17日 (木) 10:40
bassclefさん、遅くなりました。ジャマルのマイルスに与えた影響の考察は感心して読ませて頂きました。そしてbassclefさんがジャマルをここまで聴いてられることに驚きました。私もしいて好きでは無いのですが3枚のArgo盤を持っていまして再度聴いてみました。(At The Penthouse, But Not For Me, Happy Moodsです。)PenthouseとBut Not~は「古さ」を感じました。古さと言うのは当時のヒット路線と言うか当時の聴衆に迎合した感じがして、時代を超えたジャズの(音楽の)グルーブ感を感じません。しかし、Happy Moodsはなかなか良いですね。ジャマルの右手は繊細なタッチと旋律を大事にしているのでジャズのノリを感じさせないのですが、そのことを左手でビート感を出すことでカバーしている様に思います。同じ事はプレビンにも感じます。
bassclefさんが聴かれたArgo初期のChamber Music Of The New Jazzや三式さんの仰るArgo以後の戦闘的なジャマルも聴いてみたくなりました。
投稿: Yo | 2008年7月16日 (水) 13:31
”せんりくん”さん、初めまして~bassclefと申します。<夢レコ>への初コメントをありがとうございます。”せんりくん”のお名前は、mono-monoさんのブログにてお見かけしております。、いい音楽への愛情を感じさせてくれるウイットに富んだコメントは、”せんりくん”さんならではの世界ですね。
”せんりくん”さんも「マイルス・アヘッダー」でしたか(笑)あのレコード・・・あれには、ホントにどうしようなにくらいに「ひとつの世界」が在りますね、絶対に。一度、その音世界に嵌(はま)ったが最後・・・もう誰もそこから逃れられない・・・そんな感じのレコードだと思います。「マイルス・ディビスの生涯」という本の紹介~thanksです。それ、読んだことがないなあ、多分。マイルス・アヘッド関わりのところ、おもしろそうですね。”せんりくん”さんが挙げられたThe Duke・・・あれも実に印象に残るテーマで、あの曲が、デイブ・ブルーベック作と知った時には、軽いショックを覚えましたよ。・・・というのは、当時はまだ「反・ブルーベック」でしたので(笑)
投稿: bassclef | 2008年7月15日 (火) 22:03
musashi no papaさん、いつもコメントをどうもです。
ジャマル~確かに日本では・・・凄い人気があるとは言えないでしょうね。でもアメリカではとにかくあのレコードの数の多さ!argo/cadetだけで20枚近くありますし・・・70年代に入ってからは、ちょっとペースダウンしたようですが、それでも70年代~2000年代の各10年に10枚ペースで出てるみたいです(AMG(All Music Guide)のahmad jamal~discography調べ)
これはやはり、それなりの人気があるからこその・・・レコード会社さんのプッシュがあったのだと思います。
ただジャマルのスタイルは、もう徹底的にカラッとして聴いてて楽しい感じなので・・・PaPaさんも冒頭に仰るように「日本では人気のないタイプ」なのかもしれません。そういう僕も「真摯に音楽に没頭するタイプ」が好きで、モンクやエヴァンスを最初に大好きになり、もうそれこそ必死に聴きました。「ジャマルやラムゼイ・ルイスもいいなあ・・・」と感じるようになったのは、この10年くらいなんですよ。
音楽で聴衆をノセる(ノセてしまう)~ということの凄さ・・・そんな職人気質そのものをリスペクトしたくなる・・・ちょっと年を食ってきたので、そんな心持ちになったのかもしれませんね(笑)
投稿: bassclef | 2008年7月15日 (火) 20:38
三式さん、いつもコメントをどうもです!
ジャマルのYOU TUBEの<DARN THAT DREAM>の映像~
そうです、そうです・・・あの映像、大物ミュージシャンがいっぱい見てるんですよ。
なるほど・・・Jazz Casualという番組は1961年からでしたか。そういえば、コルトレーン・カルテットの映像でJazz Casual収録ものがありましたね。あれのジミー・ギャリソンのベースソロにはぶっ飛びました。エルヴィン、マッコイ、ギャリソンなので1961年より後ですね。
ジャマルのDarn That Dream~1957年との表示出てましたが、そういえばあれの映像・・・僕もよく似た雰囲気のやつを思い出しました。「サウンド・オブ・ジャズ」というタイトルで発売されたやつ~レスター・ヤングとマリガン、ビリー・ホリデイの競演やモンクがブルーモンクやったり(それをベイシーがニヤニヤしながら見てる図)の雰囲気と似ているような感じしますね。それだとするとやはり1957年となります。それにしても、ヤング、ベイシー、モンク、それにジャマル・・・誰をとっても本物の個性の持ち主ですね。凄い時代だったのだなあ・・・と恐れおののくばかりです(笑)
>何か戦闘的とでもいえるような変化~
ジャマルの中・後期もなにやら面白そうですね。また音も聴いてみたいものです。
投稿: bassclef | 2008年7月14日 (月) 22:51
bassclefさん、はじめまして。せんりくんと申します。
いつも大変興味深くかつ楽しく拝見させて頂いております。
ぼくも「マイルス・アヘッド」の世界にかねてから深く魅了されている一人です。
以前、図書館から借りて読んだ「マイルス・ディビスの生涯」という本に「マイルス・アヘッド」セッションの話しもさらりと登場しますが、確かに、マイルスはこのアルバムでジャマルのソロ部分含めて再現したと書かれていたと思います。
マイルスの選曲は2曲で、ジャマルの「new rhumba」とブルーベックの「the duke」だそうですが、ラストの「i dont wanna be kissed」もジャマルのバージョンを知ってのマイルスの選曲に間違いないと思われます。
「the duke」は、マイルスはcolumbiaから出たブルーベックのアルバムでそれを知ったとのこと。他に興味深いところでは、曲間に切れ目のなしのノン・ストップ手法は、ミッシエル・ルグランの「i love paris」を元にしているようです。
しかし、こうして書き出してみると、やけにcolumbiaがらみの話しが多いんですよね。「i dont wanna be kissed」も以前ドリス・デイが歌ったナンバーで、columbiaからリリースされてますし、ルグランの「i love paris」も確かcolumbiaだったと思います。マイルスとギルが気をつかったってこともないと思いますが・・・。
ずいぶん過去に「マイルス・アヘッド」について、イージー・リスリングの延長のように書かれている雑誌の文章を読んで、当時はそんなものかなと思っていたんですけど。やっぱり違いますよね。そもそもマイルスもギルもそういったものを作るわけないしと。
今では、水面をヨットが進むがごとく、静かに、優雅に、時に退廃的に、聞くものを刺激し続ける最も希有な音楽だと思っています。
投稿: せんりくん | 2008年7月14日 (月) 19:41
bassclefさん 今回はARMAD JAMALですか。取り上げ方が半端じゃないですね。素晴らしいです。日本のジャズファンって昔からB.EVANCEのような知的感溢れるような真摯に命がけでピアノに向うようプレイヤーが好きですからね。アメリカ人特に地方の方の好きなジャズの音と大都会のジャズの音はかなり違うなと昔から思っています。日本人の好きな音は大都会風的ジャズ音好きかな、と勝手に一人で考えています。新沼健二と平井賢では違いがありすぎますから(笑)。ライブなどではもっと顕著ではないでしょうか。お客さんの好みが優先でしょうから、しかたないことではありますね。どの世界もまず売り上げでしょう。となると、本当のジャズの醍醐味はジャムセッションってことになってきます。それをレコードで残り、聴けるというのは数少ないでしょうね。話がそれて失礼しました。
昔記事を読みましたがたしかハモンドが彼の音はSETTLE、つまり気持ちよく落ち着かせてくれる音だと評価したと。これこそがARGOが彼に求めた、いや彼の音の持ち味ではないのでしょうか。CICAGO SOUNNDですね。そこから認められ育っていった有名プレイヤーも少なからずいますよね。値段の点でも確かに彼のレコードは高くないですよね。確かに安価でオリジナルが手に入ります。ARGOってシカゴジャズだからVEEJAYなんかと同じ泥臭さというのか、田舎ジャズ(そんな言葉があるのか判りませんが)という味わいの作品が多いのも事実です。CHICAGO ENGLISH は本当のQUEEN`S EBGLISH なのに(笑)。KING などもオハイオの田舎だから少し違えども同じ田舎くささが感じられます。
Konkenさんに聞かせて戴いたARTHER BLYTHEやWYNTON MARSALISなどはCBSがその気になってプロモーションしているけれど僕の好きなD.MURRAYなどあまり良い会社に恵まれないプレイヤーって多い気がします。アメリカにはジャズプレイヤーが捨てるほどいるってよく言いますよね。録音の機会が少ない、ましてや地方はもっと機会がすくないと思います。だから自分のアルバムが出せるって凄いことだと思います。ARGOは本当にJAMALを売り出したかったのでしょう。でも現実は実績が証明していますね。やはりジャズにはよいプロモーターが必要不可欠なのですね。そういう意味ではSAVOY PRSTIGE RIVERSIDE 特BLUENOTEは素晴らしい能力、つまりこいつは売れると言うか、みんなが気に入るというという嗅覚があったような気がします。JAMALは素晴らしいけれど、結局プロモートの差のために泣いた素晴らしい演奏家ではないでしょうか。CBSに認められて録音はしたがEPICでもそこそこでしたね。でもEPICで2枚アルバムが残せたJAMALって凄いと思う。でもあまりメジャーになれなかったのは何故かな。BASSCLEFさんのおっしゃるように感覚やオリジナリ性は多々あるのに。それは神様のみぞ知ることなのかもしれませんね。
投稿: musashi no papa | 2008年7月14日 (月) 14:34
どうも三式です。、、
<SOUND OF MILES DAVIS>
のナレーションはジャック・スマイトじゃなくてロバート・ヘリッジですね。訂正します。
投稿: 三式 | 2008年7月14日 (月) 03:54
どうもb.clefさま、三式です。
A.ジャマルについてのコメント興味深く読ませていただきました。
ジャマルのような、どちらかというと所謂カクテル・ピアノタイプのプレイヤーがM.デイビスに影響を及ぼすという・・常識では考えにくい現実があったんですね!
僕もちらっと、そんな話をどこかで見たか聞いたかはあったんですがそれ以上のことは全く知りませんでした。
ジャマルについては僕もあまり詳しくはないですし、・・
ただアーゴ時代のレコードはどれを聴いてもそう大差はないな!ぐらいのことで、ただアーゴからカデットに変わったちょっと後ぐらいに録った’EXTENSION'あたりで全編ではないにしろ明らかに変化を聴くことができます。
何か戦闘的とでもいえるような変化を!
この変化はその後のIMPULSE移籍後も断片的ですが聴くことができます。例えばH.ハンコックのドルフィン・ダンスやM.タイナー作のエフェンディ、それにO.ネルソンのストールン・モーメンツに顕著に現れます。
更にその後のカタリスト盤OIL CANN HURRY'SでのエフェンディなどはまるでM.タイナーが乗り移ったかのような凄まじいプレイに圧倒されます。
話が飛んで恐縮なんですがYOU TUBEの<DARN THAT DREAM>の映像、これすごいですね!B.クレイトン、やB.ウェブスター、さらに評論家のナット・ヘントフの顔も見えます。これはJAZZ CASUAL(1961~1968)ではなくて、あくまで僕の推測ですが1959年の例のM.デイビスがギル・エバンスとやった<SOUND OF MILES>と同時期の映像じゃないでしょうか?広いスタジオがそっくりですし、ナレーションがジャック・スマイトのような気がします。
そこでこんな推測もありかな?っと!
つまりマイルスが恩返しの為にジャマルをスタジオに招待した。そこでは彼に因んだ<BLUES FOR PABLO>を演ってジャマルに聴かせた。・・なんてことは考え過ぎですかね?
投稿: 三式 | 2008年7月14日 (月) 03:41
bbk3470upさん、コメントをありがとうございます。たしかガーランド記事の時、ランディ・ウエストン絡みでコメントを頂きましたね。3470さんは、どうやらピアノのジャズがお好きなようですね。
アーマド・ジャマル~大阪方面では、ジャマル・マニアが多いとのこと~うれしいですね(笑)ライブではホントにノリそうですね。
dukeさんへのコメントにも書きましたが、jamalという人・・・とにかく「個性的」ですよね。ピアノ(キーボード)を、あまり水平的というかメロディ的には展開させず、あえて垂直的~リズム的に機能させてしまう~というスタイルとも言えそうです。ただその分、ジャマルと、ベースやドラムスとのリズム的な「合わせ」が多くなり、そうするとそれがややパターン的にもなり・・・(レコードだと)ちょっと厭きる部分もあるかもしれません。ジャマルの近年の映像では、べーシストが電気ベースだったので、それもちょっと残念なことです。
それから・・・ジャマル自身には罪はないですが、そういう「合わせ」の快感性こそが(ミュージシャンにとっても快感)・・・後年の「フュージョン的スタイル」の元祖になってしまったのかな?という気もします。フュージョンにおいては、そういう「合わせ」自体が音楽の目的になってしまったようにも聞こえ、だから・・・(僕には)全くつまらないのです。
投稿: bassclef | 2008年7月13日 (日) 09:47
北のdukeさん、コメントをいつもありがとうです。ジャマルという人・・・たしか今も現役で演奏しているようで、すごく息の長いミュージシャンですね。僕はあまりジャズの映像は見ない方なのですが、今回、1957年のジャマルの映像~darn that dreamを見て、そのシャープさに驚きました。メロディにちょっと変なハーモニーとリズムを合体させた「合わせ」を、ベースのイスラエル・クロスビーらと、全く力まずに軽がると楽しんで演ってましたね。TVのジャズ番組(多分、Jazz Casual)なので、ベイシーやら大物ミュージシャンも、このジャマル達の演奏を見ているのですが、当時としては相当に斬新だったであろう「音」にちょっと戸惑っているようにも見えました(笑)
やはりジャマルという人は・・・才気だけでなくエンターテイナー性をも伴っているという、稀有なミュージシャンだったのだな・・・と再確認しました。(この映像は、darn that dream とJamalで「有中部」で検索すれば出ると思います)
dukeさんには中期のジャマルの「エレピのコロコロ感」を挙げていただき感謝です。
>ハンコックやコリアでは楽器に依存するあまり~
なるほど・・・なんとなく判ります。エレピという(当時)新しい楽器の器楽的特徴(おもしろさ)のみを追求してしまった・・・だから(結果として)、ジャマルが出し得たコロコロ感~つまり音楽の「快楽性」を表現するまでには至ってないのでは?というような意味あいですかね。
ジャマルという人には、常に「音楽を~風に演出(表現したい」という明確な意図があったんでしょうね。だから・・・楽器(器楽性)が目的ではない!う~ん・・・これも素晴らしいスタンスですね。
一方、コルトレーンのように「器楽性」をトコトンまで追及しつくして、そうしてそれ自体が「コルトレーンの音楽性」になってしまった(こんなことはそれこそ稀有なことだと思う)・・・それもまた素晴らしい!
ジャズは・・・とにかく個性だあ!(笑)
投稿: bassclef | 2008年7月13日 (日) 09:33
bassclefさん こんにちわ!
弱輩が失礼ながらレコードをよく聴きこんでますね。
ジャマル特集楽しく拝読させていただきました。ジャマルが数年前来日した大阪ブルーノートではノリノリでアンコールも数曲応じて演奏したと知り合いに聞きました。私のまわりでは、ジャマルは人気あります。マイルスが自身のバンドに熱望し誘ったけど、ジャマルに断られたそうです。マイルスがジャマルを気に入っていたのは、あまりピアノを弾きすぎない間の取り方(独特なリズムのタイム感)読書に例えるなら、行間を読むような演奏スタイルに有ると聞いたことがあります。アーゴの親レーベルはチェスで英クラッシク・レーベルArgoから使用の差し止めをもとめられ65年以降カデットに(700番代の途中から)変更されたそうです。カデットといえば、レイ・ブライアントの諸作を思い出します。次回を楽しみにしています。失礼しました。
投稿: bbk3470up | 2008年7月12日 (土) 17:05
bassclef さん、こんばんは。
マイルス・バンドに誘われて蹴ったジャマルの影響の分析及び考察、興味深く拝見しました。微に入り細をうがち、納得です。
Impulse にジャマルの Freeflight というアルバムがあります。72年のMontreux のライブで、エレキピアノを使っております。Poinciana も演奏しておりますが、エレピでは珍しいコロコロ感があります。これはハンコックやコリアでは楽器に依存するあまりビート感を失い表現できえないものです。マイルスが求めたのは、エレピのコロコロ感だったのかと・・・
Montreux というと、どこかで地味に話題にしておりました。(笑)
投稿: duke | 2008年7月12日 (土) 00:13