<思いレコ 第7回 トニー・ベネットとビル・エヴァンスとのデュオアルバム>
少し前に<思いレコ 第6回 ビル・エヴァンス>のところで~歌詞なんてただの言葉じゃないか~と書いた。「インスト」においては、楽器で表現する「音」というものが全てであり、だから、あるスタンダード曲のテーマを吹く(弾く)時、その曲の歌詞を思い浮かべながら・・・というようなことは不自然なことだ、ということを言いたかった。唄には歌詞が必要だが・・・インストには歌詞は必要ない。いかに、楽器を唄わせるか・・・それだけだ。
こんな僕だが、たまには、ヴォーカルのレコードも聴く。あの記事の最後の方にも書いたが、僕が「ヴォーカル」というものに目覚めたのは、エヴァンスとトニー・ベネットのデュオアルバムからだった。聴いていて「ああ・・・ヴォーカルというのもいいもんだなあ」と素直に思えたのだ。
エヴァンスとベネットのデュエットアルバムは、2枚ある。
The Tony Bennett Bill Evans Album(fantasy) ビクター 1975年
伴奏はエヴァンスのピアノだけ。全曲が、ベネットとエヴァンスのデュオだ。
この盤は・・・82年10月に入手している。当時、エヴァンスの音は何でも聴いておきたかったので、この「ヴォーカル」のファンタジー盤も入手したのだろう。たぶん、この時まで「ヴォーカル」のレコードを、ほとんど買ったことがなかった。ジャズをどんどん好きになってきていて、まだまだ聴きたい、いや、聴かねばならぬインスト盤が山ほどあったので、ヴォーカルものにまで手を拡げることは、とても無理だったのだ。
ここでひとつ告白すると・・・僕はエヴァンスを大好きではあるが・・・ソロピアノでのエヴァンスを、実はそれほど好きではない。ソロピアノの世界では、モンクやダラー・ブランド、ランディ・ウエストンの方が好みなのだ。モンクは、ソロピアノの場合は、最初から「タイム」を自由にしているかのようで、全編ルバート、というか自由自在にタイムを伸縮させているようだ。むちゃくちゃにタメて弾いたり・・・わりとキッチリとインタイムで弾いてみたり・・・だけども聴いていて、何の不自然さも感じないだ。 むしろ、コンボでのソロパートでの方が、モンク独特の「タイムの歪ませ方」が、自ずと限定されてしまう場面もあるようだ。
エヴァンスのソロピアノは・・・ルバート風なところとイン・タイムなところが・・・何かこう「構成」として成り立っているようで、聴いていて、ちょっとだけ窮屈なイメージがあるのだ。モンクのソロピアノからは、そんな窮屈な感じを受けない。エヴァンスは・・・だから、ソロピアノの場合でも、常に「タイム」を強く意識しているタイプのピアニストなのだと思う。
しかし・・・そのエヴァンスの「タイム意識」が、こういうヴォーカルアルバム(ピアノだけの伴奏)では、すごく「生きた」のだと思う。このデュオでのエヴァンスの伴奏の素晴らしいこと! どの曲も、エヴァンスの短いイントロ~テーマにベネットの唄~エヴァンスのソロピアノ~ベネットの唄~というパターンなのだが、後半、ベネットが「どこ」から入るか~くらいは、もちろん決めてあったとは思う。そして、エヴァンスという人は、そういう「適度な枠」がある方が、自分ひとりだけのソロ演奏よりも~展開がやや冗長になり「構成的」になりすぎる感じがある~かえって素晴らしく職人的な技を見せてくれるようだ。ルバート的に弾く場面とキッチリとタイム・キープをする場面。その辺りの調節は、ソロピアノゆえに柔軟にやりくりできるのだ。エヴァンス独特のタイム感(つっこむような)と独特なフレーズで・・・もう完全に自分のの世界を創ってしまう、エヴァンスのソロ。普通の唄伴での「つなぎ」という感じのソロではない。ここまで自己主張のあるジャズのアドリブを「唄伴」でやってしまうエヴァンスという人・・・素晴らしい!
そうしてさらに唸るのは・・・これほど突出したソロピアノの地平から、今度は「唄伴」のピアノ弾きとして、そこから見事に、自然に、無理なく、「唄がスタートした時のテンポ」に戻してくることだ。ベネットの出だしのちょっと前には、見事にテンポを安定させる。運転の巧い人が、シフトダウンとアクセルワークを巧みに操って、とてもスムースに減速したような感じだ。だから・・・「ああ、ここで唄が入ってくるぞ」と思わせてくれるのだ。そして、やはりそこから、ベネットの唄が入ってくる。トニー・ベネットの声は、ややくすんだようなしわがれた声だ。ベネットというと、声を張り上げるようなイメージがあると思うが、このアルバムでは、そのような場面はほとんどない。ゆっくりとしたバラード風が多いのだが、この声で、歌詞の一言一言を、ていねいにかみしめるように、唄いこんでいく。唄の最後に、声が消え入る瞬間まで気持ちがこもっているような唄い方だ。
<young and foolish>
<some other time>
<we’ll be together again>
どの曲にも・・・深い味わいがある。何度も聴いてきたこのデュオアルバムを、このところ、再び2度3度と、聴いている。その度に
感じることは・・・2人の作り出す世界~その雰囲気、色彩みたいなものが、見事に調和していることだ。そしてその調和は・・・
2人がただ無難に合わせようとしたのではでなく、ひとつの曲の中で、それぞれの個性をぶつけ合いながら、それでいてお互いが見事な
バランス感覚を発揮し、そうしてその曲を仕上げていく~そんな中から生まれた調和なのだと思う。そんな厳しくも美しい表情が、このアルバムにはある。2人の「唄」を聴くことで、なぜかしら・・・人生の、厳しさ、寂しさ、そして温かさ、を感じさせてくれる。
本当に素晴らしいヴォーカルのレコードだと思う。
この「トニーベネット/ビル・エヴァンス・アルバム」を聴いて、ベネットを好きになった僕は、いくつかベネットを入手した。
Tony Bennett & Bill Evans/Together again(improv)テイチク 1976年
デュエット続編の improv盤もすごくいい。
fantasy盤に比べると、ちょっと地味な曲が多いが、逆に、それがいいとも言える。
バーンステイン作の<lucky to be me>やミシェル・ルグラン作の<you must believe in spring>は、素晴らしい。
それから、けっこう愛聴している2枚組LPがある。
Columbiaレーベルからの「ジャズの曲」を集めた2LPの「ジャズ!」だ。たしか80年頃に発売された盤だ。この2LPには、スタン・ゲッツやエルヴィンとの未発表セッション3曲ほどが収録されていた。
この中の1曲、<Danny Boy>は、なかなか素晴らしい。ゲッツとエルヴィンをバックに唄うベネット・・・かっこいいです。
ベネットの古い時代のもの。これは、どれも悪くない。そりゃあそうだ、トニー・ベネットは、もともとジャズマインドの強い唄い手で、
すでに1955年くらいから、ジャズっぽい内容の盤をあまた出しているのだから。初期の2~3枚だけ挙げておく。
Cloud 7(1955 columbia) チャック・ウエイン(g)など。(未入手。konken氏が所有。ときどき聴かせていただいている)
the beat of my heart(1957 columbia) ブレイキーやチコ・ハミルトンなど。(近年のCBS再発盤を入手)
strike up the band(1959 roulette ) ベイシーとの共演。(CDです・・・)
ああ、そうだ。初期のもので、もう1枚、とてもいい盤がある。
Tony Bennett Sings a String of Harold Arlen(columbia 1960年)だ。僕の手持ち盤は、残念ながらCDだ。(CBSソニー)
ハロルド・アレンは、昔から好きな作曲家だ。地味だが、いい曲がいっぱいある。作曲家と唄い手の相性、というものもあるようだ。そして、トニー・ベネットとハロルド・アレンの相性。これが・・・抜群にいいのだ。
ベネットの「ちょっぴり幸せな気持ち」にさせてくれるような唄い方・・・これがハロルド・アレンのメロディとよく合うのだ。
<I’ve got the world on a strings>
<over the rainbow>
<when the sun comes out>
が、特に好きだ。
ああ、それにしても・・・世の中には、「いい曲」がいっぱいある。ジャズは・・・まだまだ止められない。
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コメント
67camperさん、こちらにもコメントを、どうもです。capmerさん、HPで2枚もベネットをフューチャーされてたんですね。
シャロンとのデュオ盤~Tony Sings For Two~僕も好きです。CBSソニー盤でガマンしてますよ(笑) あのジャケットの2人のシルエット・・・最初、写真かと思ってたんですが、どうも絵のようでもあるし。それにしても・・・やけに長めにデフォルメされてませんか?(笑)
投稿: bassclef | 2006年3月19日 (日) 10:08
bassclefさん。こんばんわ。
古い記事にコメントで申し訳ありません。自分もベネットは大好きです。やはりベネットといえば、ピアノはラルフ・シャロンです。メリケンさんの投稿にある"When Lights are Low"とエバンスともDUOやってますが、シャロンとのDUO"Tony Sings For Two"がfavoriteです。
ともに自分のwebの方に以前とりあげていますのでよろしければどうぞ。
http://mb.scatv.ne.jp/~masa10/tonybennett1.html
http://mb.scatv.ne.jp/~masa10/tonybennett.html
投稿: 67camper | 2006年3月18日 (土) 20:24
D35さん、いい音楽の入ったいい音の盤であれば、オリジナル盤・日本盤・2nd、なんでも
いいですよね。D35さんが言われるように、日本盤のジャズ復刻でも、古いものの方がいい場合もあるみたいですね。ポリドールが出していた「ジャズ!」(リバーサイド原盤)とか1750円とかの定価の日本ビクターのプレスティッジとか・・・案外、いい音ですよ。やっぱり、マスターテープとかの鮮度の問題ですかね。
投稿: bassclef | 2005年11月23日 (水) 09:15
メリケンさん、わざわざどうもです。ライブでコンガ・・・僕は、ベネットのベスト20というLP(伊)をよく聴いたのですが、そのLPで、けっこう長いコンガ・ソロとベネットが「キャンディード!」と紹介するのを聴いた記憶があります。
多分・・・あれが「「イン・パースン」の音源なんでしょうね。いや、でもベネット・・・ライブのレコード多いですからね。ベネットは、聴衆を楽しませる、という技も超一流ですよね。
投稿: bassclef | 2005年11月22日 (火) 20:29
私がオリジナルにはまったのはまだごく最近です。まだこだわっていない頃、中古屋(バナ・レコ・・)で見つけたアメリカのPOCOの1stらしきレコードがやたら生々しく聴けて「なぜだろう?」と思ってました。けどその頃はJazzをやたらと集めるのに夢中であまり聴きませんでした。今また聴き返しても良い音してます。
bassさんが言われるように、2ndでもゲルダーの刻印のあるものは良い音していますね。
最近、金子由香利の銀巴里ライブを2枚手に入れました。やはりマト№の古い方は全然生々しさが違います。日本盤でも良い物はいっぱいありますね。
投稿: D35 | 2005年11月22日 (火) 19:53
ライブです。誰かは知らないのですが、確かにコンガの入った曲は、あります。
投稿: メリケン | 2005年11月21日 (月) 22:42
54さん、コメントどうもです。いやあ・・・<夢レコ>11月に入ってなかなか更新できませんでした。気の利いた「ストーリー」はそうそう湧いてきませんので・・・だんだんと「レコード紹介」になっていきそうです(笑) まあでも、その中にいろいろと自分の思い込みを書いていこうと思ってます。ときどき覗いてみて下さい。
54さんの方、何かオーディオが素晴らしくなってきたとのこと。スピーカーとの距離が近くなって聞こえてくるミンガスやらタッカー・・・こりゃあ・・・ますます迫力が出ちゃいますね(笑)
投稿: bassclef | 2005年11月20日 (日) 18:12
D35さん、いつもありがとうございます。ベネット、シナトラ、トーメ。男性ヴォーカルも悪くないですよね。といっても僕も「たまに」聴くだけですが。トーメは、ラジオやら有線でぱっとかかると・・・すごくジャジイ(jazzy:死語かな?)でいいんですが、レコード/CDは、あまり持ってないのです。ペッパーからみで2~3枚だけです。シナトラは・・・やはり別格です。できたら10インチオリジナルを集めたいくらいです。(現状は、ほとんどCDと国内盤ですよ:笑)
OJC~僕も、まず内容を聴きたいので、それならOJCで充分です。 ただ、プレスティッジ「青・イカリ」くらいまでのの2ndでも、RVG刻印のものは・・・やはり「音圧」「音色」に一回りコクがあるようですね。
まあそうは言っても・・・オリジナルや2ndと聴き比べさえしなければいいんです(笑)
投稿: bassclef | 2005年11月20日 (日) 11:01
swanさん、いつもコメントをありがとうございます。
>推薦のディスクが堪らなく聴きたくなってくるのは~いやあ・・・うれしいような苦しいような(笑) とりあげる盤は、もちろん僕が気に入ってる盤がほとんどです。「好み」が近ければ、がっかりさせることはないと思いますが、もしダメだった場合は・・・「なんだ、あいつ、あんなにほめてやがったくせに」と、ののしりながら・・・ご容赦下さい(笑)
エヴァンスのそのCD、持ってますよ(笑)リハーサル・テイクっぽいですね、あれは。唄いはじめる前に、エヴァンスが、「ひしゃげたような声」で、何やら・・・
「録音しておいた方がいいよ」(自分が歌う、なんてことはめったにないからかかな)と言ってるようですね。エヴァンスの唄・・・ヘタですね(笑)
投稿: bassclef | 2005年11月20日 (日) 10:51
メリケンさん、こんにちわ。ベネットをすごくお好きなようで、こちらもうれしいです。ベネットの唄には・・・「甘くてビター」ていう不思議な味わいがありますよね。好みによっては・・・ドラマティックすぎる、と感じるかもしれませんが。「インパースン」~これ、ライブでキャンディドのコンガがたくさん出てくるやつでしたか?
投稿: bassclef | 2005年11月20日 (日) 10:42
最近、サボってます(笑)
久しぶりに覘いてみると、もう2つも更新されてました・・
エバンスとトニー、B面、1・2とワルツ・フォー~のA面、1・2と同じですねー。 意識的なのかな~? いいものはいい、そうゆうものですね。
投稿: 54 | 2005年11月19日 (土) 20:30
トニー ベネット、いいですね。私はわりと最近中古で手に入れました。そのとき2枚あってFANTASYのオリジナルとOJC(新品)再発、もちろんオリジの方を買いました(笑)。
bassさんの言われるように、トニーのしわがれた優しい?声とエバンスのピアノとのコラボ、気持ちよく聴ける1枚です。
その前に集めていたシナトラやメルトーメに少し飽きていたところで女性ボーカル買いに走っていたのがまた男にも目が行くようになった1枚でした。
ところで皆さんよくOJCは音が今一だと言われますが、私には気に入ったレコードが何枚もあります。エバンスのビレッジバンガードは全部そうですし、バーバラ リーなんかは良い声しています。
これからトニーを聴こうと思います。
投稿: D35 | 2005年11月18日 (金) 20:09
おはようございます。ヴォーカルに疎いので残念ながらベネットのレコード(CD)は持っていません。
エヴァンスの歌伴ものではモニカ・セッテルンドの“ワルツ・フォー・デビィ”を愛聴しています。
それにしてもbassclefさんの文を読んでいると、推薦のディスクが堪らなく聴きたくなってくるのは・・・
やはり文才なのでしょうね。(笑)ベネット・・・探してみます。
そういえば昔結婚式で叔父が“サンフランシスコ”を熱唱してました(笑)
先のモニカのCDのボーナス(?)トラックでエヴァンスがふにゃふにゃした声(笑)でサンタの歌を歌っているのご存知ですか?けっこう笑えます。
投稿: swan | 2005年11月18日 (金) 07:45
唄もの好きとしては、トニー・ベネットと聞くと、だまっていられない(笑)bassclefさんは、お持ちかもしれませんがそれ以外の彼の代表作を。まず、ベイシーとの共演盤をもう一枚「イン・パーソン」(コロンビア) 「フェン・ライツ・アー・ロウ」(コロンビア) 「シングス・10ロジャース・アンド・ハート・ソング」(インプルーブ)等々。特にコロンビアには、たくさんの素晴らしい作品があり、今も歌い続けています。ベネットといえば、どうしても「霧のサンフラン・シスコ」のイメージがありますが彼の唄うスタンダード・ソングは、どれもjジャズ・センスのよさを出していると思うのは私だけでしょうか。お金をだしても聞きにいきたい歌手のトップです。
投稿: メリケン | 2005年11月18日 (金) 02:40