<ジャズ雑感 第19回>ミッシェル・ルグランのこと。
聴くたびに「ああ・・・いい曲だなあ」と、思わずつぶやいてしまう・・・そんな曲が誰の心にもあるものと思う。僕にも好きな曲がいっぱいある。そうして、そんな風に「好きだ」と感じたいくつかの曲が同じ作者によるものだった・・・と判った時のワクワク感。それはまるでいい鉱脈を発見したような気分で、そこら辺りを探っていけば、まだまだお宝がいっぱい潜んでいるぞ・・・という期待感が渦巻いて、なにやらうれしくなってしまうのだ。
2年ほど前だったか、この<夢レコ>でも取り上げた、マット・デニス(ロリンズのオン・インパルス記事)やジョニー・マンデル(ビル・パーキンス記事)という作曲者の存在に気付いた時は、正にそんな気分だった。
ジャズを長いこと聴いてきて・・・どうやら僕の好きな曲には、2つの流れがあるようだ。僕はモンクやランディ・ウエストン、それからフレディ・レッドの創る曲が好きである。それらは例えば・・・reflections や pretty strange、それからtime to smile であったりするのだが、あのちょっとゴツゴツしたような感じのメロディ・・・しかしメランコリックな雰囲気のある曲調・・・そんな感じの曲が、僕の好みになっているようだ。
そしてもうひとつの流れ・・・「ゴツゴツ曲」とは、だいぶん肌合いが違うのだが、例えばマット・デニスの創る everything happens to me というような曲にも大いに惹かれてしまうのだ。大げさな感じではなく、ふと自然に流れてきたかのような素敵なメロディとモダンなハーモニーを持つ洒落(しゃれ)た曲・・・そんな曲も好みのようだ。
僕はクラシックをほとんど聴かないが、いわゆるクラシックの名曲というものは、どれも素晴らしいと思う。チャイコフスキーの「花のワルツ」やドヴォルザークの「家路」などは大好きである。4~5年ほど前に「惑星」の中のメロディ(木星だったかな)をそのまま使ったポップ曲が流行ったが、あれはやはり・・・本当にいいメロディは、いつ誰が聴いても「いい!」と感じる~ということなのだろう。
そして今回は、そんな「いいメロディ」を創る作曲家・・・ミシェル・ルグランのことを書きたい。
そう・・・「シェルブールの雨傘」のルグランである。それから「風のささやき」のルグランである。こんな風に映画音楽のヒットメイカーというイメージが強いフランスの作曲家ではあるが、ジャズ好きは知っている。
ルグランが「ジャズ者」であるということを(笑)
ルグランが大ヒットメイカーになる前(1958年6月)に、アレンジャーとして「ジャズ」のレコードを吹き込んでいる。マイルスやコルトレーン、それからビル・エヴァンスらが参加しいる、あの有名なレコードだ。
Michel Legrand meets Milese Davis(mercury) このレコードは何度も日本でも再発されたはずで、このMeets Miles Davisは、「ルグラン・ジャズ」というタイトルでも出ていたと思う。この写真の盤は、1973年~1974年頃だったか・・・日本フォノグラムが発売した「直輸入盤」だ。右上に貼ってあるシールのセリフがおもしろい。<世界でも売っていない貴重な名盤です。第4期 米マーキュリー社 特別製作盤> このシリーズは、オリジナルの仕様と関係なく、全て「赤ラベル」だったと思う。たしか、クインシー・ジョーンズ記事の時に、この「赤ラベル盤」を載せたように記憶している。僕はルグランにはそれほどの興味もなかったが、「1958年のコルトレーンやビル・エヴァンスが聴ける」という理由で、この盤を入手した。
3つのセッションに分かれていて、どれもオーソドクスなアレンジの下、豪華なメンツのソロが楽しめる、とてもいい内容だと思う。但し、このレコード・・・ルグランはアレンジャー専任なので、ルグランの曲はひとつも聴けない。
わりと早い時期にジャズメンに取り上げられた、ルグランの曲をひとつ挙げよう。
<once upon a summer time>~1962年のマイルスのCBS盤~Quiet Nights のA面2曲目に収録されている。あのチャーミングなメロディをギル・エヴァンスとマイルスが哀愁たっぷりに描き上げているが・・・このonce upon a summer time には・・・いまひとつ馴染めない。重く立ち込めたような雰囲気を醸し出すのはギル・エヴァンス得意のやり方だが、曲の中ほどで壮大に鳴るブラス群も唐突な感じだし、全体に重々しくなりすぎてしまい・・・私見では、このルグラン曲の持つ「可憐さ」みたいな雰囲気に欠けるように思う。
余談だが、この曲・・・有名なわりには、案外にインスト・ヴァージョンが少ないようなので、(マイルスが吹き込んだからかもしれない:笑) ヴォーカル・ヴァージョンを3つ、紹介しよう。
トニー・ベネットの I'll Be Around(columbia 1963年)
ビル・エヴァンスが伴奏したモニカ・ゼッタランドのレコード~Waltz For Debby(phillips 1964年)にも入っていたはずだ。
それからもちろん、ブロッサム・ディアリーの once upon a summer time(verve 1958年) だ。
どれも、しっとりとした可憐な雰囲気がよく出ていて、いい出来だと思う。
ここで、ルグラン自身がピアノを弾くインスト盤をいくつか紹介したい。
Michel Legrand/At Shelly's Manne-Hole(verve) シェリーズ・マン・ホール1968年シェリーズ・マンホールでのライブ録音。
このレコードは、ルグランのピアノ、レイ・ブラウンのベース、シェリーマンのドラムスというトリオでライブでのピアノトリオが楽しめるのだが・・・実は、ルグランのピアノはあまり印象に残らない(笑)
ルグランのピアノ・・・もちろん充分に巧い。巧いのだが、速いパッセージをわりとパラパラと弾くだけで、ぐぐ~っと突き詰めていくようなsomething に欠けているように思う。「軽い」と言ってもいいかもしれない。でもしかし、僕はこのレコードを好きなのである。
というのは、このレコードではなんといってもレイ・ブラウンが素晴らしいからなのである。レイ・ブラウンの演奏はいつでも凄いと思うが、このレコードでは、特に録音が素晴らしいのだ!engineerは Wally Heiderなる人である。
私見だが、このWally氏・・・ベース録音の名手に違いない。おそらくかなりのオンマイク・セッティングだろうが、弦を引っ張る・弾く時のタッチ感と、響いた後の音色の拡がり~このバランスが実に巧い具合なので、豊かな鳴りでありながらべーシストのタッチ感もよく出ている・・・そんな印象のベース音である。
verveの録音ディレクターは、一般には Val Valentine の場合が多いが ライブ録音では別の人が担当することあるようだ。そういえば「西海岸のライブ録音」で、僕が素晴らしいと思ったレコードをもう1枚、知っている。
Cal Tjader の Saturday Night/Sunday Night At The Blackhawk(verve)というレコードである。
このレコードにも、やはりベースが凄い音で入っている。べーシストは、Freddy Schreiberという他では聞いたことがない名だが、プレイ自体も巧いし、とにかくそのぶっといベース音に痺れたレコードである。
そしてこのAt The Blackhawk のengineerが、これまたWally Heiderとクレジットされているのだ! これは、もう偶然ではないだろう。ベース録音の名手(と、勝手に決め付けた:笑)であるこのWally氏の録音レコード・・・他にもご存知の方、ぜひ教えて下さい。
さて、演奏の方~B面1曲目の my funny valentine に僕はぶっ飛んだ。
ルグランのピアノとスキャットが中央やや左、そしてレイ・ブラウンの・・・本当に芯のある太っとい(ここは「ブットイ」と読んでください:笑)ベース音が、中央やや右寄りから弾き飛んでくる!
この有名な曲・・・ルグランはテーマから全てスキャットである。ルグランのスキャットは・・・う~ん・・・あまり聴かないようにしながら(笑) 右側のレイ・ブラウンのベースに集中する・・・凄い音圧である。一音一音を強くきっちりと弾き込みながら、なおかつルグラウンの繰り出すバロック風アドリブ・スキャットに、余裕の唄いっぷりで対抗してくる。この晩のブラウンはノリノリだったようで、どの曲でも安定感と適度なワイルドさを兼ね備えたバッキングとソロの連発で、どうにも素晴らしいウッドベースを聴かせてくれる。この写真でお判りのように、この「シェリーズマンホール」はバリバリの国内盤である。国内盤で、この音なら、オリジナルならさぞや・・・と想像せざるを得ない僕である(笑)
1968年盤ならラベルはMGM-Verveだろうし、それほどの貴重盤とは思えないのだが、なぜかあまり見かけないような気がする。
ああ・・・ルグランの曲について書いているうちに、レイ・ブラウンの話しになってしまった(笑)
ミシェル・ルグランは、やはりジャズ好きなのだろう。前述の「meets Miles Davis」だけでなく、その後にも、自分の曲をアレンジしてジャズの名手に吹かせたジャズのレコードがいくつかある。
Bud Shank/Windmills Of Your Mind(world pacific ST20157) arranged by Michel Legrand
録音は・・・ジャケットにスティーブ・マックイーンの顔が入っていることから、たぶん1968~1969年くらいだと思う。ちなみにこのレコードのタイトル:Windmillos Of~は、邦題「風のささやき」で、映画「華麗なる賭け」に使われた曲だったはずだ。
さて・・・このレコードは好きな1枚なのだ。
バド・シャンクの艶やかなアルトの音色が、実にいい録音で入っている。曲によって入るストリングスには少々シラけるが、ブラス陣にもアーニー・ワッツやコンテ・カンドリなど名手を揃えており、そしてベースがレイ・ブラウン、ドラムスはシェリー・マンだ。アレンジは全てルグランだが、どの曲でもブラス群はわりと控えめに鳴っており、それを背景にしたシャンクのアルトにスポットが当たるので、気持ちのいいアルトの音色を堪能できる。
<The Windmills Of Your Mind>や<Watch What Happens>
<I'll Wait For You>(シェルブールの雨傘)
それから・・・さきほどインスト・ヴァージョンが少ないと言ったばかりだが
<Once Upon A Summrtime>を、この盤でも演っていた。さすがに作曲者自身のアレンジはいい感じだ。バックの音を控えめにして、この曲のチャーミングなメロディを美しく映えるように工夫している。
それにしてもバド・シャンクは・・・音は豊かで太いしピッチも正確だし・・・何を吹いても、むちゃくちゃ巧いぞ。
もう1枚、アルトの名手~フィル・ウッズをフューチャーしたレコードがある。
ルグランはアルトが好きなのかな。
Michel Legrand/Live At Jimmy's(RCAビクター) 1973年録音~
このアルバムもやはりライブ録音である。ベースはロン・カーター、ギターにジョージ・デイヴィス、ドラムスはグラディ・テイト。サックスなしのカルテットでbrian's songやI'll wait for youを演っているが、やはりウッズの入った watch what happens や you must believe in spring の方が楽しめるようだ。you must~でルグランがエレピを弾いているのがちょっと残念だ。
もう1枚、CDを紹介しよう。こちらはだいぶ新しい1993年録音のCDである。
バド・シャンク、バディ・コレット、ビル・ワトラスらをフューチャーした中編成コンボで、ベースはブライアン・ブロンバーグ、ドラムスはピーター・アースキン。自作曲ばかりをコンパクトにアレンジしたすっきりした演奏ばかりで、しかしどの曲もメロディがいいので、楽しめる1枚だと思う。僕はCDを全編通して聴くことはめったにないのだが、このCDはたまにかけると・・・たいてい1枚通して聴いてしまう。
さて、ここでもう一度、ビル・エヴァンスを登場させないわけにはいかない。
思うに・・・エヴァンスは、ルグランの曲を相当に好きだったようだ。モニカ盤でも once upon a summer time をしっとりと実にいい感じで伴奏していたし、自分のリーダーアルバム~Montrex Ⅲ(fantasy 1975年)でも前述の<The Summer Knows>をベースのエディ・ゴメスとのデュオで演奏している。
この<The Summer Knows>は「おもいでの夏」という邦訳にもなっている。
この曲は・・・本当にルグランの傑作だ!
囁くように始まるメロディ・・・どことなく寂しいような雰囲気が漂う。海辺の空が暗い雲で覆われているような感じだ。そしてその同じメロディがしばし続くと・・・空気感が微妙に変化する。曇り空の切れ目から光りが差してきたような・・・まさにそんな感じなのだ。(実はこの時、全く巧妙にハーモニーが「短調から長調」へと、すり変わっているのだが、ルグランの凄いところは、そういう手法が技巧だけに終わっていないことだと思う)
そしてメロディは徐々に盛り上がる・・・とはいっても大げさに盛り上がるわけでもなく、抑制感をもって徐々に高まってくる・・・しかしその静けさの内側には、溢れんばかりの情熱が感じられる・・・そんな気配を感じる素晴らしいメロディの展開なのだ!
そんなエヴァンスが、大好きだったであろうルグラン曲がある。
<You Must Believe In Spring>である。
これも寂しげな気配の曲で、なにか人生の黄昏(たそがれ)みたいな・・・しかしそこにはしみじみとした情感が溢れている・・・そんな雰囲気を感じてしまうのは僕だけだろうか。
エヴァンスは、リーダーアルバム~You Must Believe In Spring(warner 1977年)を残しているが、実はこの曲・・・1年ほど前にトニー・ベネットとの共演で吹き込んでいるのだ。たぶん・・・エヴァンスはこのルグラン曲を、ベネットとの吹き込みで、気に入ったのだろう。
Tony Bennette & Bill Evans/Together Again(improv)1976年録音
このTogether Again・・・どの曲も素晴らしいが、特にこのYou Must Believe Springは絶品だと思う。このデュオは・・・心に沁みる。どちらかというと声を張り上げ歌いこむ・・・というイメージのベネットだが、このルグランの名曲では、意外なほど声量を抑えている。ぐぐ~っと力を込めて声を抑え込んだような~ただ力を抜くのではなく、全身全霊を持って声量をコントロールしているようなピアニシモ~そんな囁(ささや)くような歌い方で、この曲の繊細なメロディを浮き彫りにしている。そのベネットの気迫に、エヴァンスも一歩も引かない。短いがこれまた気迫のこもったソロでベネットに応える。だいぶ前の<夢レコ>にもチラッと書いたが、このエヴァンスとベネットのデュオは、本当に素晴らしい。一流の腕を持った2人の武士が、間合いを計りながら静かに対峙しているような・・・そんな風情を感じさせる格調の高いヴォーカル盤である。僕はこのレコードで「ヴォーカル」というものに開眼したとも言える。そのくらい「唄心」というものを感じるレコードだ。
ルグランのメロディには、いつもちょっと寂しげな感じと、しかしそこはかとなく流れる温かみ・・・そんな感じがあり、どの曲も情感に溢れている。ヨーロッパの香りというか・・・クラシック的ロマンティシズムというか・・・とにかく、メロディがキレイなのである。そしてそのメロディを支えるハーモニー(和音)の進行が、これまた見事なのである。
他にもルグラン曲にはいいものがあるので、以下に記事中の曲も含めて、曲名だけ挙げておく。
<what are you doing the rest of your life?>
<how do you keep the music playing?>
<Brian's song>
<once upon a summer time>
<the windmilles of your mind>(風のささやき)
<the summer knows>(おもいでの夏)
<you must believe in spring>
<I'll wait for you>(シェルブールの雨傘)
・・・今回、僕はたまたまミシェル・ルグランを挙げたが、「好きだ」と感じるメロディやハーモニーは、もちろん人それぞれだろうし、全くそれでいいのだと思う。
だから・・・世評だけに囚(とら)われるのではなく、自分自身が聴いてみて「好きだな」と感じとることのできた作曲家やミュージシャンが少しづつ増えていくこと・・・それは、音楽を聴いていく上でとても大きな楽しみなのだと、強く思うのだ。
そういえば・・・「シェリーズ・マンホール」で触れた、Wally Heiderという 録音engineer氏のことも、僕なりの「新発見」かもしれない。だから・・・ちょっとうれしい(笑)
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