<ジャズ雑感 第9回> ペッパー/モダン・アート
好きなバラード(アルト編)
バラードが好きだ。スタンダードソングというもの自体にも興味があるのだが、とりわけ、スロウなテンポで演奏されるバラードという様式が好きなのだ。そのミュージシャンの真価は~ヒラメキあるフレーズとか、リズムのタメとか、音色の味わい深さとか。そんなものをまとめて・・・「唄心」と呼んでもいいかもしれない~バラードにおいてこそ、発揮されるものだと思う。
いいバラードを聴くと・・・いっぺんにそのミュージシャンを好きになってしまう。好きな演奏は、もういっぱいあるのだが・・・今回は「アルト編」ということにして、思いつくままに、いくつか紹介したい。
ルー・ドナルドソン<the things we did last summer>1952年
このバラードは、ドナルドソンの有名な「Quartet, Quintet, Sextet」(bluenote)のカルテットでのセッションでのテイクなのだが、このLPには収録されていなかった。2枚の10インチ盤からセレクトして、1枚の12インチ盤として再発される場合、何曲かがカットされることがよくあるのだが、地味なバラードの<the things we did last summer>もカットされたのだ。だから、この曲は、長い間、相当なドナルドソンのマニア(ブルーノートの10インチ盤:BLP-5021を持っていた方)以外には、その存在を知られていなかったはずだ。僕がこの1曲を知ったのは、たまたま入手した「インチキCD」からである。正規発売のCDの定価がまだ2800円とかの頃に、よくスーパーなどで「1000円CD」が売られていた。たいていは、ポピュラー系の有名ミュージシャンのベスト物だったが、この1000円ものに、なぜかブルーノート音源(ベストものではなく、LP単位。その未発表テイクもついていた)のシリーズがあった。僕の場合、ブルーノートには、まだ聴いたことがない盤がけっこう多かった。だからその音源が1000円で入手できる、というのは魅力的だった。しかし・・・ジャケは、安っぽいイラストのもので、もちろんオリジナルのタイトルなど全く表記されてないので、収録曲名をたよりに~ちょうどその頃、発売されていた「完全ブルーノートブック」と照合したりして~「元LP」を特定していったのだ。そんな風にして、このシリーズからは、興味の強い順に、いくつかのタイトルを買った。そうして、真っ先に買ったのが、「ルー・ドナルドソン」(4,5&6+未発表5曲)である。(90年2月に入手)
ルー・ドナルドソンは、54年録音のブレイキー「バードランドの夜」~クリフォード・ブラウン目当てに聴いていた~でのアルト吹きで、けっこういいアルトだなあ・・・とは感じていたので、この「4,5&6」は、聴いてみたかったのだ。
Roccusとか、ちょっとエキゾチック風な変わったメロディのオリジナル曲が多い。多分、ホレス・シルヴァーの趣味だろう。
そんな中にポツンと・・・このスタンダードソング<the things we did last summe>がはさまっていた。ドナルドソンの音色というのは・・・ホッジスほどではないが、けっこう濃厚だ。「甘くて重い音色」といってもいいかもしれない。それでいて、フレーズの唄い回しは、案外に粘らずあっさりした味わいでもある。この<the things~>は、出だしから、メロディが無理なくきれいに展開していくのだが、そのメロディを、それほど崩さずに淡々と吹くドナルドソン。その淡々さに却って、夏が終わったあとの一抹の寂しさ・・・みたいなイメージを覚えてしまう。僕の勝手な思い込みなのだが(笑)
ドナルドソンは、一般的なイメージとしては・・・バップ~ハードバップ時代のガッツあふれるアルトの名手、という感じかもしれないが、実は・・・バラードの名手でもあったのだ。
<street of dreams>(Jimmy Smith Trio + LD/1957年)や、
<polka dots & moonbeams>(Gravy Train/1961年)も素晴らしい。ドナルドソンという人は・・・バラードでは、
もうテーマを吹くだけで、充分にその曲を「謳い上げる」ことのできる人のようだ。「甘くて重い音色」のおかげだろう。
1952年に録音されていた、この<the things we did last summer>は、その「バラード唄い」の源流とも言える
名演だと思う。ルー・ドナルドソンを特に嫌いではなく、そしてバラードが好きな方~そうして12インチの「4,5&6」しかお持ちでない方は~ぜひ聴いてみて下さい。(多分・・・東芝が出した2800円の頃の未発表テイク入りCDに収録されてます)
アート・ペッパー/モダン・アート(東芝LNJ-70080)
イントロ原盤なのに、ブルーノートのセンターラベルに妙な違和感が・・・(笑)
アート・ペッパー<Bewitched>(Modern Art/1957年)
こういう風にスロウで演奏されるバラードでのペッパーの「ヒラメキ」というもの、これはもう、絶対に素晴らしい!ペッパーのアドリブというのは、その曲のコード進行に合うようなノート(音)を拾っていく、というようなレベルではない。吹きながら、「パッ」とひらめいたアイディアを、もうその場で「パッ」と音にしたようなフレーズ(というより音程をベンドさせたような「サウンド」、時には「叫び」という感じだ)の連続である。アドリブの最中に「叫ぶ」サックスプレイヤーならいっぱいいる。中には、「叫び」そのものを、強引に自分の「唄」にしてしまったかのようなアルバート・アイラのようなミュージシャンもいる。サックスそのもののサウンドが好きな方には、それもある種の快感ではある。ただ・・・バラードにおけるペッパーが、ひときわ素晴らしいのは、そのような直感的ヒラメキの「叫び」をアドリブのあちこちに配しながらも、その一方で、その曲の「元メロディ」の断片も出し入れしながら、ちゃんとアドリブ全体をうまい具合に構成している(バランスを保っていける)ことなのだ。
僕がペッパーという人に目覚めたのは、なんと言ってもこの「モダン・アート」からだ。長い間、いわゆる幻の名盤と呼ばれていたこの盤は、ジャズ雑誌などでその存在を知っていただけで、「音」までは聴くチャンスがなかった。東芝がブルーノート未発表音源のソニークラークトリオなどをLNJナンバーで発売し始めた頃、イントロ原盤のこの「モダン・アート」が、なぜかブルーノートのセンターラベルで発売されていたのだ。その少し前からアメリカでは、ブルーノート音源が、マイケル・カスクーナが監修の2枚組シリーズとして発売されていた。ロリンズの「ヴィレッジ・ヴァンガードの夜」の未発表2枚組も、このシリーズで出たのだった。そのシリーズの中に、「イントロのモダン・アート」と「コレクションズ」のカップリング2枚組もあったはずで、それを受けての、東芝~ブルーノートのラベルでの発売だったのだろう。僕は、だいぶ後になってからの86年8月に中古で入手したのだが、このLPの宣伝コピーがすごい(笑)
<「幻の名盤ブームに終止符!事ある度に蒐集(しゅうしゅう)熱を煽ったイントロのアートペッパー遂に発売成る!!>
ビックリマークが2つもついて(笑)・・・今となっては大げさなコピーだが、当時は、少なくともペッパーのマニアには、全然おおげさなものではなかったはずだ。実際、聴いてみて・・・僕はすぐにこのレコードの素晴らしさにノックアウトされた。どの曲にもペッパーの、その全くありきたりではないフレーズが、溢れ出ている。<Bewitched>以外にも、when you’re smiling,stomping at the savoy,それから what this things called love などスタンダードも多く、それにA面の始めとB面の終わりに、ブルースも配しており、選曲のバランスも実にいい。どの曲もいいのだが、そんな中でひときわ光り輝いているのが、この<Bewitched>なのだ。ペッパーは、テーマを1コーラスだけ吹くのだが、しかしその1コーラスが、どうにもこうにも素晴らしい。元メロディを吹きつつも・・・その合間合間に、ひらめきフレーズが溢れ出してくる。そうして、そのヒラメキが、メロディを崩しにかかる。それを懸命に抑えているかのようなペッパーだ。どう聴いても「こんな風に崩そう」などという意識的な崩し方ではない。大げさではなく「心を無にして」ヒラメキのままに心のおもむくままに吹いてる・・・しかし、もう一人の醒めたペッパーが「元メロディとのつなぎ」をもコントロールしている・・・そんな感じなのだ。
そして・・・ピアノのラス・フリーマン、この曲でのこの人のソロも思わず唸るほど、素晴らしい。個性的なゴツゴツしたようなフレーズで、自分の唄を唄いきる。サビからは・・・さあ、またペッパーの出番だ。フリーマンの一風変わった音使いにインスパイヤーされたのか、ここからのペッパーの「唄い」がまた凄い。ヒラメキとその抑えとが絶妙に調和し・・・もうどうにでもしてくれい!(笑)と思うほどに素晴らしいのだ。
こちらも、もし未聴の方、そして、バラードというものが好きな方は、ぜひ聴いてみて下さい。ペッパーが嫌いな人でも(嫌いな人・・・あまりいないでしょうね:笑) この曲でのペッパーは一味違う、と唸ってしまうでしょう。
ああ・・・ジャズは、ほんとに止められん!
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コメント
ああ、遼さん、コメントありがとうございます。こんな風に、ちょっと後からくるコメントも妙にうれしいものです。タメたあとのシンコペって感じですかね(笑)
>イントロのロゴがないのが淋しくて淋しくて…~判ります(笑)それにしても、あのセンターラベルって、ただの「紙切れ」なのにねえ・・・ベツレヘムの復刻盤がCBSソニーのオレンジ色とかじゃあダメなんですよね(笑) どのみち復刻なら~中身の「音」だけちゃんと聴ければいいはず~と、アタマでは思ってるんですが・・・こう何かアナログへの本能的欲求みたいな何かが、「それではダメだ!」と指令してくるようです。この辺りは、ジャズでもUKものでも同じなんでしょうね。まあほどほどにやりましょう(笑)
投稿: bassclef | 2005年10月24日 (月) 20:23
こんばんは~。
コメント遅くなっちゃいましたが、ぼくも東芝から『モダン・アート』が出たときはもうびっくりして、すぐ買ったんですが、右上にイントロのロゴがないのが淋しくて淋しくて…。
ほどなくして権利がキングに移行して、イントロのロゴつき(54さんが所有のものと同じものだと思います)が出たときに、東芝盤は無理やり友だちに売りつけて買いなおしました^^;
ペッパーは『リヴィング・レジェンド』で復活した直後にライヴを見にいきましたが、フリーキー・トーンでハードに吹きまくるのを目の当たりにして複雑な気持ちになったのを思い出します。
やっぱり50年代のペッパーがいちばんですね。
投稿: parlophone(遼) | 2005年10月24日 (月) 01:01
ブレイキー朝田さん、はじめまして!コメント、どうもありがとうございました。ブレイキーさんのブログも拝見しました。中古レコードもおもしろ話題、また期待しております。こちらこそよろしくお願いします。
アルトの音色っていうのは・・・根本的にどうにも「暗い何か」がありますね。テナーの「すかっと抜ける爽やかさ」と違う暗くて重い何か・・・でもそこがまたいい。ナベサダ・・・タクトの諸作は僕も大好きです。67~68年の頃は、本当に重くていい音色してますよね。
投稿: bassclef | 2005年10月19日 (水) 20:51
どうもはじめまして☆ 札幌の中古レコード屋で働いております ブレイキー朝田と申します。
L.ドナルドソンとA.ペッパー・・・イイですよねぇ〜。この2人はまずなんといっても、アルトの音色が素晴らしいと思います。個人的には、「A.ペッパー、L.ドナルドソン、渡辺貞夫」がアルトの音色ビッグ3だったりします(笑)。
イントロのペッパーといえば、J.モレロ名義の「コレクションズ」も良いですよね。ペッパーがテナーを吹いてたりもするんで、なかなか面白い作品だたっと思います。
それでは、どうぞこれからも宜しくです☆
投稿: ブレイキー朝田 | 2005年10月18日 (火) 13:55
ああ、メリケンさん。こんばんわです。こちらへの書き込み、うれしいです。ドナルドソンの「the things~」さっそく聴かれたとのこと。91年頃に10インチ盤のフォームでも復刻されましたが・・・ひょっとしてオリジナルの10インチ盤をお持ちなのかしらん・・・いずれにしても素晴らしい!あの曲の邦題は・・・「去年の夏」だったかな?ちょっとロマンティックでしょう(笑) 何かの映画のタイトルでもありましたね(笑)
またいつでもコメント、どうぞ。
投稿: bassclef | 2005年10月16日 (日) 23:28
D35さん、こんばんわ。こちらの思いつきテーマの<夢レコ>を読んで、>ふだん聴かないレコードもこうして聴くことが~とはとてもうれしいことです。ありがとうございます。聴いてみると、またそれぞれの方でいろいろな感想があろうか、と思います。そんなことも遠慮なしにどんどんコメント下さい。
「録音」に関して~オンマイク、ライン録り、多すぎるマイクの本数からのミキシング、イコライジング・・・そういう傾向ありそうですね。60年前後のコンテンポラリーのあのスッキリした音、聴きやすい楽器の音を見習え、と言いたいですね。まあ出しているミュージシャンの質の問題もあるのでしょうけど(笑)
投稿: bassclef | 2005年10月16日 (日) 23:22
swanさん、初めまして。<夢レコ>へのコメント、ありがとうございます。ラス・フリーマン・・・地味だけど、ホントにいいピアノ弾きですよねえ。チェット・ベイカーとの共演でもいい味出してます。彼の作曲ですごくいいバラードがありますね。ご存知でしょうが・・・「The Wind」です。~寂しさ・わびしさ・そして一抹の希望・・・そんなものを感じさせてくれる名曲だと思います。ラス・フリーマンもいつか<夢レコ>でとりあげてみたいですね。
入手盤・・・Herb Gellerの“Fire Ⅰn The Westとは、渋いですね。あれ、ベースがレイ・ブラウンでしたね。CDしか持ってませんが、また聴いてみますね。
これからもよろしくお願いします。いつでもコメントどうぞ。
投稿: bassclef | 2005年10月16日 (日) 23:13
54さん、どうもです。モダン・アート、そういえば、ベースはベン・タッカーでしたね。インとアウトの2曲のブルースで、ベースだけのバッキング・・・タッカーらしい強い音としっかりしたビート感でペッパーを支えてます。いいですね、タッカーも。ホッジス・・・実は僕はこの人を、あんまり聴いてないのです。あの濃厚さが・・・まだ若輩ものの僕には味わえないようです(笑)
投稿: bassclef | 2005年10月16日 (日) 23:03
こちらでは、初めてですね。よろしくお願いします。
ドナルドソンにそんなバラードが、あったのかなと思い棚から引っ張り出してみました。ありました。少し硬質なトーン。ペッパーとは、又違う味わいがありました。どちらも良い。
勿論、モダン・アートは、大好きな1枚です。
投稿: メリケン | 2005年10月16日 (日) 21:18
朝これを見て、早速聞いてます。bassclefさんのおかげで、ふだん聴かないレコードもこうして聴くことが出来て幸せです?
最近は聴いてる間にライナーも読むようになって、bassさんのコメントと合わせて楽しんでいます。
昔の演奏はソロを取っている時バックは音も控えめに聴こえます。私にはそのほうが自然に聴こえます。
最近の録音が疲れるのは、皆オンマイクで録っている様に聴こえる為かな?とも思います。
投稿: D35 | 2005年10月16日 (日) 10:04
はじめまして。いつも楽しく拝見させていただいてます。
bassclefさんにはとてもおよびませんが、当方もジャズレコマニア歴15年になります。
モダン・アート、僕もジャズ聴き始めにとりつかれました。
ペッパーもさることながらラス・フリーマンのpいいですよね。(僕は“ダイアンズ・ジレンマ”が大好きなんですが)
先日も所用で首都圏にでたので、数年ぶりにユニオンでレコ購入しました。
Herb Gellerの“Fire Ⅰn The West” Gigi Gryce“Jazz Lab”共に地味ながらいいアルトでした。
やっぱりジャズってやめられませんね。
投稿: swan | 2005年10月16日 (日) 08:38
こんばんは。 俺って単純明快!・笑
モダン・アート、久しぶりに聴きました。
ブルース・インからいいですね~ベースの(ナント)、ベン・タッカーをバックにペッパーの色気タップリの音色でもーーいっちゃいそうになりましたーー!!・笑
その後が魅せられて、君微笑めば、ク~・・・完全にいっちゃいます・ですね!
しかし、このレコードのレーベルがBNとはなんとも違和感ありますね~僕の所有もキング盤ですがイントロのオリジナルレーベルモノだと思います。 80年ぐらいに発売されたものでしょう? 新品で買ったような記憶があります・・定かでないですが・・・
アルト・・・ここでホッジスをだすとヤッパリ反則かな?・笑
投稿: 54 | 2005年10月16日 (日) 01:44