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2005年9月27日 (火)

<ジャズ雑感 第8回> ミニ杜の会~大阪:Yoさん宅でジャズ10時間聴きまくり!

Verveというレーベル・・・Contemporaryというレーベル・・・。

先日、大阪のYoさん宅におじゃまし、いろんなレコード、CDを聴きまくりました。翌日のお昼すぎまで、計10時間強!ランダムに選びながら、多くのレコードを聴いたのだが、事前に決めていたことがある。Yoさん手持ち盤と僕(bassclef)の手持ち盤の中に<同一タイトル/センターラベル違いの盤>のものがいくつかあったので、それらを聴き比べてみることだった。その辺りに絞って話しを進めてみます。なお、デジカメ持ってくのを忘れたので、Yoさん手持ちのレコードの写真はありません。いや、持っていても・・・聴くのと話すのに夢中で、多分、写真撮れなかったでしょう(笑)

050907_001 マリガンの「The Concert Jazz Band」~
<Stereophonic>(写真なしです。残念!)
<T字MGM Verve>
<黒トランペット(モノラル)>

YoさんのStereophonic、こちらが残りの2枚、計3種の Concert Jazz Band がソファの上に並んでいる。Stereophonic盤は、どうも普通のT字Verveより、音がいいらしいぞ・・・とは思っていた。オスカー・ピータースンのライブ・フロム・シカゴ(verve:stereophonic)を愛聴しているのだが、ピータースンの他のVerve盤諸作より、格段に「音が生き生き」しているのだ。ピアノの音色につやがあり、レイ・ブラウンの音色も「よく締まったそれでいてブウンと伸びるいい音」で入っているように感じていた。これは、たまたま「ライブ・イン・シカゴ」の録音(ロンドンハウスというライブハウスでの実況録音)が素晴らしかったのかもしれないが、もう1枚持っていたエラの「シングス・ガーシュイン」これも、盤質は悪かったが、同質の良さを感じていたことから類推して・・・やはりStereophonicというラベルの盤は、「一味違うぞ」とほぼ確信していたのだ。そんな時、Yoさんがサンディエゴの廃盤店で入手したマリガンの「白」(Concert Jazz Band)が、そのStereophonicラベルだったことを知った。僕は・・・う~んと唸りました。この「白」のStereophonicラベルの存在は知っていても・・・なかなか手に入らなかったのです。そんな訳で・・・この3種の聞き比べをしよう、ということになり・・・よく考えたらこのことが、Yoさん宅へオジャマするキッカケになったような気もする(笑)

さて・・・3枚の同じジャケットを並べて2人でニンマリ。こういう風景は、見るだけでも楽しい。B面2曲の<My Funny Valentine>という同じ曲を連続して聴き比べてみた。T字Verve、Stereophonic、黒トランペット(これだけがモノラル)の順で聴くことにする。
まずT字~マリガンの吹くテーマのバックに拡がる中編成のハーモニーが、軽くふわ~っと拡がり、いい感じだ。Yoさん、「悪くないよ、これも」。ちょっとうれしい僕。 そして、Stereophonic・・・出だしではそれほど差を感じない。しかし・・・マリガンのソロが始まると・・・やはりバリトンの音色に、より一層のつやが出ているようだ。より生き生きした感じがする。Stereophonicラベルの盤は、全体に「明るく華やいだ雰囲気」が出てくるようだ。
最後にモノラルの黒トランペット~モノラルなので、ステレオの2枚に比べると、やや重く詰まった感じのサウンドだ。これも案外に悪くない。個人的には・・・マリガンのライトなサウンドにはステレオの方が似合うような気はした。しかし、「黒トランペット」ラベルも、やはり侮れない。ちなみにこの「黒トランペット」は、3年ほどまえに、大阪・梅田のLPコーナー本店で手に入れたものだった。

「ノーマングランツジャムセッション#8」~050907_003
<Clef>
<verve 黒トランペット>(Verve clef-sereis)
8月の「ニーノニーノ杜の会」で、Yoさんが持ちこんだこの盤を聴いてBoseさんが「煩悩に火達磨」になってしまった、という話し~
僕もたまたまこの盤の Verve Clef-Sereies(ジャケは同じデザイン)を愛聴していたものだから~大いに納得してしまいました(笑) それじゃあそのClef盤もぜひ聴いてみたい、ついでにVerve clef-sereies 盤との聞き比べもしようじゃないか、ということになりました。普通に考えると、Clefとして#8が出ていたものを何年か後に、Verve clef-sereies として再発したのだと思う。Clef盤の音の良さは(特にサックス)2~3枚だけ持ってるClef盤(10インチ音源を12インチ化したシリーズ)で、もう充分に知っているので、これは、相当に差があるだろう・・・との予測はついてはいた。最初にかけたのは「Verve 黒トランペット」。普段から案外にいい音と思ってたが、Yoさんのシステムでも、きゅっと締まった聴きやすくいいモノラルの音質だった。ちょっとうれいしい僕。しかし次にかけたClef盤のサックスの音が鳴った瞬間・・・やはり「違う」。何が違うか、というと・・・サックスの音色に、もっと「こく」が出てきて、より「生き生きと」した音色になった。(ように感じた) さきのマリガンのバリトンの音色と同様、違いというのはそれほど大げさには出ないが、楽器の音色に、より「つや」が出てくるようだ。そうして、その「音色を味わう」という次元での差というのは・・・そのレコードの演奏を好きになればなるほど、ものすごく大きな差に感じてしまうのだ。Boseさんの「火達磨」・・・よく判ります(笑) その後、その「火達磨」は、見事に治まった由。この盤が見つかってよかったですね、Boseさん。こちらもいつかあのClef盤、欲しいものです。

ロリンズの「Brass & Trio」(Stereophonic)~ 
これは、僕の手持ちがT字Verve。今回持参しなかったので、僕の記憶との比較。僕は、ポリドールの国内盤と T字Verve MGMを聴いているが・・・どちらの盤でも、あんまりいい録音とは言えないように思う。ロリンズのサックスにエコーがかかりすぎ、ブラス陣が入った関係からか、全体のサウンドが、どうもすっきりしないような印象がある。そこで、このStereophonic盤の登場だ。聴いてみると・・・全体のサウンドの様相に変わりはないが、やはり・・・ロリンズのテナー、グライムスのベース、そして全体のサウンドが、T字Verveよりは、鮮度が高いように聞こえた。もっとも・・・このBrass & Trioは、元々「メトロ」原盤とのこと。だから本当のオリジナルは「メトロ盤」(スタジオらしきところで吹いているロリンズとブラス陣のジャケのやつ)ということになる。一度、それも聴いてみたいものだ。どなたかお持ちでしょうか? できれば、その盤の音の「雰囲気」だけでもお知らせください。

さて、T字Verve と Stereophonic~もちろん個々のタイトルによって、状況は違うだろうが、たいていの場合なら、Stereophonic盤の方が、T字Verve よりも「いい音」だと言えそうな気がする。少なくとも僕はそう感じている。さらに・・・T字Verveでも、MGMと入るものと、それ以前のVerve Inc.というのもある。ニーノニーノのDuke氏によると、Verve Inc.は MGM Verveよりも上質とのこと。これは、同一盤でのサンプルが揃わなかったので、比較はしていない。とにかくVerveというレーベルは、難しい。mercury,Norgran,Clef,そしてVerve。Verve の中でも 黒・黄のトランペット、黒・青・赤・黄(プロモ)のT字Verve、Stereophonic、その後、ようやく MGM T字Verve・・・。これらの各タイトルが、オリジナルと再発も微妙にクロスして発売されてるようでもある。僕がマークしている<Stereophonic>ラベルにしても、どのタイトルで何枚くらい出ているのかも、全く判らないのだ。肝心の「音」にしても、「古いほど音がいい」のであれば、話しは簡単なんだが、そんなこともないようだ。そういえば、Yoさん宅で音質優秀で有名な?エラの「クラップ・ハンズ」(MGM-Verve)をちょっとだけ聞かせていただいた。何の曲かは失念したが・・・イントロのピアノの後から入ってくるウッドベースの音の生々しいこと!輝くようなベースの音色だ。びっくりしてジャケ裏を読むが・・・普通のビッグバンドの普通のベーシストらしく、バックミュージシャンのクレジットなど全くない(笑) ベースというのは(いや、どの楽器でもだろうが)あれだけ「いい音」でレコードに入ることが珍しいので、もうその音だけで、凄いベーシストに聞こえてしまうようだ(笑) だからこそ・・・ラファロやレイ・ブラウンみたいに、どのレコードでも、だいたい同じように「素晴らしい音」で聞けるベーシストというのは・・・逆説的に言えば、それこそが超一流のベーシストである証し、とも言えるのかもしれない。

今回、Yoさんとはいろんなレコードを聴きながら、いろんな話し(レーベル、録音、マイク、コンデンサーマイク、ダイナミックマイク・・・)をしたのだが、両者共に大きく納得したことは・・・<レコードやCDに入っている「音質」というのは、個々のタイトル~そのレコード・CDの録音状態によって、大きく異なっている>ということである。もちろんレーベル(録音技師)で、ある程度は、そのレーベルの傾向みたいなものはあるが、絶対ではない。よく考えてみれば・・・録音スタジオ、録音技師が同じであっても、「ミュージシャン」が違うのだ。楽器も違う。いや、同じミュージシャンでさえ、録音日が違えば、その日の気分(ノリ)、体調、技術の進歩(低下)という要素だってあるはずだ。
レコードはもともとが、一枚一枚、全く違う音なのだ。それを再生する時、だから・・・全てのタイトルが、そのまま同じように鳴るわけがない。こんなようなある種の割り切り、これには僕も全く同感だ。この後、つまり「違う」ということを認識した上での「対処」は、人それぞれだと思う。「レコードにもともと入っているバランスでいい」と思う方なら、そのまま聞くのがベストだろう。この点で、Yoさんの考え方は明快であった。まず「自分が出したい音」をしっかりと自覚している。それから<タイトルごとで音が違う。レーベルごとで音が違うのだ>ということをしっかりと認識し、そうしてそれらのタイトルを、自分の好みバランスに近づけるために「プリ前段階」で調整する、という考え方のようである。「プリ前で」と表現したということは・・・トーン・コントロールは最後の手段ということだったかもしれない。(この辺り、全く僕が勘違いしているかもしれません・・・遠慮なしに、「訂正」「追加」のコメントもお願いします・・・。
具体的には・・・その調整を<LPなら2種のステレオ・カートリッジ/「CDなら2台のプレーヤー>で実践しているのだ。タイトルごとに音が違うとは言っても、やはりレーベルには、基本的なサウンドカラー、サウンドバランスというものもある。Yoさんの中では、レーベルとカートリッジの相性で、ある程度の「棲み分け」が確立しているようだった。

以下Yoさんメール談~
~《カートリッジ2種は どちらもオルトフォンの Jubillie とSPU-SilverMisterです。CDはトランスポート2種で上にあったのがオラクルCD2000で、下にあったのがWadia3200で、DACは共通でWadia-Proです~
~私の常用のSPUは最近の機種でオリジナルに近い元のタイプではないです。ですが、やはり最新の「ジュビリー」と比べると、レンジが狭く重心が低いです。ジャズで言うと、BN,プレスティッジは完全にSPUがいいです。ジュビリーだと妙にやかましくなったり、中域が薄く聴こえたりします。コンポラ、CBS,RCAはジュビリーです。SPUだと低音が重く感じます。それ以外はレコードによってと言う感じです。同じバンゲルダーでもインパルスはジュビリーの方が良い場合が多いです》~

こんな説明も聞きながら、いくつかの同じレコードを、2種のカートリッジで聞き比べてみた。たしかにかなり違う。これはYoさんからも指摘されたが、僕の好みでは、SPUの方がいい、と思えることが多かった。いずれにしても、2種のステレオカートリッジでの変化、レーベルとの相性みたいなものを体感できたことは、とても興味深いことだった。そして、2機種のCDプレイヤーについては・・・(カートリッジでの使い分けと同じ意味合いで) ワディア=SPU、オラクル=ジュビリーとして機能させている、ということで、これには充分に納得がいく。Yoさんは、物事(オーディオ)を非常にシンプルに、しかしロジカルに考えているのだろう。そして背景として「自分の出したいサウンド(バランス)を出したい」という目的がはっきりしてるから、いろんな機器選択・調整が「ぶれてない」ように思えた。というのは・・・いい音(録音)のLPと、いいリマスタリングのCDとを「パッと聴き」した時、そのサウンドカラーにほとんど差がなかったのだ。これこそ、その機器調整が「うまくできている」(Yoさんにとって)ということなのだと思う。余談だが、CDプレイヤーにおいても、僕には、ワディアの方が魅力的な音に聞こえた。「芯のある丸みのある音」に聞こえた。あれなら、古い音源の復刻CDでも(そのCDがある程度のバランスとれていれば)すごく「アナログライクないい感じ」で聞けるだろう。

ちなみに僕は、アンプのトーン・コントロールをけっこういじる(笑) 全く使わないという「原音主義」の方が多いようだが、僕にはそのカタクナさが判らない。端的に言えば・・・レコードに入った状態が、すでにして「原音」じゃあないのだ。そうして、レコードに入っている楽器の音量バランスが、常に適正とは言えないのだ。ベース音が「大きすぎたり」「小さすぎたり」、またはドラムスのシンバル音が「うるさすぎたり」「小さすぎたり」、ピアノの高音が強すぎたり・・・そんなレコードがけっこう多いのだ。僕は、その状態を「原音」としては許容できない(笑) だから・・・そんな時、「トーン・コントロール」を積極的に使って、少しでも聞きやすい楽器バランスに(もちろん自分にとっての)調整する。そうして(僕の装置で聞く場合の)理想のベース音量バランスのレコードが、前述したオスカーピータースン/ライブインシカゴ(Verve:stereophonicラベル)なのである。このレコードでのレイ・ブラウンのウッド・ベースは・・・A・B面とも、「ややオフ気味」に聞こえるかもしれない。ややベースが小さめなバランスに聞こえる。もう少しふくらんだ響きがほしいかな?と思うくらいタイトな音色だ。しかし・・・演奏が進むにつれ、徐々にレイ・ブラウンのウッドベースの音圧・音量が上がってくる。そういう風に聞こえる。このレコードで聞こえるベース・ドラムス・ピアノの音量バランスが、自分にとっての座標と言えるのかもしれない。

Yoさん宅では、この他に Contemporaryの<Stereo>レーベル(ジャケに楕円マーク)と普通のContemporary stereo盤~
これの1st黒ラベルと2nd緑ラベル~の聴き比べもした。まずは、ロリンズの「ウエイ・アウト・ウエスト」~この盤では・・・「Stereoレーベル盤」(ジャケに楕円ステレオマークではなく「Way Out West」の下に大きく「In Stereo」と表記されているやつ)/「ステレオ黒ラベル盤」、/「アナログ・プロダクション盤」・・・以上の3種(全てYoさん)を聞き比べた。曲は<Solitude> どの盤でもレイ・ブラウンの「いいベース音」をたっぷり味わいました。
これについては・・・ニーノニーノさんのHP「こだわりの杜」(9月23日)にも書き込んだので、そこからちょっと抜粋します~
~《それでは、例えば・・・レイ・ブラウンのベース音はどうだったのか。
ソニー・ロリンズ/ウエイ・アウト・ウエスト~ステレオレーベル盤。<ソリチュード>を聴く。この盤でのレイ・ブラウンのベース音。これはもう素晴らしいの一言!全く、タイトにきりりっと締まった、しかしグウン~」とよく伸びるウッドベースの音なのだ。生のウッドベース(アンプ通さずに)聞くとこんな感じだろう、というリアルなベース音であった。真っ直ぐ聴き手の脳髄に食い込むベース音だった。続けて、同じ「ウエイ~」の「普通のステレオ盤」と「アナログプロダクション?」を聞いたところ・・・レイ・ブラウンのベースは、もう少し「ふくらみ気配」(いや、それでも抜群のレイ・ブラウンのベース音なのだが)にしてあるようだ。普通に言えば、こちらのベース音の方が聞きやすいんだろうとは思う。しかし・・・あの「ステレオ・レーベル」のレイ・ブラウンには驚いた。パブロの「エリントン&レイ・ブラウン/ブラントンに捧ぐ」も、「やや硬質でアンプで増幅していない感じの、本当のウッドベース生音」が飛び出てきました。ほんとうに凄いベーシストですね・・・レイ・ブラウンは。》~

ロリンズ/コンテンポラリー・リーダーズ(Contemporary)これは2種のみ。

黒ラベル:ステレオ(Yoさん)
緑ラベル:ステレオ(bassclef)
<How High The Moon>を続けて聴いたが・・・この黒と緑、ベースの響き、、サックスの鳴り、ケッセルのギター、バランスも音質も、ほとんど差が感じられなかった。1stの「黒」の方が圧倒的に良いのでは?と想像していた僕は、2ndの「緑」もまずまずだったので、ちょっとうれしい。Contemporaryの盤をいろいろ幅広く集め、聴きこんでいるYoさんが言うには、「Contemporaryというレーベルは、(おそらく)録音されたオリジナルテープの管理やらが優秀なので、1st,2nd,3rd どれも安定した質で、案外、大きな差がないよ」とのこと。
それにしてもよく判らないのが・・・<Stereo>レーベルである。なんだか、このレーベルにはまっていきそうな感じである(笑)
ああ・・・ジャズは底なしだあ・・・。

追伸:「聴き比べ」以外にも、素晴らしいレコードを聴きました。例えば・・・Bill Evans/Everybody Digs Bill Evans(riverside)ステレオ・黒ラベル  Wes Montgomery/Wes Montgomery Trio(riverside)モノラル・青ラベル  Erney Henry/Presenting Erney Henry(riverside)モノラル・青ラベル   Verve や Contemporary だけでなく、これらの Riverside盤も、「しっとりした」実にいい音でした。この辺りは、また別の機会に・・・。

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2005年9月22日 (木)

<ジャズ雑感 第7回> ソニー・ロリンズ/カッティング・エッジ~野ばらによせて。

相性というものが・・・絶対にある。ミュージシャン同士の相性、それから、ミュージシャンと聴き手の相性。

ヴォーカルやサックスの場合、誰かの声・音色を聴いた時に、全く理屈ではなく本能的に、「好きな声質」、「好きな音色」と感じる場合と、そうでない場合があるかと思う。もう少し正確に言うと、聴いていて、普通に聴ける場合~これは、「好きだ」とまでは思わないが、少なくとも「いやではない」のだ。ほとんどの場合は、だいたいこの感じで聴ける。ところが・・・ほんの一部の「声質」の場合・・・「ああ、イヤだな」と、感じてしまうのだ。本能的・生理的な感性の問題(だと思う)だから、どうにもならない。仕方がない。僕の場合は、女性ヴォーカルで、苦手な音色、いや声質のタイプは・・・ジュディー・ガーランドやジョー・スタフォードなのだ。キレイな声だとは思うが、響きが金属的な感じがして、僕にはどうにも「硬い」のだ。ヴォーカルの場合は、発声の仕方とも相当に関連がありそうだが、総じて・・・オペラ的発声には、なじめない。どうにもジャズ好きな人間としては・・・「ぁぁあああっ~」と声を張らした瞬間に・・・がくっとくる(笑)

僕の好きなスタンダードに<old folks>という曲がある。マイルスの 「Someday My Prince Will Come」に入ってるバラードだ。マックス・ローチの 「Award Winning Drummer」~ジョージ・コールマンやブッカー・リトルが参加してる盤~を手に入れた。<old folks>が入っていたからだ。聴いてみて・・・驚いた。というよりあきれた。がっくりした(笑) あのチャーミングな曲、バラード、あるいは、ゆったりテンポで演るしかないであろうあの曲を、なんと端(はな)から「急速調」、ガンガンの4ビートで演っているのだ。
「オールド・フォークス」は、もちろんマイルスの「いつか王子様が」の1960年のテイクで知られている。ミュートの音色がしっとりとしたバラードである。
ローチの「Award~」は、1959年11月録音ということなので、もちろん、マイルスの<Old Folks>よりも録音時期が早い。もしマイルスのあの曲を聴いた後なら・・・とてもこんな風には演れなかった、とは思う。だから・・・仕方ないとは思わない。マクリーンの<オールド・フォークス>(prestige)(「マクリーンズ・シーン」1957年に収録)があるのだ。これは、ゆったりの4ビートだ。スロウなバラードではないが、「唄モノ」としてマクリーンが、じっくりと唄い上げている。そして、僕はこの<Old Folks>が大好きである。パーカーが吹き込んだ<Old Folks>(verve)1953年もある。ギル・エヴァンス伴奏での3曲の中の1曲だ~もある。ポピュラー風のコーラスも入っており、元々のポップチューンの感じに近いかな、と思える。これもやはり、ゆったりテンポで、パーカーが朗々と吹いている。スタンダードソングというものは、どんな曲にも、それぞれが自ずと持っている個性、特質みたいなものがあるはずだ。早いテンポでガンガンが合う曲、スロウでゆったりが合う曲。中くらいのテンポが合う曲。やはりそういう資質みたいなものがあると思う。
マックスローチという人は、そんな「曲の個性」というものを、あまり考えてないのだろう。おそらく・・・彼にとって「曲」は、ドラムスという楽器を「叩く」ための素材でしかないのだろう。だから、曲の解釈という点で、あまりデリカシーというものが感じられない。少なくとも・・・この<old folks>を聞くと、そうとしか思えないのだ。そして、これも僕の好みの問題だが・・・ローチのドラムのサウンドそのものが、あまり好きになれないのだ。ローチの音色は、「高い」そして「硬い」。基本的なチューニングが~ドラムスにも、調節によって「音の低い・高い」があるのです~高いのだろう。一部のレコードの録音のせいかな?とも思った時期もあるが、どのレコードで、あの「硬い音色」なので、やはり、ローチ自身が選んだ「音色」なのだと思う。ローチという人は、人間も堅いらしく・・・ドラムプレイも、やはり「硬い」のだ。だから、ローチのドラムソロも、あんまりおもしろくないものが多い。何か・・・設計図とおりに叩いているような感じ、を受ける。エルヴィンやロイ・へインズのような「ヒラメキ」というものがあまり感じられない。「硬いプレイ」と言ってもいいだろう。全てに正確かもしれないが・・・ドラムソロとしては、面白みがない。

「ドラムのサウンド」で思いだしたのだが、モンクの「ブリリアント・コーナーズ」というレコードがある。モンクとロリンズ、アーニー・ヘンリー、ペティフォード、それにローチだ。ロリンズもヘンリーも大好きなので、<Ba-lue Boliver Ba-lues-are>もいいし、ピアノソロの<I Surrender, Dear>も最高だ。しかし・・・B面3曲目の<Bemsha Swing>だけは・・・もうどうにもこうにも、ダメなのだ(笑) いや・・・この曲自体は、「クリスマス・セッション」での好演もあり、もちろん好きなんです。しかし、「ブリリアント~」での<Bemsha~>は・・・。あの曲で、ローチは、なんと「ティンパニ」を使っているのだ!解説によると、たまたまスタジオの隅に置いてあったとのことだが・・・。この「ティンパニ」の「グワーンン」という音に我慢がならない(笑) あの響き・あの音圧・あの音量・・・思い出しただけでも、身震いする。(笑) 何か不用意に大きな音で、周りを威圧するような雰囲気・・・モンクの「ちょっといい曲」の味わいを損なってしまっている。というより、単純に、ジャズとしての演奏のバランスを崩してしまっている。モンク好きの僕には、そのように聞こえる。<オールド・フォークス>の、あの解釈とも通じる「無神経さ」というものを、感じずにはいられないのだ。

こんな風に、僕は、ちょっと苦手なローチだが・・・もちろんローチには、鋭いバッキングでの快演がいっぱりある。特に、ロリンズのvol.1(bluenote)でのJJ・Johnsonとの絡み~JJの決めフレーズに、ここぞっ!とばかりに、スネアで応戦する~この辺りは、さすがに聴き応えがある。パーカーやパウエル、それにロリンズ(1955~56年頃)らのバッキング、特に急速調の曲では、キッチリしたスピード感とバップらしい熱気みたいなものを、生み出している。この時期、ローチの他に、こんな巧いドラマーはいなかっただろう。そして・・・マックス・ローチの、あの「高くて硬い音」を好きな方も多いと思う。ローチの律儀なドラミングを好きな方も多いだろう。ローチ好きの方には、「ティンパニが堪えられない」なんてもの、全くナンセンスな話しだろうし、<Old Folks>に、別段、思い入れのない方にとってみれば、ローチが、それを急速調で演ったって、何の問題もないことなのだろう。まあ結局は・・・相性がよろしくないということだろう。ローチの発する周波数は、僕のチューナーでは、うまく受信できないのだ。だから・・・これは、あくまで僕にとっての「不幸な例」ということで、ご理解下さい。
050907

・・・ああ、ロリンズのことを話そうと思ってるうちに・・・そのロリンズのボスだったこともあるローチの話しになってしまった。「不幸な例」はこのくらいにして・・・今度は「幸福な例」、これなら、いっぱいあるぞ(笑)
さて、ロリンズ。65年インパルス盤からぐんと時代が進み・・・ロリンズとしてはかなり後期の1972年「カッティング・エッジ」というモントルーでのライブ盤がある。そのA面2曲目に<野ばらによせて>というバラードが入っている。この曲は・・・たしかクラシックの曲(シューマンだったか? 請う情報)なのだが、素朴なメロディのとても優しい雰囲気の曲だ。こういう曲を選んだ、というまずそのことに共感してしまう。そうして、ロリンズ自身が「いい」と思ったから選んだであろうこの曲を・・・テナーでいつくしむように吹くロリンズ。エンディングでは、バックの演奏を止めて、長いカデンツァに入っていく。このカデンツァが凄い。テナー1本でのカデンツァ。ロリンズ以外に誰が、こんな風に「音楽を生き生きと唄う」ことができるのか。コード進行がどうか、スケールがどうか、なんていう話しじゃあない。本当に「自分の唄」というものを持っているロリンズだから、こんなカデンツァを吹けるのだ!その長いカデンツァの終わり・・・ロリンズが再びメロディを吹くと・・・バックのバンドが「ここしかない」というタイミングで入ってくる。音楽が、ぐぐッっ!とインテンポに戻る。・・・と聴衆も思わず「うお~っ!」・・・ああ、このこの充実感、この高揚感はなんだ! ロリンズの 感じている feeling にバンドも聴衆も完全に感応したのだ!聴衆も幸せになったはずだが・・・こうしてレコードを聴いている僕らも幸せになってしまう。・・・・・この<野ばらによせて>は、本当に素晴らしい。こんな風に、ジャズ聴きの「幸せ」を、ひとつづつ積み重ねていくのは、実にいいものです。ジャズが好きだ。

みなさんの「幸せな例」・・・どんなでしょうか?思いついたら・・・お知らせ下さい。

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2005年9月15日 (木)

<思いレコ 第5回> Cal Tjader/Cal Plays Tjazz(fantasy) そして、ソニークラークのこと。

ソニー・クラーク~いさぎよくて、キレのいいタッチ。

ソニー・クラークのピアノには、「思いつめたような何か」を感じるのだ。そうして、それこそが、ソニー・クラークの魅力なのだと思う。もちろん僕にとって。
最初にソニークラークを聞いたのは、というよりパーソネルにソニー・クラークという名前を発見したのは、ロリンズの「サウンド・オブ・ソニー/riverside」だった。(僕の手持ち盤は、米マイルストーン発売のtwofer という2LPシリーズで、freedom suite と sound of Sonny のカップリング) その時は、「ああ、ソニー・クラーク・・・よく聞く名前だなあ」と思ったのだが、そのレコードからは、彼のピアノに特に強い印象は受けなかった。ロリンズの方ばかり聴いていたせいかもしれない。なにしろその頃の僕は、ピアノといえばモンクとエヴァンス、テナーでロリンズ・・・ほとんどこれだけだったのだ(笑) この極端に個性の異なるジャズピアニストを両方好き、というのも、おかしいといえばおかしいかもしれないが、「自分だけのスタイルを持っている」という点では、圧倒的に共通している、とも言える。ロリンズ好きだがゲッツも好きだ。エルヴィンを大好きだが、トニーだって好きだ。ドルフィーを聴いた後に、ハル・マクージックを聴いたっていいじゃないか。
スタイルの異なるミュージシャン、あるいは「ジャズ」「ロック」「クラシック」など異なるジャンルを同時に好きになること。このへんのことは・・・好きな食べ物にたとえると~これはだいぶ前に、何かの記事で読んだような記憶があるのだが~けっこう納得できるかもしれない。例えば~ロックを「肉料理」、クラシックを「野菜料理」、ジャズを「めん類」としよう。「めん類」が好きなあなたは、主に「うどん」を好むが、「ソバ」も好きかもしれない。たまには「きし麺」だって食べるだろう。「フォー」や「ビーフン」だってめん類に入れてもいいのだ。こんな具合に、「めん料理の種類」を「ジャズのスタイル」に当てはめれば、次は、「個々のミュージシャン」だろう。「てんぷらうどん」「鳥南蛮」「玉子とじ」・・・いくらでもある。いや、俺は絶対に「素うどんだ!」とか(笑) 

この15年ほど前から、いわゆるウエストコーストものも、好んで聴くようになっている。長い間、黒人ハードバップ系だけを聴いてきて、ウエストものに目覚めるまでにちょっと時間がかかったのだが、チェット・ベイカーやバド・シャンクの「個性」に出会い、それを好きになったことがキッカケだ。ジャズは「個性」を聴く音楽だと思う。そして、その「個性」があなたに合うか合わないかは・・・ジャズ雑誌の評からではなくて、自分自身が聴いて決めればいいことだ。要は・・・「いろんな人間を知ること」だと思うのだ。 

さて、ソニー・クラーク。ブルーノート時代のクラーク・・・もちろん悪くない。特に57年~58年の録音は、どれもいい。僕が特に好きなのは、モブレイとのレコードである。クラークのイントロで始まるバラードは、甘くせつない。それにしてもハンク・モブレイとの相性は抜群によく・・・この頃の、モブレイの柔らかい色気のある音色と、クラークのちょっと重く沈んだ音色との絡み合いは、絶品だ。個人的な好みでは・・・モブレイとの共演盤は、だいぶ後にキングから出た「マイ・コンセプション」も含めて、どれもみな好きだ。
ブルーノート録音でも60年、61年頃になると(デクスター・ゴードンやマクりーン、それにグラント・グリーンとの共演盤など)なぜか・・・クラーク本来の「タッチの味わい~強弱やアクセントの付け方のずらし」が、あまり感じられなくなる。フレーズにもヒラメキがなくなったようにも思う。これは、単に管奏者との相性だけの問題ではないように思う。

マクリーンとアート・ファーマーの2管入りクインテットで吹き込まれた、おそるべき傑作~「クール・ストラッティン」「クール・ストラッティン」以降に、この頃のよくクラークのピアノプレイを説明するのに「後ろ髪をひかれるような」という表現がある。たしかに「クール・ストラッティン」でのクラークは・・・テンポへの重いノリで、しかも重いタッチで粘るフレーズを弾いている。私見では・・・「クール・ストラッティン」こそが特異なアルバムなのだ。あの「重いノリ」は、クラークだけが創りだしたのではない。マクリーンが粘るフレーズ廻し全開でタメまくり・・・アート・ファーマーもじっくり構えて・・・チェンバースは、ますます重く・・・そんなメンバー全員が、誰かれ言うことなく「ためるノリ」の精神共同体になってしまったのだ(笑) 強いて言えば・・・やはりマクリーンのあのアルト~ソロの先発のマクリーンが、絶好調だったようで、あの重いサウンドで、タメにタメたノリで、充分に唄い上げてしまった~そのために、「そのノリ」が全員にノリ写ったのではないか?と推測している。もちろん、クラークのタッチは、この後も充分に「重く」「暗い」が、このアルバムでは、特別に重いような気がする。この辺りを捉えて「ファンキー路線」とか言われたこともあったようだが・・・「クール・ストラッティン」は、キャノンボールらの「ファンキー」とは全く違う。もっとシリアスでコクのある、素晴らしいジャズだと思う。

ただ・・・クラークの「マニア」は、あの「後ノリのクラーク」だけを好きになったのではないはずだ。ソニー・クラークという人間を本当に好きになってしまった人は~もうちょっと後のタイム盤「ソニー・クラーク・トリオ」や「アート・オブ・ザ・トリオ」「マイ・コンセプション」なで聴かれる~「思いつめたようなロマンティックな気持ち」みたいなものをクラークのピアノから感じ取ってしまったのだ、と思う。だから・・・クラークを好きになったはずなのだ。
そんなクラークにもウエストコースト時代(1952年~1955年くらい)があるのだ。Verveのバディ・デフランコとの録音がよく知られているようだ。クラークのマニアの方は、相当に多いようで、その証拠に、ポリドールが何度もクラーク入りデフランコを再発しているし、つい2年ほど前にも「紙ジャケCD」で、デフランコが何枚も出ている。Verveでのデフランコとの共演以外にも、いくつかの録音がある。僕が好きなのは・・・
Cal Tjader/Tjader Plays Tjazz(Fantasy 3278)050907_002

                                                                                                                                                                    

       

《ファンタジーというレーベルの「赤盤」の魅力というものには・・・やはり抗しがたいものがある。このFantasy赤盤は、90年ころ新宿DUにて入手。当時としては、かなり無理したように記憶している:笑》

10曲中6曲が、クラークとブリュー・ムーア入りのクインテットだ。Jeepers Creepers、A Minor Goof、それに Brew’s Bluesなどでは、とても「切れのいい」クラークのソロが聞かれる。バラードの Imagination では、わずか4小節だが、短くも美しいクラークのイントロが聞かれる。クラークのバラードのイントロってのは・・・これがまたいいのです。ぴしっとした中に、かすかに「ロマンティックな響き」が感じられる(ように思うのだ)

これらの録音には・・・さきほど説明したような「後ろ髪を~」なる特徴は、それほど強くは表れてはいないのだ。案外にあっさりしたノリだ。ただし・・・タッチは相当に強い。はっきりして迷わないタッチだ。そうして、クラークは、長いフレーズでは、その強めタッチの強弱を意識して弾いているようだ。この辺りを、さらに推し進めていくと・・・後の「後ろ髪~の後のり」になっていきそうな感じもある。当たり前のことではある。本人なのだから(笑) 
いずれにしても・・・これらウエストコース時代の録音は、どれもが「キラリと光る」プレイなのだ。どう光っているのか?ここで・・・僕は・・・ぴたっと筆が止まる(笑) うまく表現できないのだ。たしかにソニー・クラークは、モンクやエヴァンスほどの「スタイリスト」ではないだろう。「クール・ストラッティン」以降のクラークなら・・・あるいは、あの「超・後ノリのピアノ」を「クラークの個性」と言えるのかもしれない。しかし、ウエストコースト時代のプレイには、「ああ、あれね」と、誰にでもすぐ判るような特長がないのだ。でも、しかし・・・このウエストコースト時代のソニークラークのワンフレーズを聴くと・・・スカッとするのだ。なんとか説明してみると・・・こんな感じか。「タッチに覇気がある」「フレーズに迷いがない」「長いフレーズも一気に弾き切る」~そうして全体から、すごく「さわやか」な感じを受けるのだ。「品の良さ」と言ってもいい。それと、この時期の気迫あふれるプレイの中にも、さきほど書いたような「思いつめたようなロマンティックな気持ち」みたいなものが、やはり感じられるのだ。

そして、「ソニー・クラーク・メモリアル・アルバム」と「ジミー・レイニー・&ソニー・クラーク/トゥゲザー」の2枚(共にXanadu/クラウン)も、とてもいい。 050907_001
《僕の手持ちは、残念ながらCDです。この2枚は、CDがまだ3200円もした時に、クラーク聴きたさに、CD嫌いな僕としては、かなり無理して購入した(笑) 2枚とも、Xanaduのあの金色のジャケのシリーズでLPも出ていたはずだ。ちょっと丹念に探せば、安価で見つかると思う》

1954年1月のオスロ録音とされている。同じ時の録音で、クラーク入り1曲が、「ビリー・ホリデイ/ビリーズ・ブルース」(United Aritsits)から出ている。放送録音だかプライベート録音らしく、音質はかなり悪いのだが、これらの録音で聴かれる、ソニークラーク(22才)・・・これはもう・・・素晴らしい! もうピアノが弾きたくて弾きたくて~スタイルこそ、バド・パウエル風ではあるが~という気持ちがいっぱで、次々にフレーズが湧き出てきてしまって、それを押さえるのが大変・・・というくらいの強いタッチと、よどみのないアドリブなのだ。全て素晴らしいが、特に印象深いのは・・・「メモリアル」の方に入っている<Over The Rainbow>だ。ソロピアノの演奏である。ソニー・クラークという人に少しでも興味をお持ちの方には・・・なんとしても、この「メモリアル」を聴いてみてほしい。ミュージシャンが「自分の唄」を唄う、というのは、こういうことを言うのか・・・と感じていただけるかと思う。
あるいは・・・まず正規盤で音のいいブルーノートの「ソニー・クラーク・トリオ」の<I’ll Remember April>のピアノソロからの方がいいかもしれない。
というのは僕自身が、クラークの「もうひとつの個性」に気づいたのが~ウエストコースト時代のクラークまで、追いかけるキッカケとなった盤~Bluenoteの「ソニークラークトリオ」のB面に入っていた<I’ll Remember April>からなのだ。バップ~ハードバップ期の解釈としては、たいてい、この曲は急速長で演奏される。ところが、クラークは、この曲を「スロウなバラード」のピアノソロで演ったのだ。この演奏には、ちょっと「はっ!」とした。「あれ?ソニー・クラークって人は、もっと普通のハードバッパーじゃあなかったかな?」という気持ちだ。クラークは、この曲を~よくあるように途中でテンポアップすることもなく~淡々と丁寧に、そして切実に、 スロウテンポのまま唄い上げている。これを聴いて・・・端正ないい演奏だ、と感じた。そうして、僕はソニークラーク、という人を、それまでとは違う視線で捉えるようになったのだ。
そう・・・ソニークラークは、「真摯なピアノ弾き」なのだ。そして「スタンダードソング」を、おそらく、本当に自分が好きなスタンダードを、しっかりと、自分のものにして演奏するタイプなのだ。そうして得た「自分の唄」を丁寧に「唄う」ピアノだと思う。そんな視線で捉えなおすと・・・クラークの弾くスタンダードソングが、ぐうんと心に入り込んでくる。「クール・ストラッティン」のB面2曲目~<Deep Night>このスタンダードがいい。出足が<Blue Sky>とそっくりだ(笑) ちょっと渋さのある暗い曲調だが、じわじわと知らぬ間に、覚えてしまうような、シンプルなメロディが素晴らしい。これはピアノトリオで演奏されるのだが、クラークが多少の「アレンジ」を施したようだ。そのアレンジが、テーマの途中で何度も出てくる。そしてこれこそが、まさに「キラリと光る」フレ ーズなのだ。A面もいいが、B面も本当にいい「クール・ストラッティン」である。ちなみに・・・この<Deep Night>も・・・シナトラのヒット曲なのだ。クラークもまた、シナトラ信者だったのだろうか。それにしても、ジャズは、本当に素晴らしい。そして奥深い・・・。

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2005年9月 7日 (水)

<ジャズ雑感 第6回> ソニー・ロリンズ/オン・インパルス~マット・デニスのスタンダード。

スタンダードソングの魔力~いい曲だなあ・・・と思うといつもマットデニスだ。

<everything happens to me>~この曲を最初に聞いたのは・・・ああ、モンクの「サンフランシスコ」だ。いや、正確には・・・米マイルストーンの Pure Monk(himself と sanfrancisco のカップリング2LP)という盤で聞いたのだ。モンクのソロピアノというと・・・「サンフランシスコ」より前に、1954年のヴォーグ盤を聴きこんでいた。特に「煙が眼にしみる」を気に入っていた。この曲はジェローム・カーンの作曲だが、とにかくあのメロディーが好きだった。あのメロディーをモンクはそれほど崩してはいない。崩してはいないが・・・その元メロディーの合間にモンク流のアドリブを混ぜ込んで、見事に唄い切っている。本当に素晴らしいピアノソロなのだ。もともと、こういう古いスタンダードソングというものが、僕の性に合っていたのかもしれない。だから、スタンダードがたくさん入っている「サンフランシスコ」も、すぐに大好きになった。<remember>という曲も、モンクの斬新な解釈で、というより斬新なピアノプレイが印象深い。なんというか・・・左手コードの入れ方が、スタカート気味というか、ほとんど伸ばさずに、「ブツ切れ」状態なのだ。そんな過激なアレンジ(いや、素晴らしいヒラメキ!)でありながら、演奏全体には、なんとも言えないノスタルジイみたいなものを感じる。この曲はホワイトクリスマスの作者として有名なアーヴィング・バリーンの作曲だ。 この<remember>は、ハンク・モブレイの「ソウル・ステーション」A面1曲目に入っているので、ご存知の方も多いと思います。ああ、もうひとつあった・・・スティーヴ・レイシーがこの曲のチャーミングなテーマを吹く演奏があるんです。ギル・エヴァンスのプレスティッジ盤「ギル・エヴァンス&テン」に入ってます。この曲のチャーミングなメロディが、レイシーのソプラノサックスの音色によくマッチしているようです。
そして・・・「サンフランシスコ」の中で、一番好きになった曲が<everything happens to me>だ。正真正銘、このテイクが初聴きだ。(少し後にロリンズ(後述)、うんと後にシナトラ~この曲のオリジナルバージョン~も聴いた) この曲を、本当に「すうっ」と好きになってしまった。なぜかは判らない。ただ・・・「煙が眼にしみる」もそうだが、モンクが弾くスタンダードには、いつも「ペイソス」が漂っているのだ。僕は、この「ペイソス」という言葉を~一抹の寂しさの中にほのかな希望を感じるような雰囲気~「人生にはつらいことも多いけど、まあがんばっていこうや。たまにはいいこともあるし」みたいな感じに捉えてます。その「ペイソス」。モンクが弾くから「それ」がにじみでてくるのか?あるいは・・・曲の中に「それ」を感じとったから、モンクがこの曲を選んだのか?
多分・・・その両方だろう。そして、聞き手があるミュージシャンの演奏するある曲を聴いて、ものすごく気に入る・・・ということも、まさにミュージシャンがその曲を選んだのと同じような feeling を聞き手も感じたからなのだと思う。そうしてさらに、その曲を得たミュージシャンが「どんな風に唄うのか」を聴くことで、聴いてその「唄い」が納得できれば、その曲を、本当に「自分のもの」にできるのだと思う。
こんな具合に、あるミュージシャンのと聞き手の feeling が一致する、というのは本当に幸せなことです。僕の場合は・・・まさにセロニアス・モンク、それからロリンズが、そういうミュージシャンなのです。今回は、そのロリンズが演奏した<everything happens to me>についてだけにします。ロリンズについては、また別の機会にじっくりと(笑)

《Sonny Rollins/On Impulse~僕の手持ち盤はMCA impulse盤。すごく安っぽい緑色のラベルが哀しい:笑》

050907_001さて、ソニー・ロリンズの「オン・インパルス」(impulse)1965年~ロリンズのあまたのLPの中では、あまり「傑作」とか言われないようだが、これが実にいいアルバムなんです。(僕の知る限り、このLPを「いい盤」として何度か取り上げていたのは、大和明氏だけだ) 僕は、もう長いことロリンズ好きだし、愛聴盤もたくさんあるが・・・「凄い盤」とか「大傑作」とかじゃなく・・・「好きな盤は?」と問われれば・・・真っ先に、この「オン・インパルス」が浮かんでくる。まず選曲がいい。A面には on green dolphin street(ちょっとモード風の速め4ビート)と everything happens to me(バラード)、B面には、hold 'em joe (カリプソ風),blue room(ゆったり4ビート),three little words(軽いノリの速め4ビート) この5曲のバランスが絶妙で、全く厭きさせない。レイ・ブライアント(p)の明るくきらめくフレーズ。ミッキー・ロッカー(ds)のカラッとした切れのいいドラミング。そして・・・ウオルター・ブッカー(b)のがっしりしたリズムと唄心を感じさせるベースソロ。トリオが造り出すまとまりのあるサウンドに、ロリンズの自由自在に唄うおおらかさ、みたいなものが、実にうまい具合にブレンドされて、聴いていて本当に「気持ちのいいジャズ」に仕上がっている。
そうして、この<everything happens to me>が、おおげさじゃなく絶品なのだ。モンクのソロピアノを聴いて以来、大好きになっていたこの曲。あのちょっとセンチメンタルなメロディを・・・ロリンズが、イントロなしで、いきなり吹き始める。ロリンズ独特の「揺らぐような」サウンドを響かせながら、軽いフェイク(崩し)も混ぜてくるが、あのメロディをいつくしみながら、ゆったりと謳い上げている。本当にテナーサックスで「唄っている」ようだ。僕は「ロリンズは・・・この曲を本当に好きなんだなあ・・・」と確信する。そんなバラードプレイだ。ピアノもしっとりしたソロを取る。そして・・・ウオルター・ブッカーの出番だ。ブッカーも・・・じっくりと、いやどちらかというと、もっさりと・・・しかし・・・ブッカー自身の「唄」をこの曲の中で、唄い上げている。「唄こころ」というものを、たっぷりと指先から弦に伝え、その弦を、気持ちを込めて弾(はじ)いているかのようだ。ブッカーもまた、この曲を好きなのだ。もちろんブッカー自身、この曲を以前から知っていたのかもしれないが、仮に、この日、初めて出会った曲だったとしても・・・この曲をロリンズがテーマを吹き始めたその瞬間に「好きになった」のだ、と思う。「曲との相性」というものは、人との出会いといっしょで「インスピレイション」で決まってしまうこともあるのだ。

ジャズ聴きの幸せは・・・やはり自分にとっての、本当のフェイバリットミュージシャン(そんなに多くはいるはずもないが)を見つけることだと思う。その人の音色、フレーズ、選曲、唄い・・・そんなもの全てが自分の好みと合致する、ということは少ないかもしれないが、人を好きになる、ということは、もういずれ、その人の全てを好きになってしまうものなんです(笑)

・・・そんなわけで、スタンダードが好きになってくると、だいたい「好きな曲の傾向」みたいなものができてくる。僕の場合は・・・なぜだか、コールポーターやガーシュインのゴージャスで壮大な曲想よりも

ハロルド・アレン(I’ve got a world on a string, over the rainbow,when the sun comes out,come rain or come shine, let’s fall in love など)
ジェローム・カーン(smoke gets in your eyes,all the things your are など)
アーヴィング・ヴァリーン(remember,blue skies など)などの、いかにも「小唄」と呼びたくなる曲の方がが好みのようだ。

そして・・・マット・デニス。さきほど書いたように、モンクのソロピアノでこのマットデニスの名曲<everything happens to me>を知ったのだが・・・実はそれより前に、マットデニスの曲をよく聴いていたのだ。72年9月頃、日本ビクターが prestige 音源から20枚だか30枚を、オリジナル・ジャケとセンターレーベルで050907_002復刻し、1100円盤シリーズとして発売したのだ。 その中から「コルトレーン」(1957年)を買っていた。コルトレーンがサックスを前に置いて正面を睨んでいるジャケ。あれだ。<コートにすみれを/violets for your furs>は、このLPに入っている。私見だが、この1100円盤シリーズは、案外にいい音だと思う。後に発売された米ファンタジーのOJCシリーズよりも、楽器の音に「芯」があるように感じる。

僕はA面2曲目の、この<violets~>とB面2曲目の<while my lady sleeps>が特に気に入っていた。<while~>はマットデニス作ではないが、こちらもなかなかいい曲だ。タイトルは「あいつ(女)が眠ってるうちに・・・」という意味だろうか~その眠ってる内に、多分・・・抜き足差し足で部屋を出て行こうとする男(笑)~すごく勝手な推測だが、この演奏を聴くと、そんなイメージが広がってくる。こちらは激賞されることもなく sleepしているようだ:笑)
両方ともバラードで、「静かに」演奏されていた。コルトレーンのバラードというのは、独特の「澄んだ感じ」があって、今思えば、このリーダーアルバム1作目には、片面3曲づつのLPのA・B面2曲目にバラードを配置してあり、コルトレーン自身も「バラード」にかなりの配慮をしていたのだろう。マイルスのLPでもそうだが、同じペースの曲が連続しないように~LP片面20分を飽きさせないようにする工夫が感じられる。そのコルトレーンのバラードがいい。コルトレーンがいい、という以上に、この「コートにすみれを」が、チャーミングなメロディーをもった素晴らしい曲なのだ!ということを言いたい。もちろん、この曲を選んだコルトレーンもまた素晴らしい。

そうしてこの素晴らしい曲を作ったのが・・・これまたマットデニスなのだ! 余談だが、FMで流れるジャズをマメにカセットにエアチェックしていた頃~71年~75年頃だったか~何かのジャズ番組で、峰厚介のコンサートのライブが放送された。その中に「コートにすみれを」が含まれたいた。「あれ・・・あのコルトレーンのLPに入ってるやつだぞ。渋い曲を演るなあ・・・」とちょっと驚いたことが印象に残っている。(やはりバラードで演奏されていたはずだ。この演奏はたしかレコード化もされてないだろう。僕のカセットテープコレクションのどこかに入ってるはずだが)自分が「いいなあ」と感じていた曲をこうして、日本のテナー奏者が取り上げている、ということに感心したのだ。「楽譜とかどうするんだろう?やっぱり耳でパパッと音もとっちゃうんだろうか?」とも思った。というのも、その頃、この「コート~」という曲のことをジャズ雑誌で活字として読んだ記憶が一切なかったからだ。僕の記憶では、この「コート~」がいい、というような記事がジャズ雑誌に載ったのは・・・かなり後、少なくとも80年より後だったと思う。「コルトレーンのバラードの原点」という表現が増えてきて、今ではすっかり名曲「コート~」として定着しているようだ。ズート・シムスの「コート~」も、相当に有名になった。ブルーノートのユタ・ヒップの緑色の盤(1956年)に入っている。この演奏もいい。やはり「曲の力」というのも相当にあるはずだ。とどめに(笑)同じテナーで、JRモンテローズの「コートに~」もとてもいい。

おまけとして・・・マット・デニスのちょっといい曲を以下。
everything happens to me
violets for your furs
the night we call it a day
angel eyes
will you still be mine?
let’s get away from it all
どれも印象的なメロディでを持っており、「品のいい寂しさ」みたいなものを感じさせる。僕の心に「きゅうん」と入り込んでしまうキュートな曲ばかりだ。
ついでに言うと・・・これらの曲のほとんどは、すでに1940年代、1950年代にシナトラが唄っている。だから・・・モンクもロリンズもコルトレーンも、そしてマイルスもみんなシナトラを聴いていたのに違いない。そうして、そのスタンダードソングを、「どうやってかっこいいジャズにしてやろうか?」てなことばかり考えていたに違いないのだ。実際、マイルスの回想本で「シナトラをよく聴いた」というのを読んだ記憶がある。なお、モンテローズの「コートに~」では、彼は、シナトラのキャピトル盤を聴き込んだようで、演奏としては珍しくも、ヴァースの部分からチャーミングに吹いている。
そんなことを考えてみると・・・シナトラこそ、モダンジャズのバラードの「父」みたいな存在だったのだ、と思えてくる。最高のジャズミュージシャン達が、最高の素材~ソフトでスイートな極上のポピュラーソング~に、少々のビターネスをまぶして「ジャズのバラード」に仕立て上げてきたのだ。「好きな曲」を軸に、ちょっといろんな唄・演奏を探ってみると、スタンダードソングの世界が本当に奥深いことを実感する。自分が「好きだ」と思えるスタンダードソングを何曲か知るだけで・・・もうジャズ聴きの楽しみはぐんと拡がるのだ。
そうして・・・やっぱり、ジャズはやっぱり止められない(笑)

追伸 :みなさんのお好きなスタンダード曲~ぜひコメントにてお知らせ下さい。とても絞りきれないでしょうが・・・思いつくままどうぞ(笑)

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2005年9月 4日 (日)

<思いレコ 第4回> セロニアス・モンク/ザ・モンク・ランズ・ディープ(vogue/東宝)

ニーノニーノの「こだわりの杜」~趣味でつながる楽しみ。

ニーノニーノというオリジナル盤通販のお店がある。そのニーノの新納さんは、HPも運営しているのだが~オーディオやレコードのセンターラベルの話しが満載の中身の濃いHPである~そこにはBBS「こだわりの杜」もあって、「拘りのオヤジたち」が、連日、親密なやり取りをしているのだ。最初に書き込む時には、ちょっと思い切りが要るかもしれないが、一度入ってしまえば、思いのほか気さくな方たちばかりである。僕も1年ほど前から、ちらちらと書き込みをするようになった。4月には、長野の白馬で「杜の会」なるオフ会が開かれたので、普段、出不精の僕もそのオフ会に参加したのだ。そこで、Dukeさんを始め、普段、ハンドルネイムでやりとりしている皆さんと~この「白馬」では、栃木・群馬・静岡・愛知・長野・大阪などから集まった「杜の住人」の方々~実際にお会いしたわけだが・・・いやあ、これが驚くほど自然な打ち解け具合だったのだ。我ながら偏屈な人間だよなあ、と思ってる僕なんかでも、初顔合わせの方々とすぐに打ち解けて、好きなジャズや音楽についてのいろんな話しができてしまうのだ。皆さんの持ち寄ったレコードもいろいろ聴けて、本当に楽しかった。「趣味」だけでつながる集まりというのは、実にいいものです。そんなこともあり、その後の「杜」というBBSでのやり取も、いっそうリアリティが増した、というか「立体感」が出てきたような手ごたえもある。
白馬でのオフ会から一週間後、Dukeさんから電話があった。HPの次の「コラム」を書いてくれ、「テーマは自由。なんでも好きに書いてください」とのこと。 この「コラム」というのは、「杜」の常連さんが、ほぼ月替わりの交代で、「ジャズやオーディオへの思いのたけをぶちまける」みたいなコーナーだ。あのコーナーに、自分の「文章」が載るのか! もちろんたいへんに光栄なことで、うれしくもあったのだが・・・さて何を書こうか。僕の場合、とにかくもうジャズが好きで好きでという状態なんで・・・そういう「ジャズへの拘り」具合なら、なんとかなりそうに思った。だから、中3の頃から自分が「どんな風にジャズという音楽へ没入していったか」みたいなことを書き始めたのだが・・・それからの2週間ほどは大変だった(笑) なかなか書けないのである。いや、書くには書くのだが・・・言い回しが判りにくいし、文章もガチガチ(笑) 普段の「杜」への書き込みは、誰かの話しへの反応やら、ちょっと自分から話しを振ったりで、ずいぶんと気楽に書けたんですが・・・いざ、「コラム」という場所を与えられて、そのスペースが、自分だけにまかされてしまうと・・・これが、妙に構えてしまうのです。そんなに大げさに考えるな、いつもの書き込みと同じだ、気楽にいけよ。もっと長く書いてもいいんだぞ、と自分に言い聞かせるのですが・・・そうは、なかなかできないもんなんです(笑)
例えば・・・ただ「モンクが好きだ」と書けばいいのに「僕はどうしてモンクが好きになったのだろうか?」とか変な言い回しになったり(笑) まあそれでも、結局は・・・自分の好きなジャズ、そのジャズ遍歴を回想風に書くしかない、という気持ち的な開き直りも経て、どうにかそのコラムを書いたのだ。けっこう何度も書き直したりしてましたが(笑)
そのコラムは、6月いっぱい、「ニーノニーノのコラム」欄に on air (笑:言葉の使い方が違ってますが)されていた。杜のみなさんから暖かい反応をいただくたびに、つい読み返してみたりしましたが、ガチガチな文章は、もはや変わるはずもないのでした(笑)
そのコラムの中で挙げたミュージシャンたちは・・・もちろん僕の個人的な好みの歴史なので、どの方にも共通する感覚というわけもないのですが、読まれた方には、bassclef という人間の「ジャズの趣味」がどんな具合なのかということは、判ってもらえたように思います。
「白馬・杜の会」があり、その白馬でのことを「杜」へ詳しく(いや、しつこく:笑)書き込みしたりしているうちに、さらに「コラム」も書くことになり~そうこうしてるうちに、どうやら「ジャズへの自分の想い」を、もっともっと綴りたくなってきてしまったようです。もともと、レコードへの思い込みは強い方だったので、自分のレコード購入記録みたいなものを<レコード日記>として書いていたんですが、4月初めにパソコンが壊れてしまい、(バックアップも取らないタイプなので)それらも全部、消えてしまったのです。そのことへの若干の「拘り」もあったのかもしれません。そんなわけで・・・5月末からこのブログ<夢見るレコード>を始めたのです。いずれにしても、僕がブログを始めたきっかけは、間違いなくあの「コラム」だったのです。ジャズへの想いを「コラム」という型でまとめる機会を与えてくれた、新納さん・・・いやDukeさんには、とても感謝しています。
そのコラムをここに再録します。この転載を快諾していただいたDukeさん、改めて・・・ありがとうございます!ジャズへの想いを正直に書いたつもりです。このガチガチ具合を笑って許してください(笑) 
Blame It On My Youth...

<全てはモンクから始まった>

~自分でもあきれるほどジャズが好きだ。休みの日には、たいていLP10枚くらいは聴く。なんでこんなにジャズが好きなんだろう?・・・よく判らない。でも<ジャズが好き>ということは、僕という人間の正真正銘の真実だ。この先、ジャズを聴かなくなるなんてことは・・・絶対にない。
これほど僕を惹きつけるジャズ。このどうしようもなく魅力的な音楽に、僕はどんな具合に、はまり込んできたのか。ちょっと思い出してみる。

・・・中3の時、マイルスデイビスをカセットに録音したのがきっかけだ。たしか週1回のNHK-FMのジャズ番組で、この日の放送はマイルス特集、DJは児山紀芳。今、思えばなぜ録音したのかわからない。その頃は、サイモンとガーファンクル、エルトン・ジョンなどを好んで聴いていたのだ。LPレコードはとても高くて、2ヶ月に1枚買えるかどうかだった。だからFMからいろんな曲を録音しては、気に入らなければそれを消去してまた使う、という感じだった。あの頃は、カセットテープも(まだTDKという名に変わる前の東京芝浦電気と漢字で書いてある真っ赤な箱のやつ)けっこう高かったし、決してムダ使いはできなかったのだ。 だから・・・名前だけ知っている「マイルス・デイビス」なる人を一度は聴いてみよう、くらいに思ったのかもしれない。いまだ鮮明に覚えているのは・・・その放送の中で、児山紀芳がマイルスの人物評として「タマゴの殻の上を歩くような」というフレーズを紹介していたことだ。そうしてその紹介のあとに流れた曲が・・・<ラウンドミッドナイト>(columbia/1956年)だ。「タマゴの殻?」そんな人物評にも興味を持ち、思わずカセットの録音ボタンを押したのだった。そんな風に気まぐれに録音した<ラウンドミッドナイト>。最初は、演奏なんかよくわからない。ただ・・・あの曲のもつムードに「何か」を感じた。そうして何度か聴くうちに、あのなんともいえない神秘的なテーマとそれを奏でるマイルスのミュートの音色が、もうグングンと僕の心に染み入ってきたのだ。さらに繰り返し聴いているうちに、マイルスのテーマが魅力的なのはもちろんだが、コルトレーンが出てくる場面にもゾクゾクしてくるようになった。そうしてラストのテーマでは、再びマイルスのミュートに戻る。このテーマに戻る場面でも、いつも気分がよくなるのだった。
「静寂」から「躍動」、再び「静寂」に戻る、という自然な流れ。何度でもまた繰り返して聴きたくなる。・・・それまでには味わったことのない感覚だった。

その少し後・・・今度は「あの曲」の作曲者、セロニアス・モンク自身のソロピアノでの「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」(vogue/1954年)を再びFMから録音した。マイルスのミュートが演出したあの曲の持つ「独特なムード」に慣れていたせいか、このモンクのソロピアノにも違和感など全く感じることもなく、いやそれどころか・・・モンクのピアノは、不思議なくらいに、本当に真っ直ぐに僕の心に入り込んできてしまったのだ。マイルスのラウンドミッドナイトは、もちろん素晴らしい。でもモンクのこの演奏には・・・もうムードなんてものを通り越して、モンクという一人の人間が、自分のあらゆる感情を吐露しているような厳しさがあった。モンクの、いや、あらゆる人が、人生を生きていく上で味わう感情・・・<挫折><孤独><哀愁>そして<優しさ><希望>・・・みたいなものが、この演奏の中に封じこめられているかのようだった。(そういう風に聴こえた)

このモンクのソロピアノのレコードは、なかなか見つからなかった。高1の夏に、東芝ブルーノートの国内プレス(ジニアス・モンク vol.1)を間違えて、買ったりしました。「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」という曲が入っている、という理由だけで買ったのだが、このLPに入っているバージョンは、モンクによる初演(1947年の3管入りのもの)だった。「なんか違うなあ・・・」とがっかりしたのだ。(笑)その年の秋だったか・・・ようやく vogue録音のソロピアノのLPが東宝から発売されたのだ。タイトルは・・・セロニアス・モンク/モンク・ランズ・ディープ(東宝) ようやく、あの「ラウンドアバウトミッドナイト」に出会えたのだ。すぐに手に入れて・・・・・このレコードは、本当に何度も何度も聴きました・・・・。runs_deep    

このLPには、ラウンド・アバウト・ミッドナイト以外にも、リフレクションズ(ポートレイト・オブ・アーマイト)、オフマイナー、ウエル・ユー・ニードントなどモンクの傑作曲が入っており、全てが気迫のこもった素晴らしい演奏ばかりです。。その中で、唯一のスタンダードの「煙が目にしみる」・・・これがまた素晴らしい!よく「モンクは変。判りにくい」とか言われるが・・・この「煙が目にしみる」みたいなスタンダードを弾くときのモンクは、一味違います。誰もがよく知っているあのメロディ、あの魅力的なメロディーをそれほど大きく崩したりはせず、謳い上げています。強いタッチなので、演奏全体にゴツゴツした「堅い岩」みたいな雰囲気を感じるかもしれませんが、それがモンクの「唄い口」です。そうしてこのモンク独特の無骨な唄い口が、却ってこの曲の持つ<哀感>みたいなものを、よく表わしているように思います。
ちょっと気持ちが弱った時なんかに聴くと・・・「おい君・・・人生ってそんなに悪いもんじゃないよ」とモンクに優しく諭されているような気分になります。

モンクの魂に触れてしまった(ように思えた)・・・ジャズにここまで深く入り込んでしまった・・・これでもう、僕のジャズ人生も決まったようなものです。この後、モンク~コルトレーン~マイルス~ミンガス~ドルフィー、ロリンズという具合に次々にジャズの巨人たちの<個性>を味わっていきました。それから、いかにモンク好きの僕としても、ずーっとモンクだけ! というわけにもいかず(笑)、ピアノでは、自然と、バド・パウエル、少ししてからビル・エヴァンス、ソニークラーク、ランディ・ウエストンなど好みになりました。特にウッドベースでは、モンク絡み(モンクス・ミュージック)とロリンズ絡み(ナイト・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード)で、ウイルバー・ウエアがもう大好きになったりしました。ちょうどその頃、大学でモダン・ジャズ研究会なるサークルに入りました。聴くだけではガマンできなくなったようです。ピアノかベースか迷いましたが、たまたまベースがいない、ということもあり、ウッドベースを始めたのです。先輩に「好きなベーシストは?」と尋ねられ「ウイルバー・ウエア」と答えたら、その先輩、「うう・・・まあそういのもいいけど・・・まずはチェンバーだよね。チェンバースを聴きなさい」とかなり動揺しておりました(笑)。

楽器を始めると、それまで遠いものに感じていたテナー~アルト~トランペット~トロンボーンなどが、うんと身近なものになり、管楽器への興味が深まっていきました。(それまではどちらかというとピアノ中心に聴いていた) そう思っていろんなレコードを聴いていくと・・・いろんなミュージシャンの音色・フレーズなどの違いにも興味が湧いてきました。ジャズはロリンズ、コルトレーン、マクリーン、ブラウンだけじゃあなかったんです!
「おっ。この人、好きだな。もっと聴きたい!」~「おお、この人もおもしろい。他のも聴いてみたい!」~「ああ、こんな人もいたのか」~ 
・・・キリがありません。そりゃあそうです。ミュージシャンの数だけ、異なる個性が在るわけですから。「個性」に黒人も白人もありません。
だから・・・どちらかというと黒人ハードバップ重量級ばかりを10年くらい聴いてきた後に、ふと手に入れたペッパーの「モダンアート」、この盤で聴いたペッパーは・・・ものすごく新鮮でした。特にバラードでの唄い口には、しびれました。チェット・ベイカーの<あまり強く吹かない乾いたような音色>にも強烈に惹かれました。シナトラの「唱」に急に感じるようになったのもこの頃です。

こうして自分がどんな具合でジャズを聴いてきたかを振り返ってみると・・・だから・・・僕のジャズの聴き方は、こんな具合に、全くの「人聴き」でした。
だから、決してジャズをスタイルで分けて聴いてきたつもりはないのですが、興味を覚えたミュージシャンを聴いてきた34年の間には、自然と、ハードバップ~バップ~ウエストコースト~ボーカルと聴く範囲が拡がってきたようです。この先は・・・バップからもう少し遡って<中間派/エリントン派>あたりに、少しづつ踏み込んでいきそうな気配も感じております。(気配って・・・自分の意思なのに、なんと無責任な(笑)) ただ、僕の場合は、ジャズへの興味が、どうしても過去へ過去へと向ってしまう傾向にあるようです。正直に言うと・・・これまでのところ、結果的には「新しいジャズ」はほとんど聴いておりません。もちろん、あるカテゴリーを偏見をもって意識的に避けたりはしてませんが、あまり好みではないミュージシャンを羅列すると・・・たまたま<新主流派>だった、とかいうことはあります(笑) 「人聴き」するタイプの僕には、「おもしろい」と感じるミュージシャンがあまり見つからないようです。

こんな風に長い間、ジャズを聴いてきても、まだ飽きない。いや、それどころか、ますます好きになってきている。聴きたいジャズはまだいっぱいある。欲しいレコードもまだいっぱいある。わおー!!!

・・・ジャズとはなんと魅力的な、しかも懐の深い音楽なんでしょうか。全てはモンクから始まったのだ・・・・・。

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