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2006年4月 6日 (木)

<ジャズ雑感 第16回> オスカー・ピータースンとVerveレーベルのこと。

僕にとっての少々の不幸、あるいは幸福。

ジャズが好きだ。ジャズのいい演奏が好きだ。だからレコードを聴く。そうして好きな演奏の入ったレコードは何回でも聴くことになる。しかし、そんな風に好きであるがゆえに「気になること」もある。レコードの音質である。好きなレコードはいい音質で(もちろん盤質も含めて)聴きたい。これは・・・特にアナログ盤に踏み込んでジャズを聴いている方には全く共通な気持ちだと思う。_003
                     《オスカー・ピータースンのclef盤。Nostalgic Memories(1951年)         
     とても好きなジャケットだ。見ているだけでちょっと幸せな気分になってくる》

ちょっと前まで・・・・ 「同じレコードを何種類も持つ」なんてことは全くばかげてる・・・と考えていた。~日本盤でも外盤でもいいじゃないか、とにかくその盤の中身を(その演奏)聴こうよ。その方が大事だよ~という気持ちだった。今も根本的には考えは変わってないのであるが・・・このところ、そんな信条とは大いに自己矛盾した行動をとっているようだ(笑)
内容が気に入ったタイトルについては、日本盤だけではあきたらず、そのオリジナル盤(2nd,3rdも含めて)を、隙さえあれば集めようとしているのだ。
「隙」というのは、つまり・・・「お買い得であれば」という意味である(笑) そうして、本当に「オリジナル盤」は、国内盤より「いい音」なのか・・・あるいはそれほどでもないのか・・・そんなことを意識し始めたのである。だから・・・このところ急激にオリジナル盤の数が増えつつある。「いい音質で聴きたい」という気持ちにウソはないのだが、一方では「比較検証自体」に楽しみも覚えている。国内盤とオリジナル盤の音質の違いは、どうやらレーベルによっても相当に違うようなのだ。全てのケースにはもちろんあてはまらないが・・・1965年くらいまでの録音音源の場合は、やはり、その時代のオリジナル盤の方が日本盤より「いい音」の場合が多いようである。
ここでいう「いい音」というのは、楽器の音色や鮮度や空気感みたいな部分に絞っての「いい音」ということだ。古い盤はどうしても盤質が悪いことも多い。(高いものだけ入手していればそうではないだろうけど) サーファスノイズに神経質な方だと、盤質がよくない段階~シャー、チリパチなど~でもうオリジナル盤にはそれほど魅力を感じないだろうとは思う。僕も、もちろんノイズを好きなわけではない。特にダメなのは「連続パチパチ」である(笑) これはscuff あるいはhair lineという表現されていることが多いのだが、要は「スリキズ」のことだろう。そのキズが短くてlight(浅い)なものなら大きなノイズにはならないが、deep(深い)な long scuffだと、もう致命的だ。一定のリズムで連続的に「パチッ!パチッ!」とくる。これはもう・・・拷問に等しい。僕がわりあい許容できるのは「単発のチリパチ」である。これならその一瞬さえガマンすれば、あとは大丈夫だ(笑) ネットのオークションなどでdescription(説明)を読むと、マメな業者だと~盤質VG+(但し B-2に3回ノイズが入る)~などと書いてくれている。その曲が大好きな曲でさえなければ、こういうごく部分的なノイズを、僕はわりとガマンできる(もちろん価格との折り合いをつけて、という意味だが) だからちょっと強がり的に言えば・・・「盤質は悪いが、音自体はいい」という表現も、充分にありうるのだ(笑) なぜガマンできるのか・・・楽器の音色が生々しいからである。管楽器やヴォーカルの音色が(元々の録音のいい悪いが一番重要だが)うんと良く感じられることが多いように思う。それにベースやドラムの鳴りが、よりクリアに聞こえることもあるかもしれない。まあそんな各論より~パッと聞いたときの「全体の鮮度・雰囲気」がより生々しくなったような印象を受ける~ということだと思う。そういう盤に当たった時はやはりうれしい。僕の場合は、かなり適当だが、日本盤の音質~ドラムやベースの具合、全体の楽器のバランスなど~から、元々の録音の良し悪しまで推測する。素性の良さそうな録音だと感じれば、そのオリジナル盤を狙うのだ。

_001さて僕が経験した中で、国内盤とオリジナル盤の音質の違いを最も大きく感じたレーベルは・・・Verveである。
Verveの国内盤は、ここ何十年ほとんど「日本ポリドール」だったはずだ。Verveというと・・・僕はオスカー・ピータースンという人を、ほとんで聴いてこなかった。いや、どちらかというと・・・無視していた(笑) 何枚かの有名盤は聴くには聴いたが、それほど愛着が湧いてこなかった。彼のピアノ・スタイル自体があまり好みでなかったとも言えるが、加えて・・・日本ポリドール盤のピーターソンやエヴァンス・・・何を聴いてもあまりいい音に感じなかった。ピータースンはともかく、大好きなビル・エヴァンスの場合でも、Verveのピアノ音には魅力を感じなかった。音圧が低いというか、線が細いというか、vividでないというか・・・もちろん僕の使っているステレオ装置も悪かったのだろうが、他レーベルで聞かれるピアノ音よりも「良くないなあ・・・」と感じることが、特にポリドールのVerve盤に多かったように思う。
ところが・・・たまたま入手した THE TRIO:Live From Chicago(Verve Stereophonic)を聴いた時、どうにも日本盤と比べると 「鮮度」「その場の生気感」みたいなものの違いに驚いてしまったのだ。さて Live From Chicago を一聴して一番に驚いたのは・・・ピアノよりもベースのレイ・ブラウンの音が、それまで耳にしていた音とは、もう全然違ったことである。ベースの音色が一枚ヴェールを脱いだように生々しく響いたのだ。そしてレイ・ブラウンが意識して弾いていたであろう、一音一音の「音圧」が、よりvividに伝わってきたのだ。同じ日のロンドンハウスでのライブ録音「サムシング・ウオーム」の日本ポリドール盤と比べても明らかに、音場全体の「鮮度」「音圧感」が違う。そんなわけで、このLive From Chicago はすぐに僕の愛聴盤になった。オレがあのピータースンを聴いている!不思議だが本当にしょっちゅう聴くようになったのだ。これには~オリジナル盤自体の凄さを発見したことだけでなく~もうひとつの理由があったのかもしれない。ちょうどその頃、アンプを真空管のものに、そしてスピーカーをちょっといいやつ(共にアメリカの60年代のもの)に換えたのだ。そしたら・・・楽器の音色に、より厚み・深みが出てきたようだし、特にベースの音圧感がよく出るようになったのだ。そのこともあって、だから余計に、レコードに入っている(録音された)楽器の音色の鮮度や厚み、音圧みたいな部分にに拘るようになったのかもしれない。いずれにしても・・・その頃からピータースンをかけることが多くなってきてしまったのだ。ピアノ弾きとしてのスタイル(「精神性の部分」といってもいいかもしれない)が好みでない、という理由で聴くことを拒否していたはずのピータースン。しかしこのLive From Chicagoから飛び出てくる、なんというか・・・ピアノのダイナミズム(すごく小さな音で弾いている部分とグワ~ンと弾きこんでくる部分の落差!それから、レイ・ブラウンのベースの音圧・・・要は「出てくるサウンド自体の快感」みたいなものに、初めて気が付いたのかもしれない。オーディオ好きの方ならそんなことはあたりまえの感覚なのだろう、と推測する僕である。
ただ、正直に言うと・・・このことは僕にはちょっとした不幸の始まりかもしれない。そんないわゆるオーディオ的な部分とは関係なく、ひたすらにジャズを聴いてきたはずの僕が、「サウンドの快感」を知ってしまったのだ!ちょっと大げさだが、そんな気持ちになった。今でも少しそう思っている。不幸というのは自分への皮肉も込めてそう言うのだが、自分の興味を~いわゆるオーディオへ向かわせたくない~という妙に意固地な部分もあるし、何より限られた時間と可処分所得を、ただひたすら「レコード盤」に使いたいのだ(笑) 今のところ、自分としては・・・この真空管アンプと古い米スピーカーに換えたことで「もう充分」という区切りをつけているので(ちょっと無理やりかも:笑))現実に「不幸」になっているわけではないのですが(笑) _002

他にもピータースンの米Verve盤をいくつか持っている。有名なNight Train(1962年) West Side Story (1962年) ~Trio Plays(1964年)
それから We Get Requests(1964年) (共にT字MGMーVerve)などである。 これらを今、聴いてみると・・・もちろん日本盤よりは相当にいいのだろうが、Live From~に比べると、どうしても「鮮度感」「生気のある感じ」という点でやや落ちるようだ。あれほどの「凄い音」ではないように感じる。
僕は「ライブ録音好き」だ。だから、あるいは・・・これらのスタジオ録音からはライブでの臨場感を得られないために、それほど「いい録音」と感じないだけかもしれない。但し・・・We Get ~と West Side ~の2枚は、レイ・ブラウンのベースに関しては、かなりいいように思う。右チャンネルから、レイ・ブラウン特有のあの重いビートのベース音が聞こえてくる。同じVerveというレーベルの中のピータースンに限っても、こんな具合に違いがあるのだ。そんなわけで・・・ピータースンのVerve盤で、僕が本当に「凄い音」(ピアノだけでなくベースやドラムスも含めた録音として)と感じたオリジナル盤は、まだこの「Live From Chicago」1枚きりなのである(笑)こうなると・・・ピータースンもVerve盤は、全てStereophonic ラベルで揃えたくなってくるのだ(笑) ただどのタイトルにStereophonic ラベルが存在するのかもはっきりとは判らない。Stereophonic ならどれもこれも素晴らしいのか?それもはっきりしない。僕はそう確信しているが・・・いろいろなお仲間からの情報では・・・どうやらことはそう単純ではないらしい(笑) Stereophonicでも、古いモノラル録音を加工したものはダメなんだろうし、また逆にT字Verveでも、エラの「クラップ~」のように凄い録音(という定評あり)の盤もあるのだ。一般的には・・・いわゆるVerveのT字ラベルでも、MGM-Verveと、それ以前のVerve Inc.と比べると、どうやらMGMが付かない方(古い)が、音はいいらしい、ということも判ってきた。それから、録音年代が1963年くらいからのタイトルは、おそらく「MGM-Verveラベルがオリジナル」のはずなのだが、 1962年くらいまでの録音のもののオリジナルプレスがどのラベルなのかも、よく判らない。
いずれにしても・・・タイトルごとでの「音質の出来・不出来」は、レーベルと年代で全て決定されるわけではなく、その時々の「録音のいい悪い」によって・・・全然違うものになってしまう、ということかもしれない。そのタイトル毎での違いと、プレス時期の違いと、さらに個体差(盤質コンディションなど)も大いに出てくるわけで・・・こりゃあ全くキリのない世界ではある。

今は、少なくともピータースンのVerve盤に関しては・・・間違いなく国内盤より米盤の古いプレスの方がいい、と確信している。そしてVerve以前のClef,Norgranは、録音年代が古いものでも、アート・テイタムやピータースンのピアノの音色も~独特の鋭さ・温かさのあるいい音なのだ~それから特に、サックスなどの管楽器の音色が別格の音~これはもう音色の鮮やかさ、音圧、厚みなど素晴らしいのだ・・・管楽器から出てきた空気の塊りが、実体の「気配」を持ってそこに飛び出てきたかのような音~であることも~数少ない手持ち盤を聴きながら~だんだんと判ってきた。音だけでなくジャケットも含めての「時代の雰囲気」・・・これには抗しがたい魅力を感じる。

 《ピータースンのclef盤3タイトル~「背中シリーズ」1枚だけ、[Harold Arlen]を入手。左の盤は[Plays Count Basie]、下にちょっと見えるのは[Recital by Oscar Peterson]  盤はどれも重く、それがうれしい》
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この辺りの「気配」や「雰囲気」にマイッた方は皆、数少ないオリジナル盤を狙う。だから・・・Clef,Norgranは、世界中、どこでも値段も別格のようだ(笑) 仕方ない。それだけの魅力があるのだから・・・。
いずれにしても・・・僕はこれからも大いなる自己矛盾を抱えながら、それでもレコードを集めていくのだろうなあ・・・(笑)

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